すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「紙の空から」   <晶文社 単行本> 【Amazon】
旅にまつわる短編小説集。14人の作家の16作を収録。
ブレシアの飛行機(ガイ・ダヴェンポート)/道順(ジュディ・バドニッツ)/すすり泣く子供(ジェーン・ガーダム)/空飛ぶ絨毯(スティーヴン・ミルハウザー)/がっかりする人は多い(V・S・プリチェット)/恐ろしい楽園(チャールズ・シミック)/ヨナ(ロジャー・パルバース)/パラツキーマン(スチュアート・ダイベック)/ツリーハウス(バリー・ユアグロー)/僕の友だちビル(バリー・ユアグロー)/夜走る人々(マグナス・ミルズ)/アメリカン・ドリームズ(ピーター・ケアリー)/グランドホテル夜の旅(ロバート・クーヴァー)/グランドホテル・ペニーアーケード(ロバート・クーヴァー)/夢博物館(ハワード・ネメロフ)/日の暮れた村(カズオ・イシグロ)
にえ 柴田元幸さん編訳の旅にまつわる短編アンソロジーです。
すみ 私たちはずっとアンソロジーは避けていたけど、このところで読むようになったよね。ただ、読んだのはテイストを揃えたものに限られていたから、こういうバリエーション豊富なアンソロジーは本当に久しぶりかも。
にえ 1作ごとに気持ちを切り替えるのに苦労するってことはなかったけど、どうしても全体で楽しむというより、気に入ったのと、そうでもないのがくっきり出ちゃったかな。
すみ そうだね。でも、とにかく初めて読む作家が多くて、試食みたいなことができたし(笑)、気に入ったのだけでも読む価値ありだった。
にえ 「パラツキーマン」が素晴らしかったよね〜。あとは「すすり泣く子供」「空飛ぶ絨毯」が読めてうれしかった。
すみ うん、その3つはホントによかった。そうそうたるメンバーだし、なかなかお目にかからない作家の作品も入ってるし、お得感がありましたよってことで。
「ブレシアの飛行機」 ガイ・ダヴェンポート
1909年秋、カフカは友人マックス・プロートらとプレシアへ旅立った。そこで行われる航空ショーが目的だった。
にえ ライト兄弟の「人類最初の動力による飛行」が成功したのは1903年。と言えば、当時の航空ショーを見に行く人の意気込みってものがわかるよね。
すみ 著者のガイ・ダヴェンポートは、「驚異的な博覧強記と強靱な知性で知られる作家」だそうです。ホントに短い中にいろんな知識を詰めこんでたね。
にえ 個人的な好みから言うと、知識以前に文章がどうも、とってつけたような装飾過美で鼻につくって感じだったけど、原文だとまた違うのかな。なんか日本語向きじゃない方なのかもしれない。でもやっぱり何語になっても、ひけらかし根性は透けて見えてしまうかも?
「道順」 ジュディ・バドニッツ
その都市に住む娘と、晩のショーを一緒に見る約束をしていたクラーク夫妻は道に迷ってしまった。しばらく歩くうちに地図店を見つけ、立ち寄った。ナタリーは大切なものを失ってしまった。妻がいると告白した男にそれは奪われてしまったのだ。
すみ こちらは「イースターエッグに降る雪」「空中スキップ」のジュディ・バドニッツです。
にえ これはなんか飛び飛びにいくつかの話が交錯していくって感じなの。なんか私的にはイマイチかなあ。描こうとする世界はなんとなくわかるんだけど、感覚的にピンと来ないというか。私の読みが浅かったのかも…。
「すすり泣く子供」 ジェーン・ガーダム
ジャマイカに住む娘夫婦のもとを訪れたインガム夫人は、ディナーの集まりでふと思い出したように、幽霊を見たときの話をはじめた。
すみ この方は邦訳本が1冊も出てない方だけど、この短編に関しては、ホントにホントに素晴らしかった。こういう話は初めて読むって内容だったし、まとまりもいいし、娘の母への複雑な心情も垣間見えてくるって奥行きの深さだし。完璧ですっ。
「空飛ぶ絨毯」 スティーヴン・ミルハウザー
夏休み、近所の家でもよく見かけるようになった空飛ぶ絨毯を、父さんが買ってきてくれた。僕はさっそく絨毯に乗ると、説明書を見ながら飛ぶ練習をした。
にえ これは楽しみにしていたミルハウザーの作品。うん、やっぱり良かったです〜。
すみ 終わりが来ることを心のどこかで意識している夏休み、子供のなかの伝説、あれほど夢中になっていたのに、あっさり忘れられていく玩具…ノスタルジックよね〜、ゾクゾクしちゃう。
「がっかりする人は多い」 V・S・プリチェット
田舎道をサイクリングする四人の男性はパブを見つけた。これでようやくビールを飲んでステーキが食べられる。ところが入ってみると、そこには生気のない三十過ぎの女がいて、お茶と軽食だけの店だと言った。
にえ この方は名前だけ知ってて、たぶん読むのは初めて。なんだか妙に落ち着かない気持ちにさせる書き方よね。
すみ なにげない出来事も、こういう書き方をされてしまうといろいろ想像してしまう。でも、結局なにもないかもよ、とかも思っちゃう(笑)
「恐ろしい楽園」 チャールズ・シミック
シカゴに集まる移民たちは、労働者階級として一生働きつづける。そんな親たちを見て育った子供たちは勤勉で、文学を志す少数の者はすぐに顔見知りになってしまった。
にえ この方は詩人で、この作品は小説じゃなくてエッセイ。ということだけど、短い文章の中にしっかり世界が纏まっていて、充分に小説の味わいだった。
すみ 巻末解説に書いてあった、これの次の次の短編の著者ダイベックと互いに尊敬しながらも、会ったことがないってエピソードもなんだか素敵だったな。
「ヨナ」 ロジャー・パルバース
嵐は突如、やってきた。船は激しく揺さぶられ、船員たちは苦しんだ。船長は船倉で眠るヨナを叩き起こし、甲板に上がらせた。
にえ これは<新・世界の神話プロジェクト>に入ってそうな作品。旧約聖書のヨナの話を、現代的な叙事詩に仕上げているの。
すみ ヨナがホンワカしたキャラクターで、なかなかよかったよね。
「パラツキーマン」 スチュアート・ダイベック
メアリはいじめっ子から助けてくれる、逞しくも優しい兄のジョンが大好きだった。ジョンはある日、レイと二人で屑屋のあとをつけた。屑屋は他の屑屋たちと掘っ立て小屋に集団で住んでいて、大きな火を焚いていた。馬を盗もうとした二人は見つかり、レイがつかまってしまった。だが翌日、レイは何事もなかったように学校に来た。
にえ これは素晴らしかった!! この1作を読めただけでも、この本を読む価値はあったという感じ。
すみ うん、これは凄かったよね。鳥肌ものだった。「シカゴ育ち」で上手い作家さんだとは知っていたけど、こういう幻想的な小説も書けるんだね。
「ツリーハウス」「僕の友だちビル」 バリー・ユアグロー
<ツリーハウス> ウォルター少年はツリーハウスに、不時着した宇宙人を匿っていた。
<僕の友だちビル> 孤独な少年は架空の友だちをつくった。ビルという、しゃべる熊だった。
にえ バリー・ユアグローは短いお話を2つ。「ツリーハウス」はひっくり返って、ひっくり返って、ひっくり返って…の楽しさ。「僕の友だちビル」はニヤッとするけどほの悲しい。どっちも奇抜なアイデアってほどの話ではないかな。
「夜走る人々」 マグナス・ミルズ
ずいぶん遅い時間になってしまったし、雨も降りそうだった。だが、ヒッチハイクはなかなかうまくいかなかった。ようやく八輪トラックが停まって、乗せてもらえることになったが、そのトラックには珍しく、運転手と助手の二人が乗っていた。
すみ だれかにこんなことがあったよと話してもらったような、どうってことのない出来事の話なんだけど、なんだか味わい深い感じだった。
にえ 著者は現役運転手で、ブッカー賞候補作家みたいね。端正ながらも独特の匂いがするって感触はそのへんから来るものかな。
「アメリカン・ドリームズ」 ピーター・ケアリー
住民はだれもが町を通過点に過ぎないと思っていた。都会へ出て、成功するまでの仮の住まい。ところがグリーソン氏は違ったようだ。それは彼が亡くなり、高台に建てた家を囲う3メートルもの高さのある塀を取り壊したときにわかった。
すみ あらためて紹介すると、「オスカーとルシンダ」「ケリー・ギャングの真実の歴史」で2度のブッカー賞に輝いたオーストラリアの作家さんです。
にえ グリーソン氏が亡くなってから、彼が意外なことに情熱を傾けていたことがわかるんだけど、その目的は謎のまま。
すみ 謎のまま、町の人たちは巻き込まれてしまうことになるんだよね。そこまで行くかなって気はしなくもないけど。でも、なにげに主人公のお父さんがいい味出してた。
「グランドホテル夜の旅」「グランドホテル・ペニーアーケード」 ロバート・クーヴァー
<グランドホテル夜の旅>
 それは建てられたとき、史上初のグランドホテルだった。もともとは熱気球として設計され、パゴダ状のタワーと合体した。
<グランドホテル・ペニーアーケード>
 グランドホテル・ペニーアーケードの中心には、青いガラスに囲まれて、眠り姫が浮んでいる。
にえ この2作は、もともとコーネルの箱に霊感を受けて書いた作品を集めた本に入っていたものだそうで、横に霊感を受けた箱の写真とかが載っていると、けっこう味わい深いんじゃないかと思うんだけど、この文章だけだと、ちょっと味わいづらいかな〜って感じがした。
すみ パゴダ状のタワーって何だろうと思って調べたら、パゴダはミャンマー様式の仏塔のことだそうです。
「夢博物館」 ハワード・ネメロフ
森の中、バードウォッチングをしていた私は、道に迷い、小さなコテージの前にたどり着いた。そこには制服を着て、武器を持った男が立っていた。男は自分のことを「夢見る人」だと言った。
にえ なかなか味わい深い短編だったけど、アイデア的には、まあ、他の人でも思いつきそうな感じだから、もうちょっと話を凝った感じにしたほうが好きかな〜。
すみ この方は詩でピューリッツァー賞を受賞しているのね。たしかに詩人らしい短編だった。
「日の暮れた村」 カズオ・イシグロ
フレッチャーはその村に戻ってきた。だが、見覚えのあるものはなく、どこへ行けばいいのかさえわからなかった。
にえ なんかちょっと「充たされざる者」に近いものがあったよね。主人公の記憶がかなり薄れた状態なの。
すみ 若い頃、政治活動かなにかをやってたみたいね。それでカリスマ的存在だったみたいなんだけど、なんらかの理由で活動集団は解散して、それからずいぶんのち、主人公は歳をとり、みすぼらしくなって村に戻ってきたの。
にえ かなり深い関わりのあった人に次々会っていって、そのたびに、あの頃はどうのこうのだった、とかって言われるんだけど、主人公はうっすらと断片的に思い出したり、思い出せなかったり、なのよね。
すみ この長さなら、そういう話もありだよね(笑)
 2007.2.28