すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ケリー・ギャングの真実の歴史」 ピーター・ケアリー (オーストラリア)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
19世紀半ばのオーストラリアで、ネッド・ケリーは生まれた。ネッドの父はアイルランドで大罪を犯し、流刑された囚人だった。オーストラリアではまっとうな暮らしをしようと思っていたが、 一目惚れのすえに結婚したのは、無法者ぞろいだと評判の悪いクイン一家の娘だった。アイルランド移民のことして育ったネッドは学校でも白い目で見られ、教師にもまともに相手をしてもらえなかったが、 それでも父を尊敬し、家族を愛し、長男として貧しい一家をなんとか少しでも増しにしようと頑張った。ところが父は自分のために獄中の人となり、出所した父が間もなく亡くなると、死後、母親はネッドを 山賊ハリー・パワーに託してしまった。コモンウェルズ作家賞、ブッカー賞受賞作
にえ ピーター・ケアリーの2度目のブッカー賞受賞作です。私たちにとっても、前の受賞作「オスカーとルシンダ」から読むのは2作目。
すみ 正直なところ、「オスカーとルシンダ」はおもしろいんだけど、なにが言いたいのか今ひとつピンとこないようなところもあったんだけど、これはもうビシビシ伝わってくるものがあったよね。
にえ 主人公のケリー・ギャング、ことネッド・ケリーは、オーストラリアでは超有名な人なんだって。オーストラリア以外ではイギリスやアメリカでさえも知られていないみたいなんだけど。
すみ 貧しく、虐げられた移民たちの中から現れたヒーローってことになるのかな。殺人犯であり、泥棒でもあるんだけどね。
にえ 義賊ってことでしょ。虐げられた人たちにとっては、こういう存在を渇望していたようなところがあって、それで祭り上げられたようなところがあったみたい。
すみ しかしてその実体は、という真実の姿を描こうとしたのが、この本ということになるのよね。
にえ ピーター・ケアリーは20才のときから、ケリー・ギャングの真実の姿を書きたいと思っていたそうな。その思い入れがヒシヒシと伝わってきたな〜。
すみ ケリー・ギャングの姿だけでなく、当時のオーストラリアの移民たちの辛さも伝わってきたよね。政府が決めること、行うことはすべて、富んだ人たちには親切で、貧しい人たちにはもっと貧しくさせるようなことばかり。
にえ うまい話のように持ちかけて土地を持たない人たちに土地を買わせるんだけど、とてもじゃないけどまともに作物が育たない土地だったり、麦の育たない土地に麦を植えさせたり、貧しい人たちが飼っていた家畜が逃げこんでくると、そのたびに金を払わせたり、 声なき怒りは増すばかりだよね。
すみ そんななかでも、ネッドの家は悲惨だよね。警官たちに目を付けられていて、悪いことをしていなくても逮捕されたりして。
にえ アリバイがあっても捕まって、そのまま収監されちゃうんだから、ひどい話だよね。
すみ とうぜん、そんな環境じゃ、ネッドも悪くなっていくしかないんだろうけど、ネッドはお父さんの影響か、悪に染まることを好まず、なんとか地道に暮らしたいと願ってるの。
にえ そんなネッドがどうしてケリー・ギャングと呼ばれるような大犯罪者になってしまったかって話よね。
すみ この小説は、実在したネッドが残した手紙がおおもとになっているみたい。ネッドはまともに教育も受けられない環境で育ったけど、大好きな「ローナ・ドゥーン」という小説を読んで文章を書くことを学び、 自分の手で真実を告げようとしていたみたい。
にえ といっても、これはその手紙ではないよね。ネッドがその手紙の他に、娘への手記を残していたっていう設定で書かれていて、ほぼすべてがネッド自身によって語られていく小説なの。
すみ 満足な教育を受けられなかったネッドが書いてるってことで、翻訳文でも稚拙さをかいま見せていたよね。その幼さがまた切々とした真実の吐露って感じで、悲しみを誘うんだけど。
にえ ネッドは家族愛が強くて、仲間想いで、人を信じやすい性格なのよね。しかも、地道に働く暮らしがしたいとつねに願ってて。
すみ でも、運命に翻弄されちゃうのよね。犯罪者になるしかなかった環境で、なんとか真面目に生きようと努力するんだけど。
にえ 美人のお母さんがけっこうキーパーソンだったよね。美人で、やたらと男が迫ってくるんだけど、何回失敗してもろくな男とくっつかないし、 大金を得るためには犯罪を犯すのもしょうがないと思ってるところがあるし。
すみ でも、なんだかんだやってもネッドのことを愛しているでしょ。それがかえってネッドにとっては悪い方に行っちゃったって気はするけど。
にえ どんな罪よりも仲間を裏切ることが一番許されない罪だっていうアイルランド人としての考え方から抜け出すことはできないっていうのも、 ネッドにとっては悪い方に行ったのかも。
すみ いろんな人との出会いが、結果としてはネッドを悪い方に行かせてしまったのかな。だけど、裏切りもたくさんあるけど、やさしさもたくさんあったよね。
にえ いい人なんだか悪い人なんだかわからない山賊ハリー・パワーが好きだったな。嘘つきだったりもするけど、義賊だったりもして、滑稽な人なの。
すみ どこがどういいかなんて言えないよね、とにかく、全身でネッド・ケリーを受けとめてあげてほしいな。ネッドはかわいそうなんだけど、ホッとするぐらいあたたかなの。読めば胸にズキズキくるものがあると思う。オススメです。