すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「オスカーとルシンダ」 ピーター・ケアリー (オーストラリア)  <DHC 単行本> 【Amazon】
19世紀なかば、イギリスの片田舎で、清貧、禁欲を固くまもって暮らす海洋生物学者セオフィラスの息子オスカーは、 赤毛でひ弱、海を怖がり、純粋無垢な瞳が人々に守ってあげたいと思わせずにはいられない子供だった。 オスカーは普通の子供のように遊ぶこともなく、一人で信仰について悶々と悩んでいた。驚くべきことに、 オスカーは自分の信仰の道を小石投げで決めることにした。それが神の意思の表れだと純粋に信じるオスカーは、 生まれながらのギャンブラーでもあったのだ。小石のお告げを信じ、オスカーは愛する父を捨てて、英国国教会の 牧師ストラットンのもとで牧師となるべく学びはじめた。一方、オーストラリアには、ルシンダという少女がいた。 父を亡くし、17歳でとうとう母まで亡くしたルシンダは、多すぎる遺産を手に入れて、シドニーでガラス工場の 経営を始めることにした。工場経営に燃える勝気なルシンダだが、カード賭博にも夢中になり、世間では眉を ひそめられていた。ルシンダもまた、生まれながらのギャンブラーだったのだ。
にえ これは、1988年度ブッカー賞受賞作品です。作者のピーター・ケアリーさんは、 この作品の前に書いた「イリワッカー」が、すでに世界的なベストセラーになってました。
すみ ブッカー賞では、このパターンは多いような気がするよね。すでに他の作品で有名に なってる作家さんが、あとに書いた作品で受賞するという。
にえ まあ、一発屋の作家さんを連発してしまう文学賞は、賞じだいの価値が疑われる ようになるから、それはそれでいいんじゃないでしょうか(笑)
すみ 「オスカーとルシンダ」はかなりの長編だったよね、内容としては、大河ドラマ的な 小説って言っていいんじゃないかな。
にえ ユーモアもタップリ、豊かに人間の生涯を謳いあげてるかと思うと、 ヤケに皮肉で残酷だったりもするけど、大河だったよね。それにしても不思議な読後感。
すみ 最初はオスカーとルシンダの別々の人生が書かれてて、いずれは出会うとわかってるんだけど、 なかなか出会わないの。出会うのは二段構えの約600ページの本文中、ちょうど真ん中の300ページあたり。
にえ オスカーとルシンダはとっても似てる二人なんだよね。
すみ オスカーはひ弱で純粋無垢すぎって理由で、ルシンダは性格がきつすぎて、ついつい 人が嫌がることを口にしてしまうからって理由で、なんだか世間になじめなくて、いつも孤立してるのよね。
にえ オスカーは貧しいから、神からの授かりものを受けとるためにギャンブルに手を染め、 ルシンダは多すぎる遺産を手に入れたためにいつも良心がうずいてるから、ギャンブルでお金を失うことが快感なの。
すみ 孤立とギャンブル好き、理由は違うけど結果としては同じ穴の狢って感じなんだよね。
にえ オスカーの話では、感情をはっきり表せないままに互いを思いながらも、別々の道を 歩みはじめる父と子にホロッとしたり、純真すぎるせいでズレたことばっかり言ってるオスカーの言動に笑ったり、 なかなか楽しませてもらったよねえ。
すみ 私はなんといっても、ストラットン牧師の小物ぶりに笑ったなあ。討論が大好きな 奥さんをもらったばかりに田舎の教区に追いやられ、落ちぶれ果てちゃってる人で、まじめな信仰心と激しい金欲のはざまで、 たえず揺れ動いちゃってるような人なの。
にえ オスカーは大学に進学、牧師になって、と順調に信仰の道を歩んでいくんだけど、 お金がないからしょうがないとはいえ、ギャンブルをやめられないことで、前途は厳しいものになっていくのよね。
すみ ルシンダはもっと大変そうだけどね。当時のオーストラリアは封建的な 植民地社会、お金があっても女性は大変。
にえ ガラス工場を買い取るにも、男性の代理人を立てたり、工場の職人たちに、女がウロウロしてると 仕事がやりづらいなんて言われちゃうのよね。
すみ でも、ルシンダの悩みは別のところにあるようにも思えたけど。まあまあ美人だけどそうでもないって 中途半端な容貌と、人を苛立たせる口のききかたが災いして、うまく結婚相手が見つけられない、そっちのほうに より悩んでて。
にえ それでなくとも、目立ち過ぎちゃうのと、ギャンブル好きの両方が合わさると、 なかなか結婚は難しいよね。縁談をすすめてくれる両親もいないし。
すみ で、やがて二人が出会って、と。こうやってストーリーだけ追っていくと、かなりオーソドックスな大河で、 結局は似たものどうしの男と女が出会うハッピーエンド話かなとなちゃうけど、これが読むと印象はかなり違うよね。
にえ うん、まず読んでるあいだが不思議な印象だったよね。単純にストーリーを追っていく話じゃなくて、 誰かが誰かのことを考えるとき、好きになったり嫌いになったり感情が激しく移ろって、それを細かに描写することに重きを置いてるから、 なんかこっちまでユラユラ揺れながら読んでるような感じがした。
すみ 登場人物がみんな個性があって魅力的だし、ストーリーもホンワカっとしてるんだけど、 いきなり残酷な結末が待っててギョッとさせられたりするしね。
にえ スンゴク不思議な読後感で、それがかなりおもしろかったな。この作家さんは他の著書もぜひ読みたいね。
すみ 古典的な雰囲気なのに、作者の視線がかなり冷たい、でもストーリーがおもしろく、やさしくないわけで はないって感じかな。今まで読んだことのないタイプで、長くても読む価値あったな〜と思いました。