すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「島とクジラと女をめぐる断片」 アントニオ・タブッキ (イタリア)  <青土社 単行本> 【Amazon】
まえがき この本はアソーレス諸島の、少しばかり空想の味つけを加えた旅行記のようです。
ヘスペリデス。手紙の形式による夢 アソーレスの島々の人々や神殿、自然についての描写。
T 難破、船の残骸、海路、および遠さについて
アソーレス諸島のあたりを徘徊する小さな青いクジラ ─ある話の断片
  アソーレス諸島を旅する男女の旅行者と青いクジラの話。
その他の断片 アソーレス諸島の旅行記を書いた過去の人々の紹介。
アンテール・ケンタル ─ある生涯の物語 ポルトガルの大詩人アンテールの生涯。
U クジラおよび捕鯨手たちについて
沖合 クジラ、とくにマッコウクジラについてのさまざまな知識。
 法規 クジラについての法律を列挙。
 捕鯨行 捕鯨親方カルロシュ・エウジェニオ氏の捕鯨船に乗せてもらったことの顛末。
ピム港の女 ─ある物語 ピム港で出会った女に人生を狂わされた男の話。
あとがき 一頭のクジラが人間を求めて クジラから見た人間の描写。
にえ この本は、短編集ならぬ、断片集でした(笑)
すみ タブッキは、ポルトガル生まれの奥様と、ポルトガル領の アソーレス諸島に滞在したことがあるそうで、そこから生まれたのがこの本だそうです。
にえ ちなみに、タブッキもタブッキの奥様も、ポルトガル詩人ペソアの研究家だそうです。
すみ で、この本なんだけど、ホントに不思議な本だよね。惜しむら くは、私たちがアソーレス諸島をもうちょっと知ってたらなってところなんだけど。
にえ それはどうかな(笑)。むしろタブッキは、アソーレス諸島を 知らない読者たちの想像を膨らませようと意図してるようにも感じたけどね。
すみ 日本では、アゾレス諸島と記載されることが多いこの諸島は、 9つの島にわかれてるんだけど、どこの大陸ともかなり離れてて、本文の「ヘスペリデス。手紙の形式に よる夢」によると、かなりエキゾチックな島みたい。
にえ まあ、「果実のように肉厚な青と薄紅の巨大な花」とか書かれ ても、想像を超えちゃってるんだけどね(笑)
すみ 「その他の断片」で、この諸島の旅行記を書いた人々のことが わかります。ただ、タブッキが「まえがき」で想像も含めると書いているかぎり、どこまでが真実なのか、 読んでて迷うんだけど。
にえ その迷いがまた楽しいのよね。
すみ 「アソーレス諸島のあたりを徘徊する小さな青いクジラ ─あ る話の断片」と「ピム港の女 ─ある物語」は、小説。
にえ 私たち的にはサラマーゴで初めて知った会話を「 」でくくら ない形式なのよね。もしかして、この手法ってポルトガルでは一般的に使われてるのかな。
すみ どっちも幻想的で、遠い遠い島の話って印象の強い、おもしろい短編だった。
にえ 「アンテール・ケンタル ─ある生涯の物語」も、実在した 詩人アンテールの幼少から自殺するまでの話だから伝記ってことになるんだろうけど、ほぼ小説といって いい仕上がりだった。
すみ 短くまとめてあるから、あっという間にアンテールの一生が 終ってしまうんだけど、余韻が残る話だったよね。
にえ で、Uになると、クジラの話が満載。いろんな本からクジラにつ いての一文が引用されていたり、クジラの生態について書かれていたり、長かったらどうかわからないけど、 短いから楽しく読めた。
すみ 「法規」のクジラについての法律の列挙は、ちょっとまいっちゃったけどね。
にえ まあ少ない行数で6ページ程度ですから。これはこれで、「へ 〜」なんて言いながら、読めてしまったでしょ。
すみ 最後の「あとがき 一頭のクジラが人間を求めて」で美しくま とまり、叙情詩を読んだような余韻が残りました。
にえ タブッキがアソーレス諸島に連れていってくれて、異国情緒を 味あわせてくれて、いい息抜きをさせてもらったって感じ。あんまり深く考えずに、気楽に読めて良かったな。
  
 フェルナンド・ペソア詩選 「ポルトガルの海」    <彩流社 単行本>  【Amazon】

タブッキに多大な影響を与えたポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアは、1888年生まれ、 リスボン大学を中退した後、小さな貿易会社で事務員として働きながら、詩集や評論を残し、 1935年に亡くなりました。生前はあまり注目されてはいなかったようですが、第一次世界大戦の不安に 人々の心が向かっていき、詩人たちもそういった題材の詩ばかりを書いていくなか、ペソアだけは、詩人が 本来あるべき自分の内面を見つめる、という行為にこだわり続けていたようです。
ペソアは、自分のなかに自分とは違う人物たち、「異名」を持つことによって、さまざまな詩を作って いきました。「異名」はすべてペソアの中にある、ペソアの分身ですが、それぞれ詳細な経歴までありまし た。「ポルトガルの海」では、ペソア自身の他に、3人の「異名」の作品が紹介されています。
本人であるフェルナンド・ペソアの詩は、繊細で、オーソ ドックスな印象を受けました。
異名アルベルト・カエイロの詩は、牧歌的な村、羊飼い、 草花といったものを題材としたノスタルジックなものが多く、感受性豊かで柔らかな印象を受けました。
異名リカルド・レイスの詩は、ギリシア神話を題材にした 叙情詩的なものが多く、古典的な印象でした。 異名アルヴァロ・デ・カンポスの詩は、哲学的で硬質的、 しかも攻撃的な印象で、他と比べて長いものが多く、他の詩にはない句読点が多用されていました。
ペソアの翻訳本には『不穏の書、断章』(思潮社)というのもあり、こちらは詩だけでなく、ペソアが 語っているような文章が入り、より斬新な印象でした。