アポロンの車は

  アポロンの車は視界の外へ走り去り

  巻きあげられた埃は

  軽やかな靄を一面に拡げる

  地平線の上に

  

  牧神の静かな笛が鳴れば

  高く澄んだその音は動かぬ大気のなかをくだり

  滅びつつある静穏な一日は

  寂寥をます

  

  栗色の髪をもち 魅惑的で淋しげなお前

  暑い牧場で熱心に働く農婦よ

  お前は疲れた足をひきずりながら

  耳をかたむける

  軽やかな風にかわる大気にのって

  鳴り続ける牧神の古代の笛に

  僕にはわかる 波から生まれたあの明眸の

  女神のことをいまお前が考えているのが

  

  お前の疲れた胸が感じているものの奥深くまで

  波の寄せているのが

  牧神の笛が微笑みながら仄かな光のなかで

  泣いているあいだ

           フェルナンド・ペソア詩選「ポルトガルの海」 P86〜87 池上岑夫訳 彩流社

 

  僕らの秋が

  僕らの秋が リュディアよ 冬をそのなかに

  ひそませてやって来たら

  思いを凝らそう 来年の春ではなく

  春は僕らのものではない

  夏でもなく その頃僕らは死んでいる

  過ぎ行くもののあとに残るものに─

  葉のそれぞれが生きている そして

  そのそれぞれを異なる葉としている黄色い眼の前の色に

           フェルナンド・ペソア詩選「ポルトガルの海」 P107 池上岑夫訳 彩流社