ひとたび人を殺さば
ロンドンの甥を訪ねたウェクスフォードは少々退屈気味。そこに、殺人事件が。近くの墓地で 女性の絞殺体が発見されたのだ。さっそく捜査に乗り出すウェクスフォードだが、調べて いくうちに女は偽名を使い、身元を隠していたことがわかる。この女は何者なのか。なぜ、殺されたのか。
 
<にえメモ>
単純に推理を楽しめる作品。ウェクスフォードがキングズマーカムを離れ、同じ公僕とはいえ、 はるかに優秀な甥のもとで少々卑屈になり、ずっこけ探偵のような立場に立たされるのが、多少なりとも 普段のウェクスフォードを知っている方なら楽しめるのでは。もちろん、推理は二転、三転し、 隠された悲劇が顔を出す。練ったストーリーを満喫できる読み応えです。

 

偽りと死のバラッド
キングズマーカムで行われたポップ・フェスティバルで女性の死体が発見された。女性の名はドーン、 派手な身なり、28歳という若さを売りにできない年齢で、男相手のウエイトレスをやっていた。 嘘つきと評判のドーンは、ルームメイトに有名ポップ歌手と幼なじみで、かつては恋人同士だったと 吹聴していた。真実はどこにあるのか。
<にえメモ>
嘘と本当の区別がつかない女、サディスティックな悪戯を繰り返す歌手と、その歌手にかしづく 奴隷のような夫婦、複雑な人間関係にいやでも興味をそそられます。謎解きというより、レンデルに 次々と提供されていく事実に驚愕させられるストーリー。結末はレンデル流の新しい殺人の定義です。 レンデルが比較されることを嫌うのを承知であえて書いてしまうと、内容、手法などはまったく異なり ますが、私はこの結末に、アガサ・クリスティの「カーテン」を連想しました。ウェクスフォードの 若者文化への偏見のなさが、堅物バーデンとの対比により、くっきりと表現されている作品でもあります。
 

 

指に傷のある女
息子の家に訪ねていった母親が息子の嫁の絞殺死体を発見する。家のなかには指紋がない。 どうやら姑の来訪に嫁がくまなく掃除した様子。ひとつだけ見つかったのは浴槽の縁。 右手の人差し指にL字型の傷がある。これだけでも犯人は意外と簡単に見つかるのではと 思いきや、ウェクスフォードの捜査は二転、三転し、犯人への道程は近いようで遠い。
 
<にえメモ>
登場人物うんぬんよりも、単純に推理を楽しめる作品です。こういう作品のに限って、 かならず「ウェクスフォード警部シリーズ中期の傑作」といった宣伝文句が掲げられていますが、 書いている人はよほど心理描写より純粋に推理を楽しみたい人なのでしょうね。

 

乙女の悲劇
キングズマーカムの田舎道の脇で、女性の刺殺体が発見された。薄笑いを浮かべ、派手な服装、厚い化粧、 醜い容姿の五十歳を過ぎた中年女、しかも処女だった。女の名前はすぐにわかった。ローダ・コンフリー。 今はロンドンで暮らしているらしい。だが、ロンドンのどこで暮らし、どんな生活をしているか はまったくわからない。秘められた彼女の二重生活とは。
 
<にえメモ>
レンデルのフェミニストぶりをかいま見せるストーリーですが、基本的には、単純に 楽しめる推理ものです。主な捜査がロンドンで行われるため、「ひとたび人を殺さば」の登場人物に またで会えるのも嬉しい。ウェクスフォードの大失態といい、皮肉をこめた会話といい、バーデンの 堅物ぶりといい、笑える箇所も多く、気軽に読んでいただける作品です。

 

仕組まれた死の罠
有名なフルート奏者である老人、マニュウエル・カマルグが自宅裏の池で死んでいた。一見、普通の 事故死としか思えなかったのだが、マニュエルと再婚予定だった女性の証言で、殺人の疑惑が浮かび 上がる。マニュエルには19年前に生き別れた一人娘がいるのだが、その娘だと名乗る女がマニュエル の死の直前にマニュエルを訪ねてきたというのだ。マニュエルは偽者だと追い払ったらしいのだが……。
 
<にえメモ>
ありがちな設定をレンデルがどう料理して推理を楽しませ、最後に驚かせてくれるのか、お手並み 拝見の力作です。使い古された設定ほど、作者の力量が試されるものはないですね。ウェクスフォード は謎解きのためにアメリカへ、フランスへとまさに東奔西走。用意された答えは、まさにレンデル流。

 

マンダリンの囁き
アデラ・ナイトンを自宅で射殺したのは、家の中に詳しい人物らしい。それでは、夫のアダムが犯人か。 じつは、ウェクスフォードは数ヶ月前に、ナイトン夫妻と同じ 中国旅行ツアーに参加していた。だが、夫妻に関する記憶は薄く、それが残念でならなかった。
 
<にえメモ>
ウェクスフォードの中国旅行風景がユーモラスに描写されていて、イギリス人の中国旅行記としても 楽しめます。ただし、かなり緩慢な流れの作品なので、初ウェクスフォードものとして読むのは お勧めできません。

 

無慈悲な鴉
ウェクスフォードの妻ドーラは、隣人に夫ロドニーの行方不明を相談される。 はじめは軽く構えていたウェクスフォードだが、放置された車、会社に出された辞表、隠し口座、 池の中からバッグ、そしてついには体の七カ所を刺されたロドニーの死体が発見され、 本格的な捜査に乗り出す。そこには驚愕の真実が隠されていた。
 
<にえメモ>
ロドニーの隠していた秘密は興味深く、謎解きを存分に楽しめます。また、狂信的な ウーマンリブ運動に専念していたロドニーの娘が精神的に 成長していく姿が描きだされ、そこでもまた物語を楽しめる、と、二重に楽しめる作品です。

 

惨劇のヴェール
キングズマーカム郊外にあるショッピングセンターの駐車場で、中年女性の死体が発見された。 発見したのはウェクスフォードと入れ違いに駐車場に降りた小柄な中年女性、ドロシー・サンダース。 いざ捜査に乗り出そうとするその時、ウェクスフォードは、女優として名高い娘の車に 仕掛けられた爆弾のために負傷、入院となる。捜査の指揮を任されたバーデンに謎は解けるのか。
 
<にえメモ>
堅物で、少しでも異常性のある人物を極端に嫌うバーデンが、異常な関係にあるサンダース 母子を偏見なしにうまく探れるのか。単純な推理ものとしても、息子を支配する母、精神病院に 通う息子の異常心理ものとしても楽しめます。読者の評価が高い作品です。

 

眠れる森の惨劇
ウェクスフォードの部下マーティンが銀行強盗に射殺された。犯人も見つからないまま、十ヶ月が 過ぎようとする頃、今度は森の中の屋敷で、一家が惨殺される事件が起きた。 二つの事件のどちらにも同じ種類の銃が使われていた。関連はあるのか。推理小説というよりは、 眠れる森の美女になぞらえたゴシック小説といった趣の重厚なストーリー。
 
<にえメモ>
しょっぱなからスリリングな銀行強盗と殺人、続いて派手な惨殺現場の描写、捜査に コンピュータが使われ、ウェクスフォードは携帯電話を器用に使いこなす。読みはじめは知らなければ、 アメリカの若手男性作家のミステリかと思ってしまいそう。これを六十歳を過ぎたレンデルが書いて いるとは畏怖を超えて恐怖すら感じる迫力の力作です。主軸のストーリーとは別にすすんでいく、 とんでもない彼氏を連れてきた娘への、ウェクスフォードの対応も見逃せません。
ちなみに、よくあることなので今さらですが、裏表紙の紹介文は、本文を読むと 間違っていることがわかります。

 

シミソラ
ウェクスフォードはたちくらみを起こし、病院へ。そこには担当医である黒人医師レイモンド・アカンデ がいた。後日、アカンデからウェクスフォード自宅に電話が入る。自分の娘の失踪を相談する電話だった。 数日経っても見つからない娘メラニー・アカンデに生存を絶望視するウェクスフォードたち。捜査が進む につれ、第二、第三と思われる殺人が勃発。殺された彼女たちに共通点はあるのか。
 
<にえメモ>
失業問題、有色人種の差別問題とかなり社会派な内容です。前後作と比べて派手さはなく、 いつものキングズマーカムが存分に楽しめますが、レンデルはこの作品で新たな悲劇を生みだしています。 結末だけ考えれば、この作品が近年では一番、目新しいと言えます。この深刻で衝撃的な結末を受けとめる には、レンデルが机上の空想だけでいい加減なストーリーを作る作家とは一線をひいているということを、 念頭に置くべきでしょう。
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聖なる森
フラムハーストの森の中、バイパス工事の最中に若い女性の死体が発見された。バーデンが犯人と 睨む男は証拠不十分で起訴できない。そんな時、バイパス工事に反対する過激な自然保護団体が キングズマーカムの住人6人を誘拐。その中には、ウェクスフォードの妻ドーラも含まれていた。 ウェクスフォードは人質を無事救出できるのか。
 
<にえメモ>
誘拐犯との息の詰まるかけひき、大人数を率いた広範囲に及ぶ犯人捜し、と、ここに来て急に 派手になってきたウェクスフォードシリーズ。今までのやや緩慢なストーリー展開が気に入らなかった 読者の方々には、「眠れる森の惨劇」とこの「聖なる森」の森シリーズ(?)は、すこぶるメリハリが よくなったので、読みやすいのでは? 無理にシリーズの最初から読まなくても、 このあたりから入っていただいてもよろしいかと思います。

 

悪意の傷跡
キングズマーカムで土曜日に、16歳の少女リジー・クロムウェルが失踪した。学習障害があり、家出した 理由も考えられないところから、誘拐事件に違いないと思われた。リジーの継父はテレビで、リジーを返して ほしいと訴えた。そのあとすぐ、リジーはまったく無事な状態で家に戻ってきた。誘拐し、監禁されていたと いうのだが、犯人についてはがんとして語らない。その後、またしても土曜日に、もう一人の少女レイチェル が誘拐された。リジーよりもずっと裕福で、かなりの美貌の大学生だ。レイチェルの母親はテレビで、レイチ ェルを返してほしいと訴えた。すると、レイチェルもまた無傷で帰宅した。レイチェルは自分の誘拐について 多く語ったが、ウェクスフォードには嘘をついているとしか思えなかった。そしてまた、誘拐事件が起きた。 今度は3歳の少女だった。
 
<にえメモ>
ウェクスフォード・シリーズを読み続けてきたファンには、また驚かせる内容ではないでしょうか。 いくつものまったく異なる出来事が進行していき、最後にはひとつにまとまるという典型的な展開から離れ、 また一つの新しい展開を見せています。さらに成長しつづけるレンデルに注目。登場人物が多いので、シリーズを この本から読むのはちょっと大変かも。
 →読んだ時の紹介はこちら。