ウェクスフォード警部シリーズ
ノン・シリーズ、ヴァイン名義と比べ、単純に推理を楽しめる安定した作品群。 二転三転する捜査の行方を単純に楽しめます。 日本より本国イギリスで人気があるようです。いつもの登場人物、ロンドン近郊のやや田舎町 キングズマーカム、 ほのぼのとした雰囲気と複雑怪奇な事件の解決という緩和と緊張がバランスよく組み合わさっています。
 
主な登場人物1. レジナルド・ウェクスフォード
 ぱっとしない、魅力に欠けると批判する読者も多い。ただ、レンデルものの場合、 登場人物がカルピスの原液なみに 濃いので、ウェクスフォードはそれを薄める冷水とでも理解していただきたい。 よく読めばとても魅力のある人ですが(笑)
 イギリス古典文学に造詣が深く、かなりのウンチクたれ。好きな音楽はクラシック、 古典美術への造詣も深い、つまりはかなりの旧式教養人。ただし、偏見を嫌い、新しいものに対しても 、いいものはいいと認めようとする度量の広さあり。美意識が高いが、必要とあらば、汚い言葉遣いをする ことも厭わない。
 既成の道徳観念にとらわれず人の魂を尊重するので、時には、犯人にさえ深い同情を抱き、 俗悪な世間の誹謗中傷から守ろうとする。精神的に若く、美人にくらっとすることも多々あるが、 家庭を愛し、美しい妻が自慢で、裏切るような行為に及ぶことはない。たまにかける妻への思いやりある 言葉には、読んでいてホロリとさせられる。
 妻は明るい性格で、人づきあいも良く、知らぬ間にウェクスフォードに必要な噂話などを収集して くる。娘が二人、姉は頑固で夫との愛のない夫婦生活を崩壊させまいと必死、妹は愛想が良くて美人、 将来有望な女優だが、男運が悪い。ウェクスフォードは父親として、妹のほうを偏愛がちになる自分を常に 戒めている。このあたりに、完璧になれない父親としての悲哀と人間くささが漂う。
 頭脳明晰ではあるが、時には深読みをしすぎることもある。 そのため、捜査ミスをたびたび繰り返すが、それがこのシリーズの面白いところ。
 ちなみに、モデルは数学教師だったレンデルの父親だとか。
 
主な登場人物2. マイク・バーデン
 ウェクスフォードの片腕的部下。わりとハンサム。古い道徳観念に固執し、ずっと年上の ウェクスフォードから堅物と評されるほどの人物。あらゆる分野になんの造詣もなく、これといった 趣味もない。ただ、あまりにも堅物過ぎるため、行動や言動に本人の予期しない笑いを誘うことが 多々あり。これがかわいい。ウェクスフォードと違い、家庭内はいろいろと変化がある。
 常識から少しでも外れている人物に出会うと、異常なまでに嫌悪感を示す。たいした推理は しないが、捜査はきっちりと行う。ウェクスフォードにとっては、物足りなくもいい部下。レンデルに とっては、からかいの対象。読者としては、息抜き的存在。
 
 必ずと言っていいほど出てくるのは、以上の二人とその家族です。二つの家族の変化を シリーズを通して楽しむのも愛読者としては喜びのひとつ。ウェクスフォードとバーデンの微妙な 気の使いあいも端で見ていて笑えます。ちなみに、シリーズ初期のころには、互いにかなり遠慮がち、 それがシリーズを通して少しずつ距離を縮め、最近の作品ではかなり口汚く罵り合っても平気なほどの 仲になっています。
 他にも、ウェクスフォードの幼なじみで5歳年下、いまだに生意気小僧の雰囲気を残す鋭く 口の悪いクロッカー医師とウェクスフォードの歯に衣着せぬ掛け合い、バーデン以外にもバリー、 マーティンなどの優秀とは言えない部下を使うウェクスフォードの中間管理職の悲哀、いつも昼食を とる店<オリーヴと鳩>亭のメニュー、警察署の建物の移り変わり、シリーズの最初では普通の体型 だったが、それから太り、そのあとダイエットで少しずつスマートになっていくウェクスフォードの 容姿の変化、などなど、シリーズを通して読んでいくと、お楽しみはたくさん待っています。

 

薔薇の殺意
身持ちが堅いだけが取り柄のような、地味な主婦が夕食時になっても帰ってこない。近隣に住む男から 相談を受けたバーデンは捜索願を出した。夫は犯罪関係の本を読むのが趣味の男。主婦の死体が発見 されたとき、まずは夫に疑いを持つバーデンだが、ウェクスフォードはそこにもっと深い秘密を 嗅ぎつける。本当に主婦は、地味なだけの女だったのか。
 
<にえメモ>
読み返してみると、バーデンやウェクスフォードの話し方が後の作品とはかなり違っていたり、 ウェクスフォードが語るべき文学のうんちくが、単独で書き並べてあったりと、少し様子が違う ところが興味深い。ただ、ウェクスフォードの美意識はすでにはっきりと明示されていて、 処女作ならではの味わいがあります。
ちなみに、実話かどうかは疑わしいところですが、デビュー前のレンデルはお茶の間 コメディ的な作品を出版社に持っていき、他にないのかと訊かれ、趣味でミステリを書いてると 言ってこの「薔薇の殺意」を見せ、みごとにデビューしたということです。

 

死が二人を別つまで
ウェクスフォードが16年前に解決した殺人事件に、教区牧師アーチェリーが疑問を持ちかける。 アーチェリーの息子が結婚したがっている女性の父親が、その殺人事件の犯人で、死刑になって いたのだ。アーチェリーは自力で事件を調べなおすのだが……。
 
<にえメモ>
シリーズ2作めにして、ウェクスフォードの登場が少なく、ノンシリーズかと思わせる ストーリー。冤罪はらしの単純なプロットに他のものを加えて複雑にしていくレンデルの手法はさすが。 アーチェリーの間抜けな探偵ぶりが微笑ましい。

 

運命のチェスボード
「火曜日の夜8時から11時のあいだに、アンという名の女が殺された。殺った男は小柄で髪が 黒っぽくて若く、黒い車を持っている。名前はジェフ・スミスだ」そんな手紙がキングスマーカム 警察署に届く。だが、死体が見つかるわけでもなく、平凡な名前の「アン」とはこの場合、誰のこと なのか、ウェクスフォードの捜査は難航する。
 
<にえメモ>
死体のない殺人という喜劇的な出発が、幾重にも仕組まれたトラップと謎が剥がれていき、 最後には胸を突く悲劇が待っています。最初から最後まで、どうなるのか予想がつかず ドキドキしっぱなし。レンデルパワー炸裂のじりじり推理ものです。 私としては、この作品から、ウェクスフォードシリーズの方向性がはっきりと見えてきました。

 

友は永遠(とわ)に
ジャックの結婚式当日、花婿付添人である親友のチャーリーが死体で発見された。長距離運転手の チャーリーは、不自然なほど金回りのよい嫌われ者の男だった。一方、六週間前から交通事故で 昏睡状態だった女性が病院で目を覚ます。 一見なんら関係のない二つの事件が交差して、もつれた糸がほどけるとき、事件は解決へと向かっていく。
 
<にえメモ>
二つの無関係そうな出来事を絡め、一変、二変させて結末に転がりこんでいくレンデル お得意の手法が光る作品です。単純に推理を楽しめる作品。見えない糸が見えてくる、謎解きの おもしろさを存分に味わってください。

 

死を望まれた男
じつはこれ、原作名が「The Best Man to Die」という、翻訳者がちがうだけで、 「友は永遠に」とまったく同じ作品。同じ年に違う出版社から、なぜ同じ作品が題名まで変わって 出版されたのか、私にはわかりません。その辺の事情をご存知の方はご一報ください。ちなみに、 「友は永遠に」の訳者は沼尻素子さん、「死を望まれた男」の訳者は高田恵子さん、一文ずつの 訳し方がかなり違うので、翻訳を勉強している人には原書と読み比べれば参考になるかもしれませんね。
 
<にえメモ>
「友は永遠に」の翻訳文章はやや硬質、「死を望まれた男」のほうがやや柔らかめ、 私個人としては、「死を望まれた男」の訳のほうが読みやすかったです。 

 

罪人のおののき
富裕で文学にも造詣の深い当主クェンティン、だれにでもやさしい心遣いを見せる美しい妻エリザベス、 離れでワーズワースを研究するエリザベスの弟デニス、マイフリート館には安らかな生活が営まれている はずだった。しかし、エリザベスが近くの森で撲殺されて。
 
<にえメモ>
ウェクスフォード警部の詩の造詣深さにより、館の秘密はあばかれ、事件は意外な方向で終局を 迎えます。レンデルの耽美的な一面を遺憾なく発揮した作品で、私がシリーズを通して一番好きな 作品でもあります。ただ、この倒錯的な結末は好みが分れるところ、万人受けは期待できません。 こういった世間の常識から逸脱した世界をすんなりと理解し、受け入れる、ウェクスフォードの美点が 如実に表現されています。

 

もはや死は存在しない
5才の男の子ジョンが行方不明になった。バーデンは以前に同じ場所で、女の子がいなくなったこと を思い出す。やがて、母親のもとに誘拐をしめす手紙が届いた。手紙にはジョンの髪の毛が同封されて いる。果たしてジョンを助け出すことができるのか。
 
<にえメモ>
妻に死なれたバーデンが、周囲から見てお似合いと思われる義妹の存在に気づかず、 おかしな服装をした、得体の知れない女に惹かれる間抜けぶりが楽しめます。他にも、 裏でつながる意外な人間関係にも驚かされたりと、お楽しみがいっぱいの作品です。