すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「悪意の傷跡」 ルース・レンデル (イギリス)  <早川書房 ポケット・ミステリ> 【Amazon】
キングズマーカムで土曜日に、16歳の少女リジー・クロムウェルが失踪した。学習障害があり、家出した理由も考えら れないところから、誘拐事件に違いないと思われた。リジーの継父はテレビで、リジーを返してほしいと訴えた。 そのあとすぐ、リジーはまったく無事な状態で家に戻ってきた。誘拐し、監禁されていたというのだが、犯人については がんとして語らない。その後、またしても土曜日に、もう一人の少女レイチェルが誘拐された。リジーよりもずっと裕福で、 かなりの美貌の大学生だ。レイチェルの母親はテレビで、レイチェルを返してほしいと訴えた。すると、レイチェルもまた無傷で 帰宅した。レイチェルは自分の誘拐について多く語ったが、ウェクスフォードには嘘をついているとしか思えなかった。 そしてまた、誘拐事件が起きた。今度は3歳の少女だった。
にえ このところ、年に1冊はかならず邦訳出版されているレンデルのウェクスフォード・シリーズの 最新刊です。
すみ ウェクスフォード・シリーズは、「眠れる森の惨劇」から、 ちょっとスタイルが変わってきたというか、読むたびに目新しい感じがして驚かされっぱなしなんだけど、この本もまた、シリーズの 前の作品とはちょっと違ってたね。
にえ うん、「眠れる森の惨劇」「聖なる森」で、事件や捜査態勢のスケールが大きくなって驚いたし、 「シミソラ」で社会問題を大きなテーマに掲げてあって驚いたし、「悪意の傷跡」はどうなるんだろうと思ったけど、 今度はこう来たか、とまた驚いた。
すみ 社会問題が大きなテーマになってるところは「シミソラ」と似てるよね。 「悪意の傷跡」では、日本でも最近話題のDV、そのなかでも夫が妻に振るう家庭内暴力が大きくクローズアップされてた。
にえ 次々に起きる事件そのものも夫が妻に暴力を振るう家庭内暴力に根付いたものだったし、 今回は出番の多いウェクスフォードの長女シルヴィアが、夫の暴力に苦しむ妻が助けを求めてかける電話をボランティアで受けていたりして、 DVがらみの推理小説と言いきっていいほど大きな部分を占めてたよね。
すみ それに、占める割合はDVほどではないにしろ、幼児に連続して性的な暴力を振るった犯罪者の 出所後の扱いについてもクローズアップされてたでしょ。
にえ そうなのよね。ちょうど3歳の幼女が誘拐されたらしくて、キングズマーカムが大騒ぎしているところに、 少年へ性的暴力を行なった罪で刑務所に入っていた男が出所してきて、娘の住む団地に戻ることになるの。
すみ 71歳という年齢からして、これからも罪を重ねるかどうかは微妙なところだけど、 団地の住人にしたら、自分たちの子供のすぐそばに、そんな奴が住むなんて許せないよね。
にえ 団地の住民が起こした騒ぎは警察署の方まで飛び火して、町は騒然とした状態に。 そんななかでも、戻ってきたとはいえ、二人の少女の誘拐事件については調べなくてはならないし、3歳の少女の行方は、 なんといっても最優先で捜さないといけないし。
すみ おまけに、そんな中でウェクスフォードの大切なバーバリーのレインコートが紛失して、 そっちも片手間で探してたりするのよね。
にえ まあ、それはいいんだけど(笑)
すみ そのうちに、予期せぬ殺人事件が一つ起き、そしてまた一つ……。
にえ と、ここまで来ると、シリーズを通して読んでる人なら、 すべて別々と思われた事件が、最後には一つになって大団円を迎えることになるのね、と予想するところだけど。
すみ 今回はちょっと違ってたよね。なんて言うのかな、もっと突き放される感じっていうか。
にえ 読者に考えさせる余地をタップリ残してるよね。
すみ うん、かならずしも、すべての事件がひとつにまとまっていくわけではないし、 かといって、まったくバラバラって印象が残るわけでもないしね。
にえ 今までは、紡ぎ出されたいくつもの糸が、最後には一本の紐になるって感じだったけど、 今回のはいろんな絵が描かれてて、それでいてひとつにまとまっているタピストリーを広げてみせられたよう、というか。
すみ ラストも驚いたよね。うわ、そういう終り方をするか〜って。
にえ でも、レンデルらしい作品とも言えるのよね。ばりばりのフェミニストだけど、 肩に力が入りすぎていないレンデルらしい考え方がうまく表現されてて。
すみ ウェクスフォードの長女のシルヴィアが、母ドーラのことを、若い頃はどうして自分から進んで 閉じこめられちゃってるんだろうと思ってたけど、大人になって、好きでやってるからあれはあれでいいんだと思う、 ああいうシーンに、レンデルらしいな〜って気がしちゃうのよね。
にえ あいかわらず、ウェクスフォードは次女のシーラと比べて、長女のシルヴィアを愛しきれないことに悩んでるし、 シルヴィアもまた苦しんでたりするけど、今回は、それはそれで仲良くやっていこうと折り合いがついたような感もあったしね。
すみ とにかく、夢中になって読めたし、推理小説っぽくない余韻の残る作品でした。ただ、このところの傾向だけど、登場人物が多い〜。
にえ ひとことで言えば、良かったとしか言いようがないな。肩すかしもタップリ含まれてて、 驚いたけど、それはそれでまた良かった。バーデンとウェクスフォードがふたたび中心になってたところもファンとしては嬉しいし。 そうそう、引用の多いのがこのシリーズの特徴だけど、ジョセフィン・テイの作品が効果的に使われてたのには驚きました。もちろん、オススメッ。