すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ナイフ投げ師」 スティーヴン・ミルハウザー (アメリカ)  <白水社 単行本> 【Amazon】
イン・ザ・ペニー・アーケード」「バーナム博物館」につづく短編ミルハウザーの第三短篇集。12篇を収録。
ナイフ投げ師/ある訪問/夜の姉妹団/出口/空飛ぶ絨毯/新自動人形劇場/月の光/協会の夢/気球飛行、一八七〇年/パラダイス・パーク/カスパー・ハウザーは語る/私たちの町の地下室の下
にえ ミルハウザーの第三短篇集です。とはいえ、中編集とかもあるから、え、第三なの?って感じなのだけれど。
すみ 収録されている作品のほとんどはあちらの文芸誌などに掲載されたことのあるもので、でも、日本再編集とかじゃなく、ホントにちゃんとミルハウザーが選んでまとめた短篇集なのよね。
にえ 作品のほとんどが1990年代に発表されたものだそうだから、この一冊を読んで、最近のミルハウザーは、とか言うことはできないんだけど、でも、う〜ん、ファンのつもりでいる私はコメントに困るかな。
すみ まだずっとミルハウザーを読んできた他の方の感想を読んでもいないし、聞いてもいないから、私たち以外の人たちが読むとどうなんだろうと気になってしまうよね。
にえ 気になるねえ。私自身の感想は、好きで他の方にもぜひと勧めたくなる短篇も2つ、3つあったりしたのだけれど、全体としては、ちょっと悪趣味、ちょっと理屈っぽい、ちょっと二番煎じという感じがして、それに引っ掛かってしまい、なんというか、大満足とはいかなかったのだけれど。
すみ でもさあ、まさかずっと少年が主人公の小説ばかり書いてるわけにもいかないだろうし、著者自身の好む世界ってものはそうそう変わるものでもないわけだし、そのへんは読者としての意識を変えていかなくてはいけないところなのかもよ。
にえ うっ、「空飛ぶ絨毯」や「月の光」のような作品がもっと読みたいと言おうと思っていたのに、先にそういうことを言うか(笑)
すみ とりあえず、短篇集なのでお気に入りが一つ、二つ見つかればよいってところからいくとオススメ、全体的だと私たち的には複雑ってことで。
<ナイフ投げ師>
ナイフ投げ師ヘンシュが私たちの町で公演を行った。ヘンシュといえば、自他ともに認めるナイフ投げの名手でありながら、技巧的な傷という概念を導入したことにより、熱狂的な支持を受けながらも、下卑た見世物師と蔑まれもする、特異な存在だった。
にえ 私はなんか正直なところ読みながら、ミルハウザーの心の見たくないところを見せられちゃったような、ちょいと嫌な気分がしてしまいそうになってそれを意識的に必死に抑えこんだようなところがあるんだけど。
すみ う〜ん、ミルハウザーじゃなかったら、ニヤリと笑いながら読んで楽しめちゃったかもしれないよね。好きな作家だとどうしてもこうあってほしいというのがあるから。
<ある訪問>
大学生の頃に親友だったアルバートとは一緒に暮らす中だったが、ある日、アルバートは出て行ったきり、たまに葉書を寄越す一年が過ぎると、あとの9年間は音信不通だった。そのアルバートから突然、誘いの手紙があって、私はアルバートが妻と新居を構えたという、色あせた村に向かった。
にえ 想像以上にひどい村で、祝福もできないような家に住んでいたアルバート。そしてようやく姿を現した彼の妻は……という、なんというか、妙に薄気味の悪いお話。
すみ これは故意にそういった薄気味悪さを味わわせようとした作品だから、それはそれで良いと思うけどね。田舎の妙に静かな、シンとしすぎて落ち着かないような空気感が漂いまくって、それでいて妙なエロティックさがあったりするの。
<夜の姉妹団>
12才から15才の少女たちが密かに集まる秘密結社、夜の姉妹団にはさまざまな噂が飛び交っていたが、13才の少女エミリー・ゲーリングによる告発は、私たちに大きな衝撃を与えた。
にえ これはこの作品が表題作となっているアンソロジーが随分と前に出ているから、すでに読んでる方も多いのかな。私はここでまた、ミルハウザーの心の見たくないところを見た気になりそうで、ううっと思ってしまったんだけど。
すみ 小説じたいは、さまざまな食い違う証言から、わからないものを理解しようと探っていくという構成で、なかなかおもしろいものだったけどね。最後に残る不安感が後を引く感じがまたなんとも。
<出口>
30才のハーターは、これまでさまざまな女性とつきあってみたが、どの女性といる時も、なにか物足らず、この女性とは違うのではないかという思いを抱かずにはいられなかった。図書館で知り合った人妻マーサも同様で、ちょうど別れを意識しはじめたところだったが、二人でベッドにいる最中、マーサの夫が入ってきた。
にえ 後日、マーサの夫の代理人と名乗る二人の男がハーターを訪ねてくるんだけど、さてさてどうなりますやらってことで、わからないところが恐怖。
すみ これはまあ、ありがちといえばありがちな設定かな。ミルハウザーはこういうのも書くんだって驚きはあったけど。
<空飛ぶ絨毯>
夏休み、近所の家でもよく見かけるようになった空飛ぶ絨毯を、父さんが買ってきてくれた。僕はさっそく絨毯に乗ると、説明書を見ながら飛ぶ練習をした。
にえ これは私たちは「紙の空から」で読んでるんだよね。読んでない方、おめでとうございます(笑)
すみ これはホントに良いよね。夏休みの高揚感と、期限付きという、どこか冷めるような気持ちと、少年時代の熱中と驚くほどアッサリとそれを忘れ去ってしまう移り変わりの速さ……再読してもやっぱりジンジン来るなあ。
<新自動人形劇場>
数え切れないほどの自動人形劇場が存在し、自動人形劇場を誇りとする私たちの市で、自動人形の名匠と呼ばれる者は一世代に二、三十人程度いるが、中でも試み出される存在は、ハインリッヒ・グラウムその人であろう。
にえ これは巻末解説によると、同じ自動人形を扱った「アウグスト・エッシェンブルク」からの作風の変化を指摘した書評があったりしたけど、じつはほぼ同時期に書かれたのだとか。でも、間違いだったにせよ、そういう書評を書きたくなる気持ちはわかるなあ。初めての題材なら、何も考えずに夢中になって読むけど、二度目だと評論家のように比べながら、あれやこれやと指摘しながら読み進めたくなってしまう。
すみ まあ、「アウグスト・エッシェンブルク」より物語性も薄いからね。私は比べるってことはなかったけど、やっぱりどうしてもストーリーに夢中になるより、この人の書く天才には賞讃する者と同じぐらいの数の批判する者が必ずいるのねえ、とか、行くところまで行っちゃうパターンが好きだねえ、とか、読みながら余計なことをあれこれ考えてしまったかも。
<月の光>
15才になった夏、眠れなくなった僕は暖かな夜に足を踏み出した。まぶしい月光の下、町を歩くうちに、同じクラスの女の子四人がボール遊びをしているところに出くわした。彼女たちは男の子のような格好で、ウィフルボールに興じている。彼女たちに誘われ、僕もボール遊びに加わった。
にえ これは良かったなあ。「夜の姉妹団」から引きずってしまっているミルハウザーの心の内が気になる感情がなかったら、もっと酔いしれられたけど、まあ、それはよしとしよう(笑)
すみ 夏の夜、明るい月光の下で学校とは違う様子を見せる少女たち。仲間に加わると、やけに楽しいボール遊び、そして……、怖ろしくも美しい余韻が残るよねえ。
<協会の夢>
いつしか古び、かつての魅力を失ってしまった百貨店を協会が買い取った。新しくなった百貨店は19階建てで、カモメが歩き、まるで本物のように波が押し寄せる砂浜の広がるウィンドウ、凝ったカーブを描く廊下を進むと売り場の一つ一つに驚かされる、古さと新しさが不思議な調和を見せるフロア、付随するサービスや娯楽の数々に驚かされた。しかも、百貨店は日々劇的に変化していき、私たちを飽きさせることはなかった。
にえ これは「マーティン・ドレスラーの夢」パターンかな。じつはこの百貨店、歴史的建造物のレプリカを売ることで巨額なマネーが動いているみたいなんだけど、そのレプリカが本物以上の魅力を放ちはじめるというあたりがミルハウザー好みかな。
<気球飛行、一八七〇年>
1870年、我々はプロイセン軍に包囲された。フランスに降り立ってレジスタンスを組織するという任務を遂行すべく、私は気球で宙へとのぼった。
すみ これはなんだかよくわかりませんでした、ごめんなさい。とりあえずあれこれ考えず、戦時下の緊張感と気球で宙を流れる浮遊感の組み合わせからくる不思議な感触を味わえばいいのかな。
<パラダイス・パーク>
1912年に開園し、1924年に焼失したパラダイス・パークは、いくつもの遊園地が一世を風靡したその時代、ある種のどぎつさ、過剰さによって前代未聞の方向へと進んでいった。
にえ これも「マーティン・ドレスラーの夢」パターンなんだけど、語られる遊園地のオーナー、サラビーは、葉巻店の息子からホテル経営へ、そして百貨店経営へと進んで富を築いたってことで、なにやらミルハウザーファンはニヤリとさせられるかも。
すみ 遊園地は、ただ明るく、安全なのがいいんじゃなくて、ちょっと闇も抱えていたほうがいいって考え方は共感できたよね。でもまあ、行くところまで行っちゃうんだけど(笑)
<カスパー・ハウザーは語る>
私、カスパー・ハウザーは、ニュンベルクの紳士、淑女の皆様に向かい、語りはじめる。フロックコートを着てネクタイを締めた、非の打ち所がない若い紳士である彼は、ほんの数年前まで、火すら知らず、光を怖れる獣のように下等だった。
にえ 最後まで読んでなるほどねとは思ったけれど、フォイエルバッハが書いた本物のカスパー・ハウザーと比べると、魅力で劣るかなあ。
<私たちの町の地下室の下>
私たちの町の地下室の下、はるかずっとしたには、くねくねとよじれ、交差しあう通路の迷宮が広がっている。起源は定かではないが、町に住む私たちはその地下道の魅力に抗いかねている。
すみ これは良かった。地味ではあるけど、また同じって感じではなかったから新鮮味もあり、最後の逆説的な説明にも面白味があって、わかるわかると思ってしまうし。なかなかでしたっ。
 2008.2.1