=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「最後の晩餐の作り方」 ジョン・ランチェスター (イギリス)
<新潮社 文庫本> 【Amazon】
美食家タークィン・ウィノットは語りはじめる。食通となった自分の人生について。パリのアーサース通りの高級アパートで、家政婦メアリー=テレザが作ってくれたアイリッシュ・シチュー、ミシュランで星がつけられたレストランでの食事、そして愚かな兄に自ら腕を振って作ってやった料理の数々……そんな思い出話のなかには、なぜか次々と死んでいく人たちが?! ウィットブレッド処女長篇小説賞、ベティー・トラスク賞、ホーソーンデン賞、ジュリア・チャイルド賞受賞作品。 | |
気になりつつ読み損ねていた本が、文庫本になったので読んでみました。 | |
著者のランチェスターさんは「オブザーヴァー」紙でレストラン批評を担当するなどした方で、これがデビュー作だとか。とはいえ、これは美食に関する本ではなくて、純然たる小説です。 | |
とはいえ、タイトルからして食べ物に関する話しがタップリ出てきそうだし、蘊蓄にからめて、ストーリーがちょこちょこっと展開するのね、いいじゃない、気楽に読めて、と思って読みはじめたら、裏切られた〜っ(笑) | |
してやられたとはこのことだよね。久しぶりに騙された快感を味わったというか(笑) | |
ホントにホントに。最初はね、イギリス人でありながら、フランス人っぽい感じのする男性が、ひたすら楽しく料理に関する蘊蓄を語っていて、あら、これは楽しいわねえ、なんて呑気に思っていたんだけど。 | |
どうも録音した文章って設定みたいなのよね。そのせいか、ですます調になったり、平易な文章になったりして、しかも、一文ずつがちょっと長めだったりして、うねりもあったりして、読みやすくはないけど、その語り口には魅了されずにはいられなくなるような。 | |
原文はもっともっと読みづらいみたいだね、邦訳本で助かったかも。でも、料理の作り方の説明なんて最高なのよね。とげとげの魚を先に入れて、すべすべした魚はあとに入れる、とか、ミキサーを買ってその説明書どおりに作れとか。 | |
高慢っぷりがユーモラスで、楽しくなるよね。自分の兄のことも、ひたすら愚兄、愚兄って見下すようなことばっかり言ってるし。 | |
料理をからめて、自分の半生を語っていくんだよね。自分、というより、自分の幼い頃から現代までの周りの人たちのことを語っていくって感じかな。 | |
この方、裕福な家庭に育ったみたいなのよね。一家はヨーロッパのあちこちに移り住んでいて、母親は元女優。 | |
お兄さんはどうやら絵の才能があるみたいなのよね。で、なぜだか弟である語り手は家庭教師がついていて、ずっと家で育ってるんだけど、お兄さんはパブリック・スクールに入れられていたみたいで。 | |
楽しく読んでいくと、時おりギョッとするようなことが書いてあって、あれ?と思いはじめていると、どうやら、この語り手は信用できない語り手だぞとわかってくるの。 | |
ダメな兄に優秀な弟、みたいな構図にしたいらしいんだけど、話を聞くうちに、実は逆?って印象がどんどん濃厚になっていくんだよね。おまけに人がどんどん死んでいくし。 | |
楽しい話のあいまに、いきなり人が死んだってエピソードが挿入されるんだよね。そのうえ、この語り手、今現在もなんかおかしな行動をとっているみたいだぞってだんだんわかってくるし。 | |
怖かった〜。もうなんというか、異常としか言えないところがチラチラと見えては消え、見えては消えして、読んでいても落ち着かなくなってくるの。 | |
これ以上は語らないほうがいいか、でも、グルメ語りに見せかけておいて、実は……なんだよね、とにかく凄かった。文学賞をたくさんとっているのにも納得。 | |
アゴタ・クリストフの「悪童日記」とか、ブリジット・オベールの「マーチ博士の四人の息子」とか連想したな。それと、パトリック・ジュースキントの「香水」。グルメ語りだけじゃなく、小説もフランスっぽかったということか。 | |
語り手だけじゃなく著者のジョン・ランチェスター自身が、いろんなところに移り住んでいるんだよね。生まれはドイツで、そのあとお父様の仕事の関係であっちこっちに移り住んだみたいで。 | |
少なくともこの小説はフランスを強く意識していたね。語り手もそうだったし、この笑いと恐怖を同居させる手法といい、フランスっぽい。 | |
笑いと合わさるとかえって怖いよね。おまけに、全部がバックリ見えるんじゃなくて、チラチラ垣間見えるからよけい怖い。 | |
ゾワゾワッと冷たいものが背筋に走るような感覚があったよね。いや〜、まいったまいった、これは読み逃さなくて良かった。 | |
ホントに良かったよね〜。私たちのようにグルメとそれにまつわる楽しいお話ていどにしか思っていない方は、それで読み逃すと損ですよ、ってことで、オススメですっ。 | |
2006. 8. 4 | |