すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「悪童日記」 アゴタ・クリストフ   <早川書房 文庫本> 【Amazon】
第二次世界大戦末期の中部ヨーロッパ、国境のそばの田舎町で、若い母親が双子の息子を祖母のもとに疎開させてきた。祖母は双子を受け容れることを拒んだが、母は双子を置いて去っていく。祖母の性質は粗野で、けちで、しかも不潔な人だった。彼女は近隣の人びとから”魔女”と呼ばれ、夫を毒殺したと噂されている。双子は過酷な状況でも生き抜いていくため、互いを鍛え、すべての恐怖を克服しようと試みる。虐めも、暴力も、そして殺すことも。
にえ これから三回連続で紹介していくアゴタ・クリストフ三部作の第一回め『悪童日記』です。どうでしたか?
すみ 私はこれ、最初のうち、作られた物語だとわかっているのに、訥々とした話し口につられちゃうのか、自伝ものの反戦小説とか、ユダヤ人虐待を書いたホロコーストものとかとごっちゃになって、頭が混乱しそうになった。で、あ、そうだ、この本は、アニメーションみたいに、ひとつに見えても、セル画と背景画の二層構造になってるんだって気づいて、そこからは楽しく読めた。
にえ なるほど、セル画はアニメの絵で、背景画が写真だと考えると、もっとわかりやすいかもね。
すみ そうそう、主人公の双子の少年は、まさに作り物。無機質的に動揺もせず、殺人やらなにやらを犯していくのよね。
にえ 私たちが前に読んだ、ブリジット・オベールの『マーチ博士の四人の息子』をアゴタさんが絶賛したっていうのもこれで理解できたね。
すみ うん、たしかに共通点があった。あっけないほど簡単に、気持ちの動揺も、感情移入もないままに行われる殺人。その行動の、ちょっと戯曲的なかんじ。
にえ アゴタさんは小説を書く前、戯曲を書いてたりしたらしいから、尚更そういう描写になるのかもね。
すみ ただ、オベールさんのはあくまでコミカル、笑いは誘うけど、恐怖は誘わない。アゴタさんのは動きが多少戯曲的でも、それがかえって恐怖を誘う。
にえ 申し訳ないけど、作者の趣味嗜好が似てても、『悪童日記』のほうがぜんぜん格が上だね。別のおもしろさがあるにしろ、順番逆で読まなくてよかったかも(笑)
すみ で、背景画の方は戦争。疎開した子供が曝されるあまりにも露骨な性とか暴力、壮絶な死、そういうものがなんでもないことのように書かれてる。
にえ 書いてあること以上に、書き方が怖いのよね。グロテスクな性描写にしても、残酷な死にしても、怖い目に遭いすぎて麻痺しちゃってるみたいな感じで、まったく無感動な語り口で書かれてて、それに背筋が凍る。
すみ こっちはかなり、アゴタさんの実体験が描かれてるんだろうな。
にえ 戦時中はハンガリーとオーストリアの間あたりに住んでたそうだし、その後も共産主義政権の中でつらい思いをしたらしいからね。
すみ そういえば、漫画だけど、これを読んでて、ちょっと浦沢直樹さんの『モンスター』を連想した。東ドイツの施設で教育され、怖いとか、悲しいとかの感情をなくしていく子供たち。
にえ この本の主人公の双子は、自分たちに試練を与え、そういう感情を克服していくのよね。
すみ でも、感情をなくす訓練をしていても、自分たちなりの信念とか、善悪の観念は絶対的に持ち続けてるのよね。
にえ そうそう、なんだか小さな傭兵ってかんじ。その辺も『マーチ博士の四人の息子』の愉快殺人の軽さとは一線を画してた。
すみ キリスト教にたいして批判的な態度をとるところとか出てくるけど、それも納得。彼らは彼らの判断だけで生きてるもんね。
にえ 私はちょっと『禁じられた遊び』を連想したよ。あの、戦争のなか、二人の子供がひたすら動物の墓を作っていく話。
すみ でも、この本の双子のほうが強い分、同情を拒否したようなところがあって、その冷たさが逆に怖いよね。おセンチさはまるでなし。
にえ でもさ、やさしく接することはなくても、心の底ではそれを認めているおばあちゃんとの関係なんかは多少人間味があってよかったよね。
すみ うん、徹頭徹尾冷たい感触は持ち続けてるんだけど、おばあちゃんとか、靴屋さんとか、人間味あふれた人もちゃんと出てきて、全編にはやっぱり金属質じゃなくて、人間の肌触りがある。
にえ そういういい人に関しても、ただ薄っぺらくいい人じゃなく、裏の汚らしい部分まできっちり書いてあったよね。ある意味、それがまたリアルすぎてグロテスクだけど(笑)
すみ でもさ、急展開で進んでいくストーリーがおもしろい小説なのに、人間がそこまできっちり書かれてるんだもん、ホント驚いたよ。
にえ そういうのもひっくるめて、こんなに短く、簡潔な文章でまとめあげてるなんて、凄すぎるよね。
すみ なんかこの小説を「おもしろい小説」って紹介するのって、そういうふうに割り切った言い方をして、自分は一歩引いた立場でいたいって意志が働いてる気がしない?
にえ うん、そうでも言わないと引きずり込まれそうだもんね。ラストまで、ビシッと決まってた。いやあ、おもしろい小説でした(笑)