=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「尖塔 ―ザ・スパイア―」 ウィリアム・ゴールディング (イギリス)
<開文社出版 単行本> 【Amazon】
参事会長を務める司祭ジョスリンは、大聖堂に150フィートもの高さの尖塔を増築しようと計画した。しかし、洪水も多く、ゆるい土壌に、大聖堂は現在の建物を支えるだけの基礎しかなされていなかった。 それでも、自分こそは神に選ばれ、神に支持されていると信じるジョスリンは、計画をむりにでも推し進めていく。もう、だれにも止めることはできなかった。 | |
私たちにとっては5冊めかな、ゴールディングの邦訳本です。 | |
ゴールディングといえば「蝿の王」だけど、「尖塔」は「蝿の王」のちょうど10年後に発表された作品なのだとか。 | |
ということは、前に読んだ「可視の闇」や「通過儀礼」よりは前で、「後継者たち」よりは後ってことなのね。 | |
ここまできて、ようやく発表された年代順の流れがつかめてきたような気もするよね。とはいえ、5作でそれを言うのは時期尚早か(笑) | |
それはともかく、この「尖塔」は、なんとも言い難いような余韻が残る作品だったね。 | |
うん、ゴールディング作品って基本的に、読み終わったあとで「人間って……」と言いたくなるんだけど、これは特にかも。主人公にしても、他の登場人物にしても、言動について、すべては納得できないのよ。わざと詳しくは語られていないようなところもあって。それだけに、あとでなんだったんだろうってやたらと考えてしまう。 | |
なんかさあ、最初は小さいところから始まって、どんどん大きくなっていく話なら、よくあると思うんだけど、この小説って、最初は大きく打ち出されていたものが、どんどん矮小化して、最後にはこれでいいのってところまで小さくなってしまうような、なんか不思議な感触があって、それがまた考えさせられる余韻となっていくよね。 | |
そうだね、フワフワと、大きくてつかみどころのないようなものから始まって、硬くて痛々しい核のようなものに縮まって終わるような。 | |
読みはじめはとにかくジョスリンの傲慢さというか、狂信っぷりというか、そのへんに驚かされるよね。 | |
ジョスリンは舞台となる教会で、権力を握っている司祭なのよね。そのわりにはまだ若いみたいだし、周囲の人たちの信奉も厚いとは思えないんだけど。 | |
でも、尖塔の建設については、けっきょく意見が通ったんだよね。どうやら国王の愛人だった叔母から多大な寄付があって、そのおかげで工事もできるみたい。 | |
ジョスリンはその叔母を軽蔑して、見下しているけどね。でも、お金だけは受け取っちゃう(笑) | |
自分は神に選ばれた者で、自分のやろうとしていることが神の意志でもあると信じきっているから、お金を受け取ることにはまったく抵抗がないし、それで叔母に感謝しようって気もないんでしょ。 | |
ジョスリンによると、神はジョスリンを励ますために、天使まで遣わしたみたいね。ジョスリンにしか見えないけど、その存在は他の人にもなんとなくわかっているらしい。というのは、ジョスリンが語っていることなんだけど。 | |
ジョスリンは、もともとある大聖堂の上に、150フィートの高さの尖塔をつけようとしているんだよね。1フィートが30.48センチだから、150フィートは約46メートル? もとの大聖堂の高さと合わせると、400フィートというから約122メートル? そうとうな高さだよね。 | |
その尖塔の天辺にはとうぜん十字架だけど、裾の4角には、自分の似姿の天使の彫像をつけさせようとしているみたい。それもまた、自己顕示欲とかじゃなくて、神の意志らしいんだけど。 | |
ところがその大聖堂が建っているところは、川が氾濫することも多い、とにかくゆるい土地で、しかも、大聖堂にはその上に尖塔を建てるような土台はまったくないの。これじゃ無茶だと工事を請け負った親方は必死で説明するんだけど。 | |
ジョスリンは神に支持されているから、ユルユルの地盤の上でも、ノアの箱船みたいにうまいこと浮いて倒れることはないと思ってるみたいね。 | |
とにかくそんなわけで、ジョスリンは何が何でも尖塔を建てさせようとして、そんなジョスリンと狂気の沙汰だと思っている周りの人たちとのあれこれがあり、工事を請け負った親方夫婦、それに、大聖堂で代々小間使いのような仕事をしてきたパンガル夫妻などが絡んで、いろいろあるうちにも工事が進み、ジョスリンの真の姿も見えてくる、と。 | |
正直なところ、最初の5ページぐらいは、宗教的な単語とかがたくさんあって、これはキッツイなと思ったけど、そのあとは意外にもサクサクと読み進められたな。 | |
そうだよね、この内容で、こんなにスムーズに読み進めちゃって大丈夫かなと途中不安になるぐらいだったよね。いつのまにか、ジョスリンの狂気に引きずられていたのかもしれない。 | |
うん、引っぱりまくられた。もう一回、読み返したいな。今度は冷静にジョスリンの奥にあるものを見つめたいというか。表面的には単純でさえあるんだけど、その奥にはもっと多くのものが潜んでいるのよ、それをもう一回読んで見きわめたい。とりあえず今は、久しぶりに文学作品らしい文学作品を読みましたってことで。 | |