すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「通過儀礼」 ウィリアム・ゴールディング (イギリス)  <開文社出版 単行本> 【Amazon】
ネルソン提督のトラファルガー沖海戦で勝利した1805年から数年後のこと、ネルソン提督に指名さ れ、オーストラリアに向かうことになった英国貴族階級の青年トールボットは長い船旅のあいだじゅう、 ネルソン提督の依頼を受けて、船で起きたちょっとした出来事を日記にしたため、提出することにした。 その船は戦艦改造の輸送帆船で、トールボットと同じような身分の者、画家、怪しげな美女、国教会の若い聖職者コリーなどが乗っていた。
すみ ゴールディングが1983年にノーベル文学賞受賞して日本でも「蝿の王」 が話題になる3年前、1980年にブッカー賞を受賞した作品です。
にえ それにしても、有名な作家がブッカー賞とると、え?この作品 ってのが多いよね。一般受けしないような作品が選ばれるような……。
すみ その作家がふだん書いてるストーリーのメリハリがきいてて 面白いものより、ちょっと不思議な、焦点を合わせづらい作品が選ばれることが多々あるよね。
にえ この本も不思議な小説だったよね。どこまで深読みしていい のか悩む小説だったな。
すみ 題名は『通過儀礼』、これは無知な私には意味わかったような わからないような、だったので、さっそく広辞苑をひきましたら、「人の一生に経験する、誕生・成年・結 婚・死亡などの儀礼習俗」とのこと。
にえ 意味深な題名だけど、本の内容と照らし合わせると、これまた わかったような、わからないような、だよね(笑)
すみ 本文は、途中で聖職者コリーが妹にあてた手紙がはさまってま すが、あとはすべてトールボットがネルソンに向けて書いた日記になってます。
にえ だからそういう文章なのよね。「……と致しました。」とか、 「……でありましょう。」とか。これは読んでるとすぐ慣れて、読みづらいってことはまったくなかった。
すみ トールボットは若くて、ちょっと調子に乗ってるなという気も するけど、知的なユーモアを愛する青年だから、文章も堅苦しいようでいて、ユーモラスだよね。
にえ 冗談もたくさん言うんだけど、これがみんな、いかにも19世 紀のエリート青年が口にしそうな昔インテリの笑い、だから読んでる私たちは笑えないんだけど、昔な雰囲 気にどっぷり酔える。
すみ 本当に19世紀初頭に書かれた小説を読んでるような気がして くるよね。どれもこれも19世紀ならではってジョークで、現代人のゴールディングがよくまあ書けたなあと 感心しちゃう。さすがノーベル賞作家(笑)
にえ で、最初はトールボットが船酔いしたり、厚化粧の年上の女に まいっちゃったり、裏表の激しい従者を気にしたり、いろんな乗客に会ったり、とまあノホホンとした内容。 けっこう緩慢な流れだったよね。
すみ でも、読んでいくとだんだん、船長のアンダーソンの専制君主 ぶりが気になってくるの。
にえ 大洋に浮かぶ船のなかという閉じられた世界で一番えらい人だ からね、ちょっとお山の大将の度が過ぎてしまってるのかもね。
すみ ネルソンがうしろについてるトールボットには掌かえしてヘコ ヘコしてるのよね、セコイやつ。
にえ で、アンダーソン船長は、なぜかコリー牧師を異常なまでに 毛嫌いしてるの。
すみ コリー牧師がまた、虐められキャラだよね。鈍くて、独善的で、 いい人だとは思うけど、そばにいるとイライラさせられるような人。
にえ 船長があまりにも露骨に嫌うから、船員たちもだんだん調子に 乗って、コリー牧師を虐めるようになって、なぜ虐められるのか理解できないコリー牧師にとっては、だん だん逃げ場のない過酷な状態になっていくの。こわっ。
すみ 最初はトールボットの目から見た事実だけしか情報がないから、 なぜそんなことになったのかわからないけど、あとになってアンダーソン船長やコリー牧師の心の内がわか ってくるんだよね。ちょっと形式的には謎解きミステリーみたい。
にえ 閉じられた世界で、人間たちが単純な好き嫌いから異常な行動 に駆り立てられていくって設定は、ノーベル文学賞とったときに売れまくった『蝿の王』と似てたよね。
すみ 『蝿の王』では無人島に流された少年たち、『通過儀礼』では オーストラリアに向かう船のなかの大人たち。正直、大人たちでは礼儀だの、常識だのが邪魔をして、少年 たちほど怖ろしいところまで行かなかったかな、という気がしたけど。
にえ 『蝿の王』は素晴らしすぎた、比べるのは酷だよ。この小説も 19世紀初頭の船旅の描写が素晴らしくて、ブッカー賞の名に恥じない作品ではあったよ。
すみ じゃあ、この本は、『蝿の王』をもう読んだ人で、あんまり引 き締まったストーリー展開じゃなくてもいい人にオススメってことで(笑) 変な感触のおもしろさはありました。