すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「後継者たち」 ウィリアム・ゴールディング (イギリス)  <中央公論社 ソフト本> 【Amazon】
ネアンデルタール人のロクは、ある日、いつも渡っている橋がなくなっているのに気づき、仲間を呼び寄せた。 首長マルに率いられるロクたちの小集団の者たちはみな、水を怖れているので橋がなくては生活の範囲が狭められてしまう。 賢い「おばあさん」の知恵を借り、ふたたび丸太の橋を渡そうとしたのだが、マルが病に倒れて帰らぬ人となり、ロクと 女の子のフェイが出掛けているうちに「新しい人」たちに襲われたらしく、二人が戻ってきてみると、おばあさんも、 幼い少女リクウも、赤ちゃんも姿を消していた。仲間を取り返そうと「新しい人」たちに挑むロクとフェイだったが。
にえ 私たちがスティーヴン・キングの「アトランティスのこころ」を読んで、どうしても読みたくなった、 ゴールディングが「蝿の王」の翌年に発表した作品です。
すみ 日本では1983年っていうから、ゴールディングがノーベル賞を受賞した年に、 この翻訳本が刊行されてるのよね。
にえ 字が小さくて、読みづらい本だったね〜。
すみ 「アトランティスのこころ」では、児童文学から卒業して大人の小説の世界に 足を踏み出そうとした少年ボビーに、老人テッドが「蝿の王」をプレゼントして、「蝿の王」に感動しまくった ボビーが、ゴールディングの本を続けて読もうとして図書館から借りてくるのがこの「後継者たち」なんだよね。
にえ テッドは「蝿の王」をH・G・ウェルズの「タイム・マシン」と比較して語ってたけど、 あれは実はゴールディングがH・G・ウェルズに影響を受けて書いた本だってことを知ってた上での話だったのね。この本を 読んでやっと言ってたことがわかった気がする。
すみ 「蝿の王」もそうだけど、「後継者たち」も、H・G・ウェルズの作品を 下敷きにっていうか、反論的に書いてるんだよね。
にえ H・G・ウェルズはもともと、教師だったゴールディングの父親が大好きだった 作家で、ゴールディングもウェルズの小説に子供の頃から親しんでたみたい。
すみ ゴールディングは「蝿の王」と「後継者たち」で、H・G・ウェルズの 小説から派生させ、新しい自分の考えを展開させ、物語にしていったんだよね。
にえ ゴールディングにそれをさせるH・G・ウェルズも偉大だし、他人の小説から 崇高な原罪の意識まで昇華させていくゴールディングも偉大だな〜。
すみ ちなみに、「後継者たち」はH・G・ウェルズの「気味のわるい奴ら」という作品がもとになって できた小説なんだよね。
にえ 私たちはウェルズの「気味のわるい奴ら」を読んでないからハッキリしたことは言えないけど、 とにかく「気味のわるい奴ら」と「後継者たち」は真逆なんだよね。
すみ 「後継者たち」の冒頭に引用されているウェルズの「世界史概観」によると、 ウェルズは現在の私たちの先祖である人類たちのために滅びてしまったネアンデルタール人は、嫌悪すべき気味の 悪い存在で、滅びて良かった、ってことになるみたいね。
にえ 「気味のわるい奴ら」では、ネアンデルタール人が幸せに暮らしている新しい人たちから、 女の子と赤ん坊を誘拐するのだそうな。つまり、気味のわるい奴らであるネアンデルタール人が悪で、人類が善。悪が滅び、 善が栄えて未来は明るいぞ、というわけね。
すみ これがゴールディングの「後継者たち」になると、幸せに暮らしていたのがネアンデルタール人、 女の子と赤ん坊を誘拐するのが後継者たちである人類。題名から、善悪からぜんぶが正反対の設定なんだよね。
にえ ロクたちネアンデルタール人は、動物を殺すことさえしないような心やさしい人たちで、 オアっていう大地の神様を信仰し、穏やかな生活を営んでるの。純粋さが美しかったよね。
すみ 未来を思い描いて想像することを、頭の中に絵を描くと言って、仲間どうしで絵を共有し あおうとしたり、「ようだ」というのを発見して、「あの人間たちは木の洞のなかの飢えた狼のようだ」とか 「あの人間たちは岩の割れ目から滴り落ちてくる蜜のようだ」なんて言って有頂天になったり。なんかいいよね。
にえ 人が死ぬことを「オアの腹のなかに引きとられた」なんて表現するところも 素敵よね。みかけはゴツゴツとして、あまり知能も高くない類人猿かもしれないけど、心のピュアさが際だってたな。
すみ それに反して、人類の祖先たちは残酷で、嫉妬やら愛憎やら、もう ドロドロとしていて、もうすでに現在の人間の心の裏の醜さをぜんぶ持ち合わせちゃってるのよね。
にえ 読んでいくうちに頭のなかに浮かぶのは「原罪」だよね。人は生まれながらにして 罪深く、罪を背負わずに生きることはできないんだとつくづく思い知らされちゃう。
すみ 純粋な心を持つネアンデルタール人は滅びる運命にあり、原罪を背負った人類たちが 未来を築く、それがわかっていながら、ネアンデルタール人のロクの視線で原始の世界を見る、これはそういう小説。
にえ メリハリのあるストーリーで引っ張られるタイプの小説じゃないし、描写がわかりづら いところも多くてけっこう苦戦したけど、読む価値のある小説ではありましたよ。あとから何度も思い出し、考えさせられる小説では ないでしょうか。