すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「冷たい肌」 アルベール・サンチェス・ピニョル (スペイン)  <中央公論新社 単行本> 【Amazon】
アイルランドの孤児として生まれた私は、すべての愛国心が無駄だったと思わせるような戦争後の失望から逃れるため、気象観測官に志願し、絶海の孤島、ブーベ島に赴任した。 その島には前任の気象観測官がいて、私と入れ替わりで帰国するはずだったが、宿舎は荒らされ、前任者は見あたらなかった。船長と灯台へ行くと、そこには灯台守のバティス・カフォーらしき人物がいたが、 カフォーはまともに喋ることすらできず、精神を病んでいるとしか思えなかった。これからカフォーと二人きりで、この孤島に一年も暮らさなければならない。船長は連れて帰ってくれると言ったが、私は残ることにした。 そしてその夜、宿舎に怪物たちが襲ってきた。
にえ これは文化人類学者であり、作家であるアルベール・サンチェス・ピニョルの初長編小説だそうです。
すみ カタルーニャ語で書かれたカタルーニャ文学ということで、どうしてもそっちを強く意識しそうになるけど、この小説に関しては、とりあえず読んでいるあいだは、ほとんどそれを意識しなかったかな。
にえ うん、とくにカタルーニャ地方のこと、カタルーニャ語を話す人々について、など、意識させるような記述は出てこなかったしね。
すみ それより内容がね。カタルーニャ語で書かれているからこその優れた文学作品っていうのも当然あるべきなんだけど、これは何語で書かれてあってもいいような、世界で共通しそうな文学作品だった。
にえ ベストセラーで、18カ国の出版社と翻訳契約、ハリウッドで映画化の噂まであるっていうのもうなずけるよね。
すみ とりあえずカタルーニャ文学ですと言われて、こういう小説は想像できないよね〜、それでまず驚いた。設定はホラーに近いような奇譚ものなの。ちょっとだけスタニスワフ・レムの「ソラリス」を連想させるようでもあったから、思い切ってそっちの枠に入れてしまってもいいような気はしたけど。
にえ アイルランドの孤児で、戦士だった青年が、いろいろあって故郷を捨てる決意をして、気象観測官として孤島へ行くところから話は始まるのよね。
すみ その青年が語り手なんだけど、ときおり思い出し、語られるエピソードがまたよかった。身元引受人となった老人とのエピソードは、ちょっとオースターを連想しちゃうな、なんて思ったりもしたんだけど。
にえ 独立をかけたアイルランドの戦いとその後については、ロディ・ドイルの『星と呼ばれた少年』を思い出してしまったよね。
すみ うんうん、きっとこういう青年がいっぱいいたんだろうな〜とリンクして思いを馳せたりしちゃった。
にえ で、行った島というのは、ブーベ島という名前で、まさに絶海の孤島、近くを船が通ることもなく、どんな島なのか、だれにもよくわかってないような状態。
すみ べつに気象観測官を置く必要性もないんだよね。ただ、そういうふうに決まったから、誰かが行かなきゃいけないって話で。やりがいのある仕事とはとても言えないかな。
にえ しかも、島には灯台守と気象観測官の二人だけ、それで任期の一年を過ごさなきゃならないんだから、普通の人なら行きたがらないよね。まあ、だからこそ、この主人公であり、語り手である「私」はすぐに行くことができたんだろうけど。
すみ 主人公を乗せた船は、帰りに前の一年をこの島で過ごした気象観測官を連れて帰ることになっていたのよね。それなのに、その人はどこにもいない。
にえ いたのは灯台守のバティス・カフォーらしき人物だけなんだよね。しかも、カフォーはとてもまともな人間とは言えなくて。それでも主人公は島に残っちゃうんだけど。
すみ で、なんの理由も説明もなく、バケモノたちに襲われることになるのよね。これが物凄い数で、これから一年、毎夜、毎夜、このバケモノたちと戦うことになることは必死。ちなみにバケモノというのはネタバレを避けるための便宜上にここで使ってみただけの言葉なのだけど。
にえ うん、どういうことなのかは読んで確認してほしいよね。で、ものすごく凄惨な戦いなの。でも、激闘の物語かといえば、それはそうなんだけど、なんとも言えない美しさのある物語でもあったりもして。
すみ でも、その美しさすら不気味ではあるよね。主人公がこの島で暮らすうちに、読んでるこっちまで常識と非常識の区別がつかなくなっていくような。でも、その曖昧さがこれまで味わったことのない美に繋がっているような。
にえ そのうちに、作者の言いたかったことが見えてくるんだけど、これも読んで確認してほしいよね。この小説を読んで、主人公と徐々に同化していくうちに、本当にそうだなと深く納得してしまう。
すみ それにそれに、こんな場所で、こんな状況であるにも関わらず、愛が謳いあげられていくようでもあったよね。嫌悪を伴う肉体関係があり、憎しみを伴う三角関係があり、そして、その先にはもっと絶対の愛が待っていて、ハッとさせられたりもして。
にえ あとあと、フレイザーの「金枝篇」の存在が効果的に使われていたり、なんと宮本武蔵の「五輪の書(五輪書)」らしき本の内容について幾度か触れていたりして、そういう面白味もあったよね。
すみ 面白味といえば、読み終わったあと、巻末の訳者あとがきの最後の行を読んで、わ〜、そうなんだ〜、おもしろ〜いと思ってしまった。ここはかならず本文読みおわってから見るようにってことなんだけど。やっぱりそのほうが面白味が増すかな。とにかくこれはオススメです。素晴らしく面白かった!