すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「エリアーデ幻想小説全集 第3巻」 ミルチャ・エリアーデ (ルーマニア)  <作品社 単行本> 【Amazon】
世界的に著名な宗教学者にして、ルーマニア語による偉大な幻想小説作家でもあったミルチャ・エリアーデ(1907〜1985)の幻想小説全集全3冊のうちの第3巻。1974〜1982年に書かれた作品が収録されている。
ブーヘンワルトの聖者/ケープ/三美神/若さなき若さ/19本の薔薇/ダヤン/百合の蔭で…
にえ 年代順にエリアーデの幻想系の作品を追っていったこの全集も、いよいよこれで最後です。
すみ 振り返ってみると、第1巻はバラエティに富んでいたけど、やっぱり初期作品なりの堅さがあったような。第2巻は傑作「ムントゥリャサ通りで」に圧倒されたけど、 まだ目指しているところまで到達していない作品が多かったような。で、この第3巻は、やっぱり完成度が高いというか、美しさを増していたな〜。
にえ うん、私もあらためて、エリアーデの小説ってこんなにも美しかったんだ〜っていう感動があった。テーマはかなり絞られたというか、似た感じのが多かったけどね。
すみ 「時」が非常に重要な作品が多かったよね。永遠の命とか、若返りとか、過去や未来のものが唐突に現れて驚くとか。
にえ 背景も社会主義の上から押しつぶされたようなルーマニアばかりだったよね。似た背景の、似たテーマの作品の連続だと飽きそうなものだけどね。なぜなんだか、読めば読むほど引き込まれていくようだった。
すみ 慣れもあるのかなあ、第1巻、第2巻は努力して読んでいくって感覚があったんだけど、この第3巻はスルスルっと入ってくる感じがした。
にえ 今回は前に読んだことのある作品も、そう言うことだったのか〜と再認識できたりしたしね。
すみ うん、充実の読書だった。ミルチャ・エリアーデは好きかそうでもないのかわからないまま読んでる、なんて言ってたんだけど、この本でようやく心底好きだと言えるようになったみたい。やっぱり素晴らしいわ。こういうたくさん作品を読んでこその作家さんもいるものなんだね。
<ブーヘンワルトの聖者>
イエロニム・タナセと仲間たちは芝居の練習をしていた。その芝居は、認識もされないまま菩薩がブーヘンワルトに現れたというものだったが、 驚いたことに、その家に偶然訪ねてきたマリナという女性はその真髄をすぐに理解した。
にえ これは第2巻に収録されていた「将軍の服」の続編的作品だそうで、イエロニム・タナセやマリア・ダ・マリアといった、ほぼ共通する人物が登場するの。 ということは、この家は叔父のアンティムの屋敷なのかな。そのへんははっきりと書かれていないけど。
すみ マリナという謎の女性は、同じく第2巻に収録されていた「ディオニスの宮にて」「ムントゥリャサ通りで」の2作にも登場していた女性と同一人物だよね。「ディオニスの宮にて」ではレアナという名前だったけど、 この女性、謎だらけでいくつも名前を持っているようなの。
にえ ある時は歌手、ある時は彫刻家、神出鬼没で時さえも渡っているような気配、人間というより女神に近いような、謎の女性だよね。
すみ んでさあ、この短編なんだけど、ブッダ、菩薩という仏教要素がタップリ盛りこまれているんだけど、全体的な雰囲気はきわめて西洋的で、なんとも不思議な感じが良かったよね。宗教を超えた、絶対的な神の存在を示しているようでもあった。
<ケープ>
パンテモンは道で、両肩に肩章を切り取ったあとを隠したかのような布を縫いつけたケープを着た男を見かけた。そのケープは封建時代の軍服で、もしかしたら軍事博物館から盗み出したものではないだろうか。 思いがけず、ケープの男はパンテモンに話しかけてきた。今は何年か。パンテモンが1969年だと答えると、男は、不思議なことに1966年の新聞が自分のもとに届いたのだと言った。
にえ ケープを着た男ゼヴェデイに話しかけられ、その話を職場の上司ウリエルにしたために、パンテモンは国家に疑われ、監視、尋問されることとなるの。
すみ 3年前の新聞はどうやら反体制組織が仲間になにかを暗号で伝えるためのものらしいんだよね。暗号解きのミステリみたいなストーリー展開だけど、なんだか都市伝説のような幻想性があったな。
<三美神>
天才的医学者アウレリアン・タタールは、「三美神(レ・トロワ・グラース)」という言葉を遺して亡くなった。それは39年前、ヴェヴェイから数キロメートルの森の中で見たヴィラの名前だったが、タタールは違う意味でその言葉を遺したらしい。 タタールはまったく新しい癌の治療法を発見したが、その治療には思わぬ副産物がもたらされることとなった。そして、その治療を受けたのが「三美神」と呼ばれる3人の老嬢だったのだ。
にえ 治療を受け、完治した3人の老嬢のその後は・・・いかんいかん、なんか全部しゃべっちゃいそう(笑) これもまた、悲劇的なんだけど、不思議な美しさが心に残るお話だったよね。
すみ うん。社会主義国であるルーマニアの官僚たちの想像力の欠如や圧政が、せっかく天賦に恵まれた未来を担う人を潰してしまうっていう背景も色濃く出てたね。だからこそ、エリアーデが幻想小説を書きつづけたのかなあ、なんて思ったりもして。
<若さなき若さ>
学生の頃からあらゆる学問に興味を持ち、勉学に励みながらも、とても一生ではすべてを学びきれないことを嘆くドミニクは、痴呆の始まった老人となっていた。復活祭の晩、自宅から遠く離れた地で落雷に遭い、病院に担ぎこまれた。目覚めたとき、ドミニクは自分が明らかに若返っていることに気づいた。
にえ 若返りものなんていまさら珍しくないと言われそうだけど、これが読むとおもしろかった。ただ若返るわけじゃないしね。
すみ ある女性との出会いと別れがなんともロマンティックだったよね。愛し合いながらも、なぜ別れなければならないのか。他にもいろんな人が絡んできて複雑でストーリーは最初から最後まで起伏のある緊張感があって、ラストがズワーンときて、これまた良かった〜。
<19本の薔薇>
エウセビウ・ダミアンは、ルーマニアの生存するなかでは最高の大作家といわれているパンデレ(通称 ADP)の助手、自伝的小説『回想』の口述筆記の最中だった。そこに、ラウリアンという青年とニクリナという謎めいた美女が現れた。ラウリアンはパンデレの息子だと主張するが、パンデレは肝心な時期の記憶が抜け落ちている。二人のスペクタクルに魅了され、次第にのめりこんでいくパンデレだが。
→以前に読んだ時の紹介はこちら。
にえ これは前に読んだときは手探り状態で読んでしまったけど、こうして「将軍の服」「ディオニスの宮にて」「ムントゥリャサ通りで」「ブーヘンワルトの聖者」を作品年代順に読んだあとだと理解が違ってくるみたい。
すみ うん、これ1作だけ独立して読んだのはちょっと無理があったよな〜って気がしてくるね。
<ダヤン>
小学校一年生の時から首席で通し、すでに折紙付の数学の天才として名前を知られるオロベテ・コンスタンティンは、子供のころに遭った事故で右目に深い傷を負って黒い眼帯をしていた。六日戦争で名を馳せたモシュ・ダヤン将軍も黒い眼帯をしていたため、友人たちからはダヤンと呼ばれている。 ある日、ダヤンは不思議な老人に声をかけられた。
にえ 不思議な老人は「さまよえるユダヤ人」と名乗り、見ていないこと、聴いていないはずのことまで知っているの。老人はダヤンの眼帯がダヤン将軍と左右逆だからと傷を負った目を入れ替えてくれるんだけど、そのためにダヤンは放校処分になりかかって・・・。
すみ 不思議な出来事やアインシュタインの数式の秘密、なんてのも出てきて、かなり幻想色が濃厚だよね。これも良かった〜。
<百合の蔭で…>
自宅で友人を待っていた弁護士エナケ・マルガリートのもとに、高校時代の同級生だという男、イオネル・ポスタヴァルが訪ねてきたが、マルガリートには思い出せなかった。 ポスタヴァルは「天国の百合の蔭で…」という言葉がどうしても気になって、わざわざマルガリートを探してきたという。
にえ これは「天国の百合の蔭で…」という、ちょっと気になる短いフレーズに、いくつものつながりが現れはじめ、複雑になっていくの。百合の蔭で人が休めるっていうんだから、天国の百合は、よほど大きな百合なのね。
すみ 宗教的ではあるけれど、とくに限定された宗教とは言えないんだよね。天国の百合の蔭で再会するなんて、もうそれだけ聞いただけで夢想に浸りまくれるでしょ。他の作品もそうだけど、暗黒的な終わり方をしても、心に残るのは美しさなんだなあ。