すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「エリアーデ幻想小説全集」 第2巻 ミルチャ・エリアーデ (ルーマニア)  <作品社 単行本> 【Amazon】
世界的に著名な宗教学者にして、ルーマニア語による偉大な幻想小説作家でもあったミルチャ・エリアーデ(1907〜1985)の幻想小説全集全3冊のうちの第2巻。1959〜1971年に書かれた作品が収録されている。
石占い師/十四年昔の写真/ジプシー娘の宿/営舎の中で/壕/橋/イワン/アディオ!…/ディオニスの宮にて/ムントゥリャサ通りで/将軍の服
にえ ミルチャ・エリアーデの1936年から1955年までの作品を収録した第1巻に続き、1959から1971年までの作品を収録した、第2巻です。
すみ 年代順だから第1巻からの流れで言うと、急に哲学的で難しい作品が増えたよね。
にえ ぜんぶがぜんぶじゃないけどね。ぜんぜんついていけないのもあれば、これはオススメしたいって思うような、珠玉の幻想短篇もあったし。早い話が読みたくなくなるのと、ものすごく読みたくなるのと、極端だったような。
すみ 圧巻は、なんといっても「ムントゥリャサ通りで」でしょ。これ1作で、これまでエリアーデを読んできて良かったとまで思うような傑作だった。
にえ エリアーデの知性が全開だったね。勝手なことを言えば、他の作品で読み疲れる前に、この1作だけ先に読んでほしいような(笑)
すみ それの前の「ディオニスの宮にて」と、ちょっと繋がっているところがあるから、一緒に読んでもらったほうがいいかもしれないよ。
にえ あとは、「ジプシー娘の宿」とか「イワン」とかも、わりと好きだったけどね。でも、「ムントゥリャサ通りで」が飛び抜けて良すぎるかな。
すみ 全体的には、一度に読むにはちょっとボリュームがありすぎる気もしたけど、収穫があったから、やっぱり満足だよね。第3巻も楽しみです。
<石占い師>
海岸でエマヌエルは、風変わりな老人と出会った。名前はヴァシレ・ベルディマン、富豪と噂される、この地方では有名な旧家の出だった。ヴァシレによると、ベルディマン家は代々、石で人の運命を占えるらしい。 ヴァシレはエマヌエルと同じホテルに滞在する、ヴァリマレスク夫妻に近々訪れる不幸を予言した。
にえ これはきれいにまとまった悪夢的な幻想小説。ヴァシレに、二人の女に不幸をもたらされると言われ、ひたすら逃げまわるエマヌエル・・・。
すみ 謎の占い師に未来を予言され、そこから逃れようとする主人公っていうのは珍しい設定ではないかもしれないけど、石占いの占い方がおもしろくて、なんとも引きこまれたな。
<十四年昔の写真>
はるばる遠方からドミトルという男が教会を訪ねていた。ドミトルは4年前、ここでマーチン博士という説教師の奇跡で、妻の喘息が治り、おまけに妻の容姿が19才の頃に戻ってしまったという。
にえ ドミトルはこちらの言葉があまり得意ではないから、今ひとつ伝えたいことがみんなに伝わらないの。こういう夢を見ているようなもどかしい会話っていうのは、エリアーデの幻想小説のひとつの定番かな。
すみ どうもマーチン博士は、まともな説教師ではなかったみたいね。そのへんがだんだんわかってくるんだけど。「石占い師」にしても、これにしても、部分的にはわからなくなりそうになるけど、そこで滞らせちゃわないで、最後まで読んで全体がわかると、ジワジワワっとおもしろくなるよね。
<ジプシー娘の宿>
ピアノ教師のガウリレスクは、いつも乗る電車の窓から見える<ジプシー娘の宿>に立ち寄ってみた。三百レイ払ってなかに入ると、ジプシー娘とギリシャ娘とユダヤ娘が現われ、三人のうちのだれがジプシー娘かあてろと言われた。 そのうちにガウリレスクは、20年以上も思いださなかった若き日の婚約者ヒルデガルトのことを思いだした。
にえ これは悪夢的な幻想短篇のなかでも、なかなかの逸品でしょう。日常生活から、どんどん悪夢のなかに引きずり込まれていく主人公。
すみ おもしろかった。最後のロマンティックな美しさ、それに売春宿かと思いきや、けっしてエロティックにはなりすぎないまじめさが、エリアーデらしかったし。
<営舎の中で>
私の名はトゥードル・ウラジミレスク、と始まる小説は、営舎のなかで監禁された者たちが戯曲を練習するという小説だった。しかし、私の才能は涸れてしまった。そんな主題で金になる小説を書くことはできない。
にえ これはごく短い、ひとつの主題から逃れられなくなってしまった作家のお話。
すみ これはまあ、短いなりにってところかな。
<壕>
ドイツ軍中尉フォン・バルタザルが踏みこんだルーマニアの小さな村では、二十人ほどの村人たちが濠を掘っていた。村人たちは長老が見た、金貨がたっぷり入ったバケツを見つけるため、濠を掘っているのだという。
にえ これはとにかく、雰囲気に圧倒されちゃう。戦争のさなかだというのに、老人が子供の頃に見た夢を本気で信じ、ひたすら土を掘る村人たち。
すみ とうぜん、昼も夜もあるんだろうけど、ずっと夜だったような感じだったよね。戦争の谷間に起きただれにも知られずに闇に葬られた出来事って雰囲気のためかな。これもけっこう良かった。
<橋>
危険な斜面をオートバイで登り、丘の頂上に着くと、くるりと向きを変えて静かに降りてくるという不思議な行為を繰り返す男は、私を知っていると言った。だが、私にはまったく覚えがない。私がそんな話をしていると、オノレフは美しい騎兵中尉の話をはじめた。
にえ 美しい騎兵中尉が気になって、必死になって読んではみたものの、哲学的というのかなんというのか、とにかく話が難しかった〜。
すみ うん、私は読んでるうちに意識が遠のいていって、結局、途中からなにが書いてあるのかわからなくなってしまった(笑)
<イワン>
応召の若き哲学学徒ダリエと二人の部下が、道端に倒れ、瀕死のイワンを見つけた。死の寸前の者に祝福を受けると運がつくと信じる二人の部下は、イワンから祝福を受けようとしたが、ロシア語が話せない。一方、ダリエがうとうととすると、どこからのサロンで、このことについて話し合っている自分がいた。
にえ これは一番、感情的に胸に響くものがあったな。パラレルワールドのような、二つの世界を行き来する主人公の話なんだけど、最後はジーンとしちゃった。
すみ ダリエと部下二人の関係がいいのよね。生きるか死ぬかってときに思い遣りを忘れない三人、別世界でそれを語るダリエ・・・良かったよね。
<アディオ!…>
芝居が始まると、幕のうしろから俳優が一人出てきて、舞台の縁へ進みながら「アディオ!」と叫ぶ。観客たちは、それもシナリオの一部だろうと待つが、やがて叫び始める。
にえ これは・・・なんでしょ。
すみ なんでしょって(笑) とても変わった戯曲のお話。まあ、三位一体がどうのとか、難しい会話がいろいろ挟まってましたけど、全体としてはコンパクトにまとまっていたってことで。
<ディオニスの宮にて>
レアナと呼ばれる美しい謎の女は、あまり相応しくないような酒場を渡り歩き、誰も知らない古い歌を歌っていた。その歌に魅了され、彼女を口説くものは多かったが、レアナは生活には困っていないと女優になる道を断り、会ったこともない運命の男性、詩人アドリアンがいるからと誘いを断った。
にえ これはなんだかよくわからないまま読み進めていくと、やがて神話に昇華されていったような、美しいお話だった。
すみ 噂話で語られていく、謎の女性レアナと、記憶を失い、約束の時間を過ぎてホテルに飛び込んだアドリアンという詩人、その二人の関係は? レアナの歌う誰も知らない古い歌の秘密は? って話。どう繋がるのかと読み進めていくと、美しいラストが待っているのよね。
<ムントゥリャサ通りで>
内務省のボルザ少佐のもとに訪れた老人ファルマは、三十年ほども前、ボルザ少佐がいたムントゥリャサ通りの小学校の校長だと名乗った。自分は貧民の出で、そのような学校に通ったことはないと言い張るボルザだったが、翌朝、保安警察に連れて行かれたファルマは、ボルザの子供時代にあった、驚くべき数々の出来事を語りはじめた。
にえ これは傑作中の傑作でしょ。ほんっとに魅了されたね。
すみ うん、少年時代のボルザの仲間には、あの世の入口を見つけたユダヤ人少年、たくさんの蝿をひとつの袋に集めることのできるタタール人の少年、2メートル40近くもある身長で彫像のように美しい少女、なにもないところから水槽を現わすことのできる奇術師・・・などなど、それだけでも魅了されるのに、そのエピソードのひとつひとつがまた魅力たっぷりで素敵なの。
にえ でも、この短篇の場合は、そういう単なる楽しい幻想小説には収まらないんだよね。ルーマニアの暗い政治的な背景もきっちり書かれているし。
すみ いつのまにやら、謎を解くミステリでもあるんだと気づかされるしね。そうそう、それに、「ディオニスの宮にて」とも意外なところで繋がっていることを知って驚くし! エリアーデの良さがわからない、なんて言う人がいたら、これだけでも読ませたいっ、読んでから判断していただきたいっ、っていうような作品だった。
<将軍の服>
知り合ったばかりの高校生ヴラッドを連れ、おじアンティムの住む屋敷の屋根裏に忍びこんだイエロニムは、長持ちを探し、将軍の軍服を持ち出そうとしていた。かつてこの家に住んだ人々はみな亡くなっていた。一方、演奏を終え、帰宅しようとしたチェロリストのアンティムは、マリア・ダ・マリアと名乗る娘に、個人レッスンを申し込まれた。
にえ イエロニムは将軍夫人の最期の言葉を聞いた、たった一人の生き証人で、自分に息子ができ、17才になったその子に話す以外には、決してだれにも明かせないの。で、おじのアンティムは、自分と結ばれる運命にある、たった一人の異人の女性を待っているの。
すみ なんとも不思議なお話だったよね。この屋敷には、あたりまえのように亡霊も一緒に住んでいて・・・。