松本会長の華麗なる休日を読んでから、お読みください。
どうか、お願い致しますです<(_ _)>









松本会長の悩める日常〜前編〜



※松本会長の華麗なる休日の続編、バレンタイン編です。


 私立荒磯高等学校、生徒会本部のソファーに座り、額に人差し指を当てつつ、さっきから悩んでいる俺の名前は松本隆久…。なぜ、生徒会本部にいるのかと問われれば、それは俺が生徒会長だからだと答えるが、今、悩んでいる問題について、なぜ悩むのかと問われれば沈黙せざるを得ない。
 それは今まで悩んだ事も無い事柄について、今更のように悩むのか、自分でもわからないからだ。
 しかし、なぜ悩まなくてはならなくなったのか…っ、その原因についてはハッキリとわかっている。なぜならば、その原因が俺の目の前で、俺と同じように額に人差し指に当てつつ、さっきから悩んでいるからだっ。
 事の始まり…、いや、悩みの始まりは今から遡ること三十分前…。
 今月中に、次期生徒会長へ渡さなくてはならない書類をまとめていると、ノックも無しに良く知る人物が、勢い良く部屋に飛び込んできた瞬間から始まった。

 「松本、教えてくれっ!! バレンタインチョコっていうのは、受けと攻めとどっちが渡すもんなんだっっ!!?」

 ぶーーーっ!!!!!!!
 悩める時任に、いきなり強烈な攻撃、ではなく質問を食らった俺は、思わず飲んでいたお茶を噴出しっ、書類がその被害を受け…っ、
 そして、受けたダメージにガックリと肩を落とす…。
 すると、そんな俺の肩を近づいてきた時任がポンポンと軽く叩いた。
 「これっくらいたいしたコトねぇよ。それに拭けばさ。ほら、ぜんっぜん大丈夫じゃんって…、あ・・・・」
 ビリ・・・・・・。
 そんな音と共に笑顔の時任の手の下で、更にダメージを受けた書類が破れ、更に更にダメージを受けた俺は拳と肩を震わせる。珍しく風邪で橘が休みな事といい…、今日は厄日に違いない…っ!
 「時任…、お前…。俺の邪魔をしに来たのか、質問をしに来たのか…、一体どっちだ?」
 「あははははは…、さぁ?」
 「・・・・・・・・・廊下に立ってろ」
 「ひっでぇっっ、なんだよソレっ!!!」
 そんな会話をしながら、破れた書類の前でどんよりしている俺。
 そして、その前でわりぃっと言いつつ、誤魔化すように笑う時任。
 少し前ならば、考えられない光景だ。
 しかし、ある事件をきっかけに、時任と急激に親しくなりつつある。
 ・・・・ちなみにある事件とは、ホテルで時任が誠人に…の件ではない。
 同性カップルを狙った恐喝、脅迫事件の件だ…が、あの時は誠人の毒牙にかかる事を知りながら助けられず、時任には本当にすまない事をした。痛いだけではなかったとはいえ、それをきっかけに誠人に…っ、
 思わず色々と想像してしまった俺は叫びたくなり、それを押さえるために不覚にも破れた書類を握りしめてしまった。
 「・・・・・・その書類、大事だったんじゃねぇの?」
 「そのはずだったが、お前達が毎日毎日不純な行為ばかりをするせいで、たった今ゴミになった…」
 「だ、誰が不純でっ、何が毎日だよっっ!!!」
 「襟から…、見えてるぞ」
 「うわーーーっ!!!!!!」
 「・・・何がとは言ってないんだがな」
 「て、て、てめぇっっ、殴るぞっっ!!!!」
 書類の仕返しに少しからかってみると、時任が思った通りの反応を見せ、冗談だと言ったのに、顔を真っ赤にして右手で首を必死に押さえている。そんな時任を見ていると思わず頬が緩むが、どこかで誠人が見ていそうな気がして、少し背筋が寒くなった。
 ま、まさか…、本当にどこかで見ていたりしないだろうな。
 何か、窓の外で光ったような気もしたが・・・・・、
 やっぱり気のせいだ、気のせいだという事にしておこう。
 そう決めた俺は、改めて照れたように視線を彷徨わせている時任を見る。
 そして、次に時任が押さえている部分を見た。

 あぁ…、なるほど、誠人はあの辺りにいつもキスするのか…。
 
 な、なんだか、そう考えると妙に生々しい。
 時任の首筋を這う、誠人の唇を想像して…、背筋に何かが走った。
 う…っ、何か背筋に嫌な汗が…っっ、
 そんな事を思っていると、なぜかここには居ない橘の声が聞こえた気がして、俺は時任に釣られるように首を押さえた。
 し、しまった…っ、昨日の余韻が…っっ。
 うっすらと身体に熱が篭り始めるのを感じた俺は、慌てて時任を応接セットのソファーへと促し、自分もその前に座る。そして、改めてバレンタインの事について時任に尋ねた。
 「そ、それはそうと…、なぜバレンタインの事で悩んでるんだ? そんなのは毎年の事で、今更な事だろう?」
 「あー、うー…、それはそうかもだけどさ。今年はなんか違うっつーか…」
 「それは、誠人と寝・・・・・」
 「わーっ!!それ以上言うなっ!!! 言ったら殺すっ!!!」
 「受けとか攻めとか叫んでたヤツが、何を言っている」
 「う、うっせぇっ、ソレはソレっ、コレはコレなんだよっ!」
 良くわからない理屈をこねる時任は、少し拗ねたように頬を膨らませている。そんな時任を見ているとオオカミの気持ちがわかるような気もしたが、次の瞬間、俺自身には時任の百分の一も可愛らしさというのが見当たらない事に気づき…、
 ほんの少しだけ、ため息をつきたくなった。
 「まったく、こんな可愛げないヤツの何処がいいんだかな…」
 俺がそんな呟きを漏らすと、時任がキョトンとした顔になる。そうして、俺は時任から相談を受けたはずだったのに、橘を想いながら自分の事を…、バレンタインの事を考え始めた…。

 橘と出会ってから、過ぎ去って行った2月14日の事を…。

 今までバレンタインというのは、単なる行事としてしか認識していなかったが…、橘もそうだったのだろうか? 橘は毎年のように沢山もらっていて、それは量は違えど俺も同じようなものなのだが、時任のように誰かにあげたいと思った事はあったのだろうか?
 俺自身はどうだっただろうか・・・・・、
 そう考え始めると胸の奥が、なぜかザワザワし始める。
 橘にはいつも、あ、愛してるだとか好きだとか、山ほど言われているが…、
 俺は一度も、橘からチョコをもらった事はない…。
 それが何だと言われればそうだが、気になり始めると止まらなくなった。
 あと、少しで志望している大学の受験日で、こんな事を悩んでいる場合ではないというのに…、なんてザマだ。俺らしくもない。
 けれど、それから三十分間も俺は時任と一緒に悩み続け…、
 なのに、俺の口からは良い案どころか、ため息しか出なかった。
 こんな時に限って、なぜ居ないんだ…、お前は…。
 思わず、風邪はたいした事はないらしいが、試験前で大事を取って休んでいる橘に八つ当たりしてしまう。そんな自分に呆れ、嫌気が差し始めた頃、同じように悩んでいたはずの時任が、俺の両肩をいきなりガシっと掴んだ。
 「チョコ、買いに行くぞっ」
 「は?」
 「書類はゴミになったし、丁度いいじゃんかっ。俺はここ寄ったら帰るつもりで持ってきてるし、お前もとっととカバン持てよ!」
 「ま、誠人はどうした?」
 「生徒会室に放置してきた」
 「ほ、放置?」
 「おらっ、さっさと来いっ!!」
 「ちょ、ちょっと待てっ!! 受けとか攻めとかはもういいのか?!」
 「受けも攻めもねぇっ!! 人生はキャッチボールだーっっ!!」
 
 ・・・・・・・・・・意味不明だ。
 
 なぜキャッチボールなのかは良くわからないが、俺は時任に引きずられるように生徒会本部を出て、校舎の出口に向かう。そして、こんな風に時任に引きずられるように映画館を出た、いつかの日を思い出した俺は、正面玄関を出る頃には引きずられるのをやめ、チョコを買うために自力で歩き出した。
 



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