松本会長の華麗なる休日を読んでから、お読みください。
どうか、お願い致しますです<(_ _)>









松本会長の悩める日常〜後編〜



※松本会長の華麗なる休日の続編、バレンタイン編です。


 今は2月…、明日はバレンタインデーだが受験シーズンでもある。
 そのため、3年は自主登校になっており、四時間目半ば辺りの時間に校門を出て行く、時任と俺を見咎める者はいないが…、誰も俺達がバレンタインデーのチョコレートを買いに行くとは思わないだろう。
 しかも、コンビニではなく百貨店に…!
 まったく、誠人のヤツ…、なぜよりにもよって時任の前でバレンタインの広告の乗った新聞を読んだりするんだっっ。それは俺に対する挑戦か?!それとも嫌がらせか…っっ!?
 ・・・・というのは冗談だが、正直な所行きたくないのは事実だ。
 コンビニならまだしも百貨店に、男二人でチョコを買いに行くとなれば…、絶対に必要以上に目立つに決まっている。その場に知り合いや荒磯の生徒がいないとは限らないし、見られれば確実に噂になるだろう。
 一度、自宅へと戻り私服に着替えたとはいえ、それは避けられない。だが、そうと知りつつも俺が時任との待ち合わせ場所へと向かっているのは、友人と買い物に行くという、めったにない出来事に少なからず心惹かれているからだ。
 本当なら前のように映画を一緒に見たい気もするが、さすがにそれは受験が終るまで無理。こうやって買い物に行くのも、試験まであと10日と迫った受験生のする事ではないが…、気分転換にはなったかもしれない。
 ここの所、午前中は学校で時期、生徒会会長の補佐と職務の引継ぎ…、
 午後は自宅、夕方からは塾で受験勉強。
 橘と会うのも午前中の短い時間、学校でだけだった。
 「あと、10日か…」
 そう呟き前を見ると、待ち合わせ場所に立つ時任の姿が見える。
 時任は約束通り、ちゃんと俺を待ってくれている。それを見ると少し重くなりかけていた足が軽くなり、俺は時任の元へと急いだ。

 「おっ、ちゃんと来たじゃん。エライエライ」
 
 待ち合わせ場所に現れた俺に、時任はそう言い満足そうにうんうんと頷く。
 しかし、俺はそんな時任の頭をよしよしと撫でたい衝動に駆られていた。
 だが、これは誠人と同じような感情を抱いているからではなく、約束の場所で待っていてくれた事がうれしかったからだ…。しかし、それと同時にもっと早く話が出来ていればと、悔やむ気持ちも大きくなる。
 三年間も同じ学校に通っていたというのに…、と…。
 なのに、気づけば…、
 「お前こそ、良く来たな。マンションに帰った途端、怖気づいて来ないかと思っていたが…」
 などと、憎まれ口を利いてしまうのは、いつもの事で…、
 そんな俺の態度に慣れてきたのか、最近、この程度で時任と言い合いになることはない。俺の売り言葉を受けた時任は怒らず、挑戦的な瞳を俺に向けながらニカっと笑った。
 「無敵で最強な俺様が、この程度で怖気づくかよっ。そういう松本の方こそ、ココまで来て怖気づいてんじゃねぇだろうな?」
 「そんな訳ないだろう。怖気づくくらいなら、最初から来ない」
 「じゃ、とっとと行こうぜっ」
 「あぁ…」
 …と返事はしてみたものの、俺の足は売り場の手前で止まる。
 そして、なぜか時任の足も手前の柱の影で止まった。
 お互いに止まったまま、お互いに顔を見合わせ…、顔に若干引きつった笑顔を浮かべる。売り場はすぐ目の前だが、どうやら俺だけではなく時任にとっても、その道のりは思っていたよりも遠いようだった。
 「・・・・・難関だよな」
 「あぁ、思っていた以上に難関だ。ここまで来てなんだが、無難な所でコンビニで手を打たないか?」
 「ダメだっ、ココの限定チョコじゃないと…っっ」
 「いや、そんな事はないだろう。時任がくれるなら、誠人は普通の板チョコだろうとチロル一個だろうと喜ぶはずだ」
 「なっ、なんで、松本にそんな事がわかんだよ!」
 「普段の誠人を見ていれば、俺じゃなくてもわかると思うが?」
 「・・・・・・・・・」
 俺の言葉を聞いて、時任は考え込むように黙り込む。そして、そんな時任を見た俺は、さっきの時任のように心の中でうんうんと頷いた。
 実は誠人が板チョコやチロルでも喜ぶと思うのは事実だが、それを時任に言ったのは百貨店から脱出し、コンビニに誘導するため。しかし、そんな俺の企みを阻むかのように、俺達の前を一人の勇者が通り過ぎた。
 
 「すいませーん、この限定のチョコくださいv」

 なっ、なにぃぃぃぃ…っ!!!!
 勇者の勇姿を目の当たりにした俺は、声もなく立ち尽くすっっ。
 俺と時任が躊躇していた事を、難なくクリアした勇者の名は久保田誠人。
 勇者誠人の装備は、学ランと眼鏡とカバンのフル装備っっ!!。
 そのせいで、必要以上に周囲の視線が誠人の勇姿に集中しているっ!
 しかもっっ、誠人は買った限定チョコを片手に…、こちらに…っ!!!
 焦った俺は、同じく焦っている時任の肩を右手でガシッと掴んだ。
 「と、時任っっ、どうする!?」
 「そ、そ、そんなん俺が知るかよっ!」
 「ま、誠人がおかしくなったのは、お前が執行部に放置して来たせいじゃないのかっ!?」
 「放置っつーかっ、毎日毎日、久保ちゃんがしつけぇからっ、ちょっち置き去りにしただけじゃんかっっ」
 「やはり、毎日毎日不純な行為ばかりを…」
 「そ、ソレ以上喋ったら殴っぞっっ!!つかっ、来るなぁぁぁっ!!!」
 
 うわぁぁぁぁぁーーーっ!!!!!

 迫り来る勇者は時任に向かって伝説の剣ではなく、限定チョコを振りかざす。絶対絶命の時任は、来るなエロ親父の呪文を唱えたが、キャーっという周辺の女性達の黄色い悲鳴に包まれながら、愛してるよ…という耳元への囁き付きで限定チョコを渡されてしまった。
 ・・・・・こ、これは即死だな。
 誠人から痛恨の一撃を食らい、限定チョコを手に真っ白に固まってしまった時任に、俺は気の毒そうな視線を向ける。すると、誠人が真っ白になった時任に向かってのほほんと…、そしてなぜか周囲に聞こえるような声で恋人宣言とも取れる発言をした。

 「バレンタインには一日早いけど、受け取ってくれる? ホワイトデーは、チョコよりも甘いお前のカラダでいいから…、ね?」

 そんな誠人の発言を聞いた時任は拳と肩をフルフルと震わせながら復活し、再び辺りに黄色い悲鳴が響くよりも早く、誠人の腹に拳を叩き込む。だが、照れたように顔を真っ赤にしていては…、あまり効果がない…、
 いや、逆効果かもしれない。
 久保ちゃんのバカーっと叫ぶ時任と、そんな時任をまぁまぁとなだめる誠人の姿は、誰の目から見てもバカップルにしか見えなかった。
 あぁ、バカップルだ、凄まじくバカップルだっ。
 救いようが無いっっ。
 だが、そんな救いようのないバカップルを黄色い悲鳴をあげながら、生ぬるく微笑みながら見守る周囲の人々の中で、涙している同じ年くらいの女子を見つけてしまった俺は、誠人の意図を知り小さくため息をついた。
 そう言えば、俺達はもうじき卒業で…、バレンタインともなればチョコを渡し、告白しようという者が後を絶たないだろう。毎年、荒磯だけではなく近隣の学校からもバレンタイン当日、校門に並ぶ女子生徒は少なくない。
 そんな状況を考えれば、なぜ誠人が噂になるような事をしたのかがわかってくる…のだが、涙している女子生徒が気の毒に思えてならなかった。
 「・・・・・なにも、ここまでする事はないだろう」
 二度目のため息をついた俺は、正直に思ったままを呟く。
 すると、誠人は嫌がる時任をぎゅーっと逃がさないように抱きしめながら、珍しく細い目を開いて俺の方を見た。

 「俺は松本ほど自信ないから、こうでもしないとね…。腕の中に居てくれてる猫に、逃げられちゃいそうだから…」

 誠人は良く時任を猫に例えるが、それは単なる例えではなく、簡単に腕をすり抜けて、どこかに行ってしまいそうだと思っているからかもしれないと…、誠人の言葉を聞きながら思い…。けれど、そんな誠人の心配を吹き飛ばすように、時任の右手が軽くぺし…っと、バカと言いながらも愛おしむように誠人の頭を叩いた。

 「自信無いって何がだよ。アレでも足りねぇってのか、この贅沢モノっ」

 そう時任に言われた時の誠人の表情を…、俺はたぶん忘れないだろう。叩かれて開いた目を閉じ微笑んだ誠人は、とても幸せそうな顔をしていた。
 こんな表情を誠人がするなんて、信じられない気分だが…、
 信じられないからこそ、時任に想いが通じで良かったな…と心から想う。
 心から想い、二人の幸せを願って止まない。
 俺の…、友人達の幸せを…。
 思わず誠人を頼む…と言いかけたが、すでに俺の口から言うべき言葉ではないと気づき、幸せそうな二人にまた学校で…と別れを告げた。

 「さて、それでは俺もチョコを買うとするか…」
 
 勇者を見習ってという訳ではないが、俺は色とりどりのチョコレートが並ぶ売り場を歩き始める。時任は誠人と一緒に帰らず、チョコを買うのに付き合うと言ってくれたが、じっくり吟味して決めるつもりだからと断った。
 それにさっきまでチョコを買う事に抵抗を感じていたが、今は無い。
 だから、一人でも大丈夫だ。
 それは、せっかくのバレンタインだから、橘も誠人のように微笑んでくれないだろうかと…、そう思ったからかもしれない。悩んだ末に小さな箱に詰まった、可愛い小さなチョコレートを選んだ俺は、風邪で寝ている橘の家へと向かった。








 橘の家は立派な家というより屋敷で、庭もとても広い。
 何度か来た事があるが、その広さは尋常ではなかった。
 しかも母親が華道の家元、父親が武道を教える道場を持っているせいで人の出入りも多く、いつ来てもどことなく落ちつかない。俺は緊張しながら買ったチョコを手に橘家の門の前に立つと、気合いを入れ背筋を伸ばしインターホンを押した。
 『・・・・はい、どちら様でしょうか?』
 「何度か、こちらに伺わせて頂いた事があるのですが…、遥君の友人で松本と申します」
 『あ、存じております。遥さんとご学友でご友人の松本様ですね』
 「遥君が風邪を引いたと聞いたので、お見舞いに伺わせて頂いたのですが…」
 『そうですか…、少々お待ちくださいませ』
 「はい」
 インターホンに出たのは、お手伝いさんかお弟子さんだろう。
 橘に聞きに行ったのか、しばらく間があって…、熱が高くうつしてしまっては大変だからと面会を断られた。
 『せっかく来てくださったのにすいません…と、遥さんから…。本当に来てくださったのに、ごめんなさいね』
 「いえ…、こちらの方こそ、いきなりお伺いしてすいません。遥君にはゆっくり休んで、早く良くなってくださいと伝えて頂けますか?」
 『はい、必ずお伝えします』
 「ありがとうございます。では…、私はこれで…」
 風邪の見舞いと…、一日早いバレンタインと…、
 両方を兼ねて橘家を訪れたのだが、橘は思っていたよりも酷く風邪を引いているらしい。そうなるとバレンタインよりも橘の容態の方が気になり、門の前から立ち去り難く…、立ち尽くす…。
 せめて、一目顔を見てから帰りたいと思ったが…、
 門は硬く閉ざされたまま、開きそうもなかった。
 それに、再びインターフォンを押しても、俺が門を潜る事を橘が許さないだろう。いつも自分の事よりも俺の事を心配してくれる…、そんな橘だからこそ、絶対に許さない。
 俺は自分の手の中の小さなチョコを眺めながら、橘の事を想い…、時任の言葉を思い出して小さく息を吐いた。

 「・・・・・俺は贅沢モノだな」

 突然、生徒会本部に飛び込んできた時任の悩みを聞いた俺は、橘からチョコを貰った事がない事に不安を感じた。もしかしたら、自分の他にチョコを渡したり…、そんな風に想った人があるかもしれないと…、
 そう考えて…、憂鬱になった。
 好きだと言われても、めったに好きだと言わない…、そんな自分の事を棚に上げて不安になり憂鬱になり・・・・、なんてバカなんだ、俺はっ。
 あの日、事件のあった日に、俺の手を握りしめた橘の手のぬくもりを思い出すと、自分を殴りたい衝動に駆られる。不安に駆られるよりも憂鬱になるよりも、もっと他にしなくてはならない事が、言わなくてはならない事がたくさんあるはずだ。
 そう思うと居てもたっていられなくなり、俺はチョコをポケットに入れ門の前から走り出す。そして、記憶の片隅にあった…、以前、橘から聞いた事がある屋敷の中へと入れる抜け道を探した。
 「確か白い塀を過ぎて…、垣根の下だったはず…」
 少し時間がかかったが、俺の記憶していた通り、垣根の下に抜け穴がある。
 この穴は小さい頃、橘が良く使っていたそうだ。
 だが…、橘と違い俺がこの穴を潜ると、ただの不法侵入…。
 見つかれば、ただでは済まないだろう。
 しかし、それでも橘の顔を見るまで帰りたくなかった。
 俺は覚悟を決めて垣根を潜ると、一目に付かないように隠れながら橘の部屋のある場所へと近づく。そして、軽くノックするために窓に手を伸ばしてみたが…、無用心な事にカギがかけられていなかった。
 「・・・・・橘」
 中の様子を伺いつつ、ゆっくりと窓を開けながら橘に声をかけてみたが返事が無い。もしかしたら、別の部屋にいるのかもしれないと思ったが、履いていた靴を脱ぎ中に侵入してみると、ちゃんと橘が居た。
 良かった…、会えたと自分の頬が緩むのを感じたが…、
 すぐに熱が出ているのか、赤い顔をしてベッドで寝ている橘を見て…、俺の顔から笑みが消える。昨日、学校で会った時は元気そうに見えたが、今日の朝、風邪で休むがたいした事はないと俺に電話してきた橘の事だ…、心配をかけまいと無理をしていたのかもしれない。
 無理をして…、更に具合を悪くしてしまったのかもしれない…。
 そう思うと橘のために何もしない…、いつも頼ってばかりいる自分に腹立たしさを感じ、情けなくてたまらなくなった。

 「俺の弱味を握ってばかりいないで、たまには自分の弱味を見せたらどうだ…。これでは、あまりにも不公平だろう…?」

 小さく呟いた本音は眠る橘へと届くはずもなく、俺は寝顔を見つめながら軽く唇を噛む。そうしてから、看病はできないまでも…、せめて、この想いが届けばと願いを込めて、部屋にある橘の机に小さなチョコの入った小さな箱を置こうとした。
 早く元気になれ…と、メモ書きを添えて…。
 だが、そうしようとした瞬間、俺の視線に妙なモノが映り足を止める。妙なモノと言っても、それはバレンタインのチョコレートが入っていると思われる箱なのだが…、何か違和感のようなものを感じた。
 3年は自主登校となっているため、早目に渡す者が居てもおかしくはないが…、今日、橘は学校を休んでいる。さすがに三日も前に渡そうとする者はそうは居ないと思うのだが、机の下のダンボールに入っていた箱は5個もあった。
 「相変わらず…、人気だな」
 皮肉はなく、事実を口にする。実際、荒磯で橘に匹敵するくらいバレンタインにチョコを貰うのは、執行部の松原くらいだ。
 あの誠人でさえ、橘には遠く及ばない。
 俺については言うに及ばす…といった所だが…、
 それにしても…と、俺は屈み込み5個のチョコを眺め、感じている違和感に眉をひそめる。なんだか良くわからないが、妙に気になるチョコだ。
 「なんだ…、この違和感は・・・・」
 自分が不法侵入している事も忘れて、俺は気になるチョコを手に取る。
 そして、チョコをじーっと眺め、ある事に気づいてハッとした。
 橘がチョコを貰うところなど、毎年腐るほど見てきたが、それなのにこのチョコに限って、なぜこんなにも気になるのか…。その理由はチョコの数ではなく、チョコの包装紙にあったのだ。
 見た目は普通のチョコだが、包装紙が古びて色あせている。
 明らかに今日、昨日買ったような代物ではないっ。
 だが、そんなチョコレートを好きな人に贈る人間はいないだろう。
 新しいものと古いものとが混在しているようだが、その事実を踏まえて古いチョコがここにある理由は、たぶんあまり多くはない。そして、その中で俺が思いつく理由は…、橘がもらったチョコをずっと大切に取っているという事だけだった。

 「だが、俺のではない事だけは…、確かだな…」

 俺は一度もバレンタインに、橘にチョコを贈った事など無い。
 だから、このチョコは確実に俺以外の誰かから貰ったものだ。しかも、それをこんなに大事に持っているという事は、それほど、大切な人から貰ったものだという事だろう…。
 なんだ・・・・、橘のヤツ…、
 俺よりも大切なヤツが居たんじゃないか…。
 なのに、なぜ俺と付き合っている…。
 バレンタインにチョコを貰ったなら、ホワイトデーに返事すれば良いだけの話だろう。それとも…、実はこれは義理だったりするのだろうか?
 ・・・・・だとしたら、一体、誰なんだろう…。

 橘の好きだった…、好きなヤツは誰なんだろう。

 ドクン、ドクンと鳴る、自分の心臓の鼓動が五月蝿い。
 そして、チョコへ向かって手を伸ばしながらも、ダメだ、見るなと叫び軋む心の奥が痛く苦しい…。
 けれど、これは橘が悪いんじゃない、俺に天罰が下っただけだ。
 橘は何度も俺に好きだと愛していると言ってくれたのに、俺は受け取るだけで橘がくれた想いの百分の一も…、いや一万分の一も返さなかったから…、
 だから…、だから、こんなにも胸が痛むんだ…。

 すまない…、橘…っ。

 心の中で橘に侘びながら、俺は古びた包装紙に包まれたチョコを手に取り、包装紙の隙間に差し込んであったカードを…、ゆっくりと開く。すると、そこに書かれた文字を見た俺の手から、ヒラヒラと舞うようにカードが滑り落ちた。

 ・・・・・・・松本隆久様。

 カードには、そう書かれていた。
 つまり、このカードは橘ではなく…、俺宛てだという事を示していて…。
 しかも、カードの差出人の部分には、今、俺のすぐ近くで眠っている人物の名前が書かれていた…。

 ・・・・・・・貴方が好きです。

 それだけが書かれた、メッセージカード。
 そして、そのカードが添えられた…、古びたチョコレート。
 事実を確認するために、残りの4つの全てのメッセージカードを開いてみる。すると、やはりそこには俺の名前と…、橘の名前があった…。

 「・・・・・ナイショにして置きたかったんですけど、見られてしまったようですね」

 じっと、カードを眺めていると後ろから声がして、驚いた俺はビクッと身体を震わせる。けれど、後ろに誰がいるのかわかっていても、後ろを振り返る事はできなかった…。
 橘の顔を見たくて不法侵入までしたのに、今は橘の顔を見る事ができない。でも、それは悪い事をしたからではなく、目の奥が熱いせいだ。
 今、振り返れば…、たぶん、また弱味を見せてしまう事になる。
 けれど、そんな俺の状況を知ってか知らずか、橘は後ろから俺を抱きしめながら、畳の上に散らばる古いカードを眺めた。
 「貴方に贈りたくて、毎年買ってたんですけど、なぜか、いつも渡せず仕舞いで…。でも、貴方をあきらめ切れなかったように、チョコレートも捨てるに捨てられなくて…、この中に…」
 「・・・・・だが、今は付き合っているだろう」
 「えぇ…。でも、それでも渡す勇気が、なぜか持てなくて…。付き合ってるのに、バカですよね…」
 「・・・・・・・・」
 「本当に・・・・、バカですよね」
 毎年、チョコをダンボールの中に入れ続ける自分を、橘はバカだと言って笑う。だが、その声に涙が滲んでいる気がして、さっきよりももっと胸が痛くなる…。
 バカなのは橘じゃない…、俺だ…。
 橘にそんな事をさせていたのは、チョコレートどころか想いを伝えることさえ、あまりして来なかった…、俺なんだ。
 そう想いながら、見つめた橘の5年分の想いは…、
 目の前がぼやけてきて…、良く見えなかった。


 貴方の事が好きです。

 とてもとても・・・・・、好きです。
 
 愛しています…、隆久…。



 「・・・・・すまない、橘」

 零れ落ちてくる涙を拭い、やっと伝える事のできた言葉は、そんな言葉で…、俺はまたすまないと謝る。すると、橘は抱きしめていた俺を放し、5年分のチョコの詰まった箱に歩み寄った。
 「あの日…、事件があった日に交差点で貴方は僕に一緒に行こうと言ってくれた…。この先、何か起こるかわからないけれど、5年よりも長く僕と一緒に居るつもりで、そう言ってくれた…、そうでしょう?」
 「あぁ、そうだ…。5年よりも長く、もっともっと長く…、俺達が灰になり塵になるまでだ…」
 「だから、今年はちゃんと渡すつもりで買ったんです…、今後こそ必ず渡すとそう決めて…。けれど、不覚にも前日に熱を出してしまったので、このまま熱が下がらなければ、窓から抜け出して、垣根を潜って貴方に会いに行くつもりでした」
 そう言うと橘は机の引き出しから6個目のチョコレートを取り出し、俺の前に差し出す。だから、俺もポケットに入れていたチョコを取り出し、橘の前に差し出した。
 「・・・・・まるで、指輪の交換ですね」
 俺が差し出したチョコを見て驚いた顔をした後、橘がそう言って微笑む。
 うれしそうに幸せそうに…。
 まるで、結婚式を迎えた…、花婿や花嫁のように…。
 そんな橘の微笑みを見ていると、俺も同じように幸せな気分になる。俺はそんな幸せな気分を微笑みを包み込むように橘を抱きしめると、ほんの少しだけ背伸びして自分から橘にキスをした。
 「風邪…、うつりますよ?」
 「大丈夫だ、心配ない。お前から俺にうつるモノがあるとしたら、それは風邪ではなく幸せくらいだ」
 「・・・・本当にそうだと、いいですね」
 「本当だから、そう言っている」
 「隆久…」

 「好きだ、誰よりも愛している、橘…。だから、俺と付き合ってくれ…、灰になり塵になるまで…、そして灰になり塵になっても…」

 二人でいる限り、お互いを想う限り…、
 その想いに、悩みは尽きないのかもしれない…。
 けれど、いつでも幸せは悩み尽きぬ想いの中に、その想いのある場所にある。それを確かめるように、まるで何年も片思いしていたように声を殺し泣きながら、何度も何度もうなづく橘を俺は抱きしめた。

 
 悩める時も健やかな時も…、共に在る事を誓うように…。




 。・゜゜・(≧д≦)・゜゜・。
 やっと…、書けました…。
 ううう…、なんとコメントしていいのかわかりません。
 もう、何もかも滅茶苦茶な状態なのですが…(涙)
 なんとか、体調と体勢を立て直したいです。
 久保時や橘松や、他のバカップルの幸せを祈りながら、
 まだまだ、サイトを続けて生きたいです。

 
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