ブラジル
ブラジルは、今回の手続きが、すべての種類のアスベスト繊維とそれを含有する製品の、製造、加工、販売、販売のための所有、輸入、輸出、国内の取引、提供、運搬を禁止したフランスの1997年1月1日の政令(政令、または禁止措置という)がWTO協定と整合しているかという問題であるとの考えについて説明する。
この禁止措置は4つの限定的な例外を伴っており、その例外はクリソタイル製品に対する代替品が存在しない場合に適用される。一般的な代替製品はクリソタイルより高価である。したがって、この禁止措置は明らかに代替製品を商業的に優遇する結果を作り出している。ブラジルの考えによれば、禁止は最も貿易制限的な措置である。それゆえに、どのような禁止であっても、それを正当化するためには厳しい審査が必要となる。ブラジルのような開発途上国に適用される場合は特にそうである。
禁止措置により、ブラジルが、他の繊維の混入がない純粋なクリソタイルをフランスへ輸出することはなくなった。1994年と1995年には、フランスはブラジルから、それぞれ1100トンと1500トンの純粋なクリソタイルを輸入していた。1997年の禁止令の発効以降、フランスは、ブラジルからクリソタイルを全く輸入していない。
ブラジルの見解によれば、この手続きは重要なもので、単にフランスの禁止を越える広がりをもっている。このケースはテストケースである。WTOの加盟国が、開発途上国の製品を、適切でよく吟味された対策を講じれば安全に使うことができるのに、ただ単に公衆をなだめる目的のために禁止することが許されるのだろうか。
現在の経済社会では、間違った使い方をすれば健康に危険をもたらすが、適切に使用すれば危険性がない何百もの製品が使われている。純粋なクリソタイル繊維はその一つである。適切に使用されれば、純粋なクリソタイルは健康に対するリスクはもたらさない。
同じような製品には、有機繊維、人造繊維、ベンゼン、水銀、アンモニア、ほとんどの農薬などがある。社会は、安全に使用することができるように、それらを直接に扱う作業者や間接的にそれらに暴露する一般の人々の健康を保護するために、これらの製品に対する規制を行っている。このような措置は、純粋なクリソタイルに対しても適切なものだ。純粋なクリソタイルは(ブラジルが採掘し、輸出しているのはこのようなアスベストだけである)、あらゆるアスベスト繊維の中でもとりわけ安全なものである。特に、それは角閃石よりもずっと安全である。角閃石系アスベストは、過去にそれに暴露したことによって、現在の健康問題を発生させている。
ブラジルで採掘され、生産され、輸出されているのは混入のない純粋なクリソタイルである。このため、ブラジルのクリソタイル製品は、世界で最も安全なものにあたる。この事実についての医学的な説明が、繊維毒性学の専門家であるDr.
David S.
Bernsteinによる生体内の滞留性についての最近の研究の中で詳細に述べられている(実際に、ECはこの問題について彼の専門的知識をたびたび求めている)。
ブラジルの見解では、今回の手続きの主な問題は、ECが示しているように、アスベストが人間の健康に対して有害であるかどうかという点ではない。それは有害でありうる。最も有害な種類のアスベストである角閃石系アスベストは、長年、間違った、安全とはいえない使い方で利用されてきた。そのことが健康に対する重大な危害を生み出している。角閃石系アスベストは、今世紀の初め、数十年にもわたって世界中で生産、使用されてきた。それに人々が暴露したことによって、健康被害が発生している。そのことをブラジルを含め、すべての国は残念に思っている。ブラジルは、(ブラジルも含めて)多くの国において人々が抗議している背景をよく理解している。またそれが、フランス政府をして、INSERM
Report(初期の、安全ではない角閃石アスベストの使用による健康影響に焦点をあてた研究)やそれに続くアスベスト禁止に導いたのである。
フランスはINSERM Reportのわずか一日後に禁止を発表した。INSERM
Reportは、すでに採用されていた政府の決定を科学的な見地から裏付けるために、委託され、発表されたものだ。しかし、INSERM報告をよく読めばわかるように、フランスにおいてアスベスト関連の健康問題の原因となっているのは、過去に使用されたものであって、とりわけ、耐火建築物や軍艦(被覆材)に飛散しやすい角閃石の吹付けが行われてきたことによる。
角閃石に暴露してから、それに関連する疾病が発生するまでには長い潜伏期間がある。そのために、30年以上も前に、実質上何の対策もとられることなく、ひどい状態でアスベストに暴露してしまった労働者たちが、今日、深刻な健康問題に直面している。INSERM
Reportはこれらの労働者の健康についての分析をもとにしている。INSERM
Reportはクリソタイルの最新的な使用方法に基づく研究データには焦点をあてていない。さらにその報告の中で、INSERMは、科学的に確定的な結論を出すことは不可能であって、現在は、確実と思われる推定を通して、ありうると考えられることをもとに、理解するための助けとなるものを示すことができるだけであると認めている。簡単に言えば、INSERM
Reportは禁止のためには不十分なものでしかない。それは、公的な懸念の表明であって、公衆の健康を守るためにフランスが望んでいることにすぎず、事実上の必要性に基づくものであるとブラジルは主張する。
また、ブラジルは、角閃石を安全とはいえない方法で過去に使用したことによって、それに暴露したことの結果として生じている健康に対する懸念は、癒したりなだめたりすることは不可能であって、そのためにフラストレーションが生じているということ、そして、すでにフランスの建物に存在している角閃石アスベストの吹付けによる暴露は、減らしたり修繕したりするための対策をとることが不可能であることから(吹付けをいじることは暴露を増すことにつながるから)、それによるフラストレーションが生じていることを理解している。しかし、フランスがWTO協定に同意した以上は、それがどんなに強いとしても、単に国内に発生している感情をなだめるために貿易を制限する措置に同意することは許されないことである。
ブラジルは、フランスのとった措置は政治的な動機から生まれている措置であって、その措置によって、1、アスベスト暴露によりすでに病気の人を健康にすることはできないこと、2、近代的で管理されたクリソタイルの使用方法によって確保される保護レベルを超えるような健康に対するリスクは減少させることができないこと、この2点から、そのような手段をフランスが採用することを認めることはできない。
ヨーロッパ委員会が、最近、次のように述べている。
-イギリスの衛生安全庁を含め、様々な国の機関が、次の数十年間にわたって発生するアスベストに起因した死者数について、非常に混乱を招くような見通しを出している。しかしながら、これらの数値は、既に禁止されているアスベストも含めた種類のアスベストに、過去に暴露したことによる死者数であるということに注意をはらうことが大切である。
クリソタイルの商取引禁止や使用禁止を正当化するだけのためにこれらの統計を用いることは間違いである。なぜならば、そのような禁止措置は現に存在するアスベストに暴露することによって生じているリスクを低減化することにつながるわけでもないし、過去にアスベストに暴露した結果として発生している今日の死者数を減少させることにつながるわけでもないからである。-
最近の使用状況では、使われているアスベストはクリソタイルに限られているし、そうあるべきである。INSERMも含め、たいていの団体が、クリソタイルは、他の種類のアスベストよりも安全であるということで一致している。さらに、最近の使用状況では、たとえばアスベストセメント製品のように、アスベスト繊維は最終的な製品の中に密閉されており、飛散しない状態で製品の中に閉じ込められているべきであるし、実際にそのようになっている。
以上のような理由によって、最新の使用方法はまったく安全な方法である。それは非常に幅広い製品に使われているクリソタイルも含めてである。クリソタイルは、耐火材として、また(トラックのブレーキなどの)摩擦材を強化するために、さらに、従来のセメントパイプよりも侵食やひび割れや破損に強いということから、水道用のセメントパイプをつくるために使われている。ほとんどの用途において、クリソタイルは公衆の安全を高めるために使用されている。そのため、他の性能が低い製品を使用すれば、公衆の安全性が低下することにしばしばつながってしまう。クリソタイルを使うことが耐火性能を高めることはいうまでもない。
だが今は、摩擦材に使用される場合の議論に関心が集まっている。クリソタイルは主にトラックのブレーキパッドやドラムブレーキ、ブレーキブロックで熱をコントロールしたり、摩擦や静止能力を強化するために使われている。クリソタイルはこのような用途には好まれる製品である。an
American Society of Mechanical
Engineersの著者の1人が行ったEPAからの委託による研究によれば、(1)アスベスト含有のブレーキライニングをアスベスト非含有の製品に置き換える代替化は大きなリスクをもたらす、(2)高速道路のスリップ事故やそれにともなう交通事故の死者数が増加するとみられ、代替化によってもたらされる健康への有益性はこれによってかなり減少するとことが予測される、としている。
クリソタイルが公衆の安全に関する多くの利点をもっていることは(それは世界中に多大なる貢献をしている)、フランスが禁止をしたときもそうだったように、今回の手続きにおいて無視できないものであることをブラジルは訴える。ブラジルの見解では、今回の手続きの主な問題は、非常に限定されたものであって、完全に禁止することが公衆の健康を守るために必要であったのかどうか、若しくは、クリソタイルやクリソタイル製品を最新のやり方で管理して使用することによって公衆の健康が確保されうるのかどうかという問題である。
カナダから南に向かって、アメリカ合衆国からブラジルに至るまで、アメリカの国々によって、この問題は細かく検討されてきたが、そこでもたらされた答えは、公衆の健康は最新的な管理使用の方法によって確保することができるというものである。もちろんフランスは、国民の安全を守るための対策を講じ、実際にそれを実行に移したかもしれない。
しかしながら、フランスのアスベスト禁止はWTO協定の貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)で定められた一般的な条項すら満たしているとはいえない。フランスが公衆の圧力に屈して、クリソタイルの輸入や、安全で最新的な方法で使用することを強制的に禁止することは許されてはならない。フランスで製造される人造繊維は管理して使用されておらず、より安全であるということが証明されていない。禁止措置は人造繊維には適用されていないが、それは現在ではより大きなリスクがあるとの科学的なデータがある。このことは、禁止措置が政治的、経済的なもので、科学的なものでも医学的なものではないということを示している。
フランスの反応は、1989年に、アメリカ合衆国の環境保護庁(EPA)が、パニック状態になった国内世論の圧力からアスベストを禁止したことと多くの点において似通っている。EPAは、第5巡回裁判所の上訴審に対して、アスベストの禁止を科学的に正当化することができなかった。長期にわたる法律手続きの後、第5巡回裁判所は、EPAに対して決定を取り消すように求め、セメントやレジンの基材の中に密封されている最新のクリソタイル製品は、検出しうるような健康被害をもたらさないということを公的に認めるように求めた。
(今日、アメリカ合衆国では角閃石は禁止されているが、多くの非飛散性のクリソタイル含有製品は使用を認められている。その中には、ブラジルで生産されたクリソタイルによって、以前にフランスで生産されたものも含まれている。)運悪く、フランスは、不必要である上、国際貿易の妨げとなるような悪い影響をもたらす措置を採用してしまった。
ブラジルは、フランスのアスベスト禁止について次のように主張する。
(1)この禁止は、それが不必要に貿易に対する障害を作り出しており、必要以上に貿易制限的であるため、TBT協定の2.2条に抵触していること
(2)禁止は、XI:2 またはXX条の例外によって除外されていない量数制限であるため、1994年のGATTのXI:2、若しくは
XXに抵触しているということ
(3)禁止が、アスベストには適用されるのに、人造繊維や他の代替製品には適用されないことから、不必要なデザインや記述による特性による技術的な障害として機能するので、TBT協定の2.8条に抵触すること
(4)クリソタイルやクリソタイル製品の生産、使用に関しては国際的な基準があり、フランスはその基準を使うべきであるから、禁止はTBT協定の2.4条に抵触すること
(5)禁止は、国内の人造繊維や他の代替製品には適用されず、それらはクリソタイルと同種の産品にあたるから、1994年のGATTのIII:4条とTBT協定(内国民待遇原則)の2.1条に抵触すること
(6)禁止は、クリソタイルはクリソタイル製品の輸入を禁止し、同種の産品である代替製品には適用されていないから、それは不適切に輸入を制限しており、1994年のGATTのⅠ:1条とTBT
協定の2.1条に抵触すること。
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国の提出文書は、はじめに、クリソタイルアスベストの暴露によって生じる健康へのリスクに関する事実と、規制によるこれらのリスクの削減について述べている。これに関連して、合衆国は、合衆国のアスベストについての規制や、以前に行ったアスベスト含有製品の禁止とそれにともなうアスベスト製品の減少について、カナダの間違った理解や説明を訂正するための情報を提供している。
合衆国の規則は今回の手続きでは問題になっていない。しかしながら、合衆国の提出文書は、合衆国の政策についてカナダが断定を下していることから、明確な記録を残すことを求めている。事実についての議論の後に法的な規定あげており、それはパネルが翻訳をするように求められている。
アメリカ合衆国の見解によれば、クリソタイルは有毒な物質であって、人間の健康に対して重大なリスクを与える。クリソタイルは他のタイプのアスベストと同レベルの毒性を持っている。全ての種類のアスベストを同じように扱うという考えに立って規制することは科学的に正当化される。
フランスは、WTOの他の加盟国と同様に、アスベスト暴露によって発生するリスクに対して自国民を保護するためのレベルを自身で決定する権利を持っており、アスベストについての規定は、この保護レベルを確保する目的において何ら差別的でもなく、不必要な貿易制限にもあたらない。合衆国は、今日、アスベスト暴露による人間への健康被害のリスクを減少させるため、特別な作業手順を定め、その他の規制(限定的な禁止を含む)を行っている。
しかしながら、合衆国は、その手法がアスベストに対処するためのただ一つの適切な方法であるとは考えていない。特別の作業手順や他の規制によって、クリソタイルアスベストのような有害な物質に関連する全てのリスクを回避することができるわけではない。まず"controlled
use(管理下での使用)"という方法は、アスベストに伴う全てのリスクをなくすことができるわけではない。
セメント基材に閉じ込められているアスベストは、その製品がそのままの状態におかれているときには実質的なリスクは発生しないが、その製品の製造、設置、管理、除去、廃棄等の過程においても同じとは考えられない。また、アスベスト含有の基材は、多くの場合において、使用される全期間、ずっとそのままの状態になっているわけではない。
さらに、カナダは、膨大な量の提出文書の中でセメント基材に固化されているアスベスト繊維について述べているが、クリソタイルは現在、ブレーキライニングや、断熱用の繊維や紐として加工される紡績製品にも使用されている。主要な健康リスクはそのような製品の生産や修理にともなって発生している。
最後に、優れた作業方法は、作業に伴う一定の範囲については有効である。しかし、事故や不適切な技術、故意に法令に反した方法で行われる場合があり、それはこのような製品を扱う上では実質的には避けられないことである。このような理由のため、フランスが行った、アスベストとアスベスト製品の製造、処理、商業的供給、輸出、輸入、販売、禁止は、アスベストの使用によって発生するリスクに関して、WTOの考え方にそった対応であるといえる。
アメリカ合衆国の考えでは、カナダは、法律的な問題について、フランスの禁止令がGATTや貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)に違反しているという点についての立証責任を果たしていない。特に、輸入されたアスベストとアスベスト含有製品が、フランス原産の代替繊維やそれを含有する製品と「同種の産品」であるということについて、カナダは明らかにしていない。
これらの製品が「同種の産品」でないのであれば III:4条の侵害にはあたらないことになり、XI:1
条は単にこの措置についての検討には適切ではないと思われる。そのため、GATT1994年の侵害にはあたらないと考えられる。
TBT協定については、アメリカ合衆国は、TBT協定はフランスの政令に適用されないというECの見解には同意しない。パネルはECの見解を拒否すべきであって、協定の付属書1の意味の範囲において「技術的障害」にあたるとすべきである。それ以外のどのような結論もTBT協定を全く無効にするような抜け道となると判断するべきである。アメリカ合衆国の見解では、このようなことにもかかわらず、カナダは
2.2, 2.4, 2.8 や
2.1上の侵害になるという証明を行っていない。最後に、協定違反ではない無効化や利益の侵害については特に綿密な証明が要求されているが、カナダはその証明責任を果たしていない。
ジンバブエ
クリソタイル(白石綿)および、クリソタイル含有製品の主要な生産国また輸出国として、また、外国との取引が必要な開発途上国の一つとして、ジンバブエは今回の手続きの結果に重大な利害関係があるということを主張する。事実として、今回の争訟はジンバブエのアスベスト産業や実際にジンバブエ経済にとって重要なものであるため、かつてないことであるが、ジンバブエ政府はWTOのこの争訟手続きに頼らなければならないことになっている。
ジンバブエは、クリソタイルとクリソタイル含有製品の禁止は世界貿易機関(WTO)の適切な規則に照らし正当化されないし、それに違反しているとの見解を持っている。そのため禁止は遅滞なく取りやめられるべきである。ジンバブエは、この争訟の第三者国として、例えばECのような応訴国に対する紛争の全てを解決するために、この手続きに依存してはいないと考えている。
そのため、ジンバブエは、パネルへの提出文書の中で、特にこの手続きにおいて重要と思われる事実や法律的な見解を表明するにとどめる。このケースにおいて、提訴国であるカナダが、クリソタイルやそれを含有する製品を禁止することが、どのような理由によってWTOのルールに適合していないために撤回されるべきであるかという点について、事実や法律的な側面での先例をつくっているということを、ジンバブエは主張する。
(参考)
WT/DS135/R Page 194
Ⅳ. ARGUMENTS PRESENTED BY THIRD PARTIES
http://www.wto.org/english/tratop_e/dispu_e/135r_b_e.pdf