ツイてねぇなって思う。 ツイてねぇなって思うけど、何がツイていて何がツイてないっていうのは、ホントのところ良く判らなかったりもする。 でも、地球に落ちたのは、ツイてないことの一つだ。 加えて、俺と一緒に落ちたヤツの、機嫌の悪さも加えたい。 プラント生まれのプラント育ちの俺らにとっては、初めての地球。 足つきやら、月艦隊やらとの戦闘で、気が付いたら地球の重力に逆らうことが出来なかったってヤツ。初めての地球が、モビルスーツ共々落ちてきました、なんてかっこ悪いじゃん。 こういう形で、俺らのご先祖様の星へ来ることになるとは、夢にも思わなかった。 地球は、プラントの景色とは全然違う。 宇宙に浮いてるプラントとは、比べ物にならないほど、しっかりとした安定さはあるけれど。 なんとなく、異世界のように感じてしまうのは。 プラントがやけに遠いな、と思ってしまうことだろうか。 風が吹き上がる。砂を舞い上がらせ、黄色い幕で視界を覆う。 人工ではない自然が、目の前に広がっている。 「それにしてもさぁ。海に落ちた次は砂漠かよ。足つきも嫌な所に落ちてくれたよなぁ」 ”レセップス”の食堂で、イザークと顔を突き合わせながら、ディアッカは居心地の悪さを感じていた。 同じザフトなのに、宇宙と地球とでは温度差があるように思う。戦う場所が宇宙空間と地上では、随分と差があるように。 何故地球へ降りて来たんだ、という無言の態度がそこにある。 イザークもディアッカと似た気持ちを、抱いているのだろう。不機嫌さを隠そうともしない。 確かに足つきと一緒に落ちてしまった負い目はあるけれど、邪魔者扱いされたら堪ったものではない。 「ていうかさ、ジブラルタルからこっちへ来たのに、俺らの出番てあんまないじゃん。もっと活躍したいよね」 テーブルを挟んで座るイザークを見ると、彼の眉間に皺が刻まれる。どうやら、不機嫌さを加速させてしまったらしい。 「ブツブツ五月蝿い奴だな。宇宙だろうが地球だろうが、足つきを討てるだけの位置にいるんだ。チャンスはいくらでもある」 「でもさ、そのチャンスも、バルトフェルド隊長次第ってヤツじゃん」 「それがどうした。討つ分には、いいんじゃないのか」 当然の権利だという響きを含んだイザークに、ディアッカは力の無い笑みを浮かべた。 「・・・まぁ、それもそうなんだろうけどさ」 そう言いながらテーブルに突っ伏し、腕を枕に眼を閉じる。居心地の悪さもあるが、少しだけ落ち着かないのも本当のことで。 それは、見慣れた少年の見慣れない傷のせいだ。 ストライクとの戦闘で、イザークが負った傷。今の医療技術なら、綺麗に消せるそれ。 だけど、あえて消さないのは。 悔しさとか、屈辱とかというよりも。 彼なりの新たな決意ではないかと、ディアッカは思う。 ストライクは地球軍の大きな戦力だ。特に足つきにとっては、ストライクへの依存度が高い。ならば、その機体を倒せば、戦場は確実に変わるのではないか。 たかが一機、されど一機だ。 倒せば何かが変わる。きっと、変えてみせる。 そういう自分への決意が、傷を消さない理由の一つなのだろう。 バルトフェルドは「屈辱の印」と決め付けていたようだが、そんな簡単すぎる感情だけではないものがある。 ストライクのパイロット。イザークに傷を負わせた者。 そして何より―――。 宇宙にいる少年へと、繋がる存在。 ヘリオポリス崩壊の報告のためプラントに戻った彼とは、結局、顔を一度も合わせることなく、地球へ落ちてしまった。 そのことも、イザークの機嫌の悪さの原因と言っても、過言ではない。 が、足つきが地球にいるのだ。彼らも近々、こちらに来ることになるはず。話したいことは、いろいろある。でも嫌味の一つは、出てしまうのだろうなとも思う。 ディアッカは少し視線を上げて、銀の髪の友を視界に入れる。 きつく結ばれた唇から、彼のことはあまり語られない。イザークは直情型だ。思ったことは、直ぐに口に出す。 しかし、彼のことには、意外なほどあまり触れない。本人が目の前にいれば、こうも大人しくはないのだろうけれど。 (あーあ、俺って、こんなに悩める少年だったっけ?) 特にすることがないと、いろいろと考えてしまう。出口の見えない迷路は嫌いだ。ディアッカは上体を起こすと、頭の中をすっきりさせるため、かぶりを振った。 「おっ!頭を振って、何かいいことあるかい?少年?」 突然聴こえて来た低い声音の主に、ディアッカもイザークも慌てて椅子から立ち上がる。敬礼をしようとする二人を手で制し、バルトフェルドはディアッカの後ろを通り過ぎ、壁際の場所へ腰を下ろす。その様子に、二人も再び椅子へ座った。 彼らの体が、ほんの少しだけ強張る。そんな緊張感ともとれる硬い表情の少年に、バルトフェルドの口元が、三日月になった。 「え〜君たち、そんな怖い顔をしないように。ボクも食堂には来るんだよ。艦長室とブリッジの往復だけじゃあ、つまらないんでね」 のんびりとした口調は、何を考えているのか掴み所の無い雰囲気を、醸し出している。 砂漠の虎と呼ばれ、有能な指揮官であるバルトフェルドを、四つの瞳が直視する。初対面の印象が決して良いものではなかったから、上官ではあるが彼らには苦手さが付き纏う。 それでも、眼を背けることはしない。バルトフェルドの双眸が、細められた。 「ホント、肩の力を抜いた方がいいよ。君たちとゆっくり話しをしていなかったからね。ここに居るって教えてもらったから来たんだけど、いいなか?」 「・・・話し・・・ですか?」 にんまりと笑みを浮かべるバルトフェルドに、イザークは訝しげな色を向ける。何を改めて話しをする必要があるのか、彼には判らなかった。 「そう、話し。地球はどうだい?こっちは初めてなんだろ?」 「・・・はい。初めてです」 頷くイザークに、バルトフェルドは「だよねぇ」と前置きをしてから続ける。 「宇宙も地球も戦争、戦争。今もどこかで誰かが銃を撃っている。本当に、いつまで続くのかねぇ。せっかく上手いコーヒーを淹れても、ゆっくり飲めやしない。プラントはザラ委員長色が強くなっているようだが、どう思う?」 「・・・どう、と言われても・・・」 問い掛けにイザークはディアッカを見る。政治的な話しが苦手な彼らしく、肩を窄めただけだった。 「別に難しい話しをするつもりはないよ。単に率直な意見を聞きたいだけ」 バルトフェルドの低い声が、イザークの鼓膜を揺する。彼は上官に向き直った。 「ザラ委員長のおっしゃっていることは、正しいことです。戦わなければ護れない」 「・・・なるほど。護る戦いねぇ」 短い応えの中に、何かを含んだ響きがある。まっすぐにバルトフェルドを見つめるイザークに、彼は少しだけ眼を伏せた。 「護るため、というのは大義だよな。それを否定しようとは思わないんだが、掲げた大義を理由に、何をやっても許されるもんじゃない。でも、そう思わない連中が多いのも確かだ。哀しいことだな」 バルトフェルドの言葉に、イザークもディアッカも顔を見合わせる。直接的ではないが、ザフトのやり方に異議を唱えているようでもある。 砂漠の地に立つ男は、軍との間に隔たりがあるとでもいうのか。二人には判らないことであり、彼の言いたいことも判らない。ほんの少しの沈黙は、バルトフェルドの困ったような笑みに消された。 「あぁ、だから怖い顔しないで欲しいんだけどなぁ。そんなに変なことは言ってないぞ」 「ですが・・・。軍を非難しているように思えます」 「そうだなぁ。自分も含めての非難にはなるだろうがな。憎いという気持ちだけで相手を殺してしまうのは、単なる殺戮と変わらんよ。ザラ委員長の考えに賛同する者は多いだろうが、ボクは生憎彼が苦手でね。軍というより、自分の形で戦争をしているんだよ」 「・・・自分の形・・・?」 「命令だけじゃないってこと。ボクの部隊ということもありが、ボクのやり方で戦っている。それはボクなりに、この戦争の意味を考えているからね。いつかは停戦になるだろうが、そこへ辿り着くまでが長いな」 戦いの終わりを見据えているのか、バルトフェルドの表情に陰りがある。イザークもディアッカも、見知ったばかりの上官から語られることに、反発を覚えないわけではない。軍に入ったのは自らの意志。任務という名の戦闘は、護るためのもの。命令の遂行は、少しでも早く戦争を終わらせるためではないのか。 命令だけが全てではないというのなら、軍が間違っているとでもいうのか。 そんなことは、ない。 絶対に―――ない。 今まで口を噤んでいたディアッカは、バルトフェルドをキッと睨み 「俺たちは間違っていませんよ。バルトフェルド隊長のおっしゃるように、停戦まで時間が掛かるかもしれない。でもユニウス7を落として、それを正当化している奴らがいる限り、平和はほど遠いと思います」 はっきりと自分の気持ちを伝えても、微かな心の揺れをバルトフェルドは感じたのかもしれない。切なさを滲ませて、彼が小さく息を漏らした。 「・・・そうだな。ボクもユニウス7を忘れてはいないよ。でもな、護る戦いの延長線上にあるものは、勝ち負けじゃない、もっと違うものだ。きっと、君たちにも判る時が来る」 静かに届くバルトフェルドの声を、ディアッカは黙して受けとめた。イザークも何か言いたそうだが、口を閉ざしたままだ。 いつかは停戦になる―――が、今はそれに向けた戦いをしているわけではなくて。 だからといって、平和を望んでいないわけではない。護ってこその平和だ。 地球軍の戦意が失われれば、それでいい。それから新しい世界が始まはず。 しかしバルトフェルドは、勝敗で決まる戦いではないという。何を意味してのことなのか、二人には判らない。討つべき相手を確実に討つ。 けれど、それだけでは本当に終わりに近づけないのだろうか。今まで考えたことのなかった戦いへの視点。バルトフェルドは含みを残したまま、突然話題を変えた。 「あぁ、すまんすまん。戦争は簡単に結論が出るもんじゃないってことだ。悪かったな、ボクの一方的な話しになってしまって」 「あ・・・いえ・・・」 あまりにも急に話しを打ち切られ、イザークたちは一瞬ポカンとしてしまう。が、それはそれで、後は自分たちでもう一度考えてみたらどうだ、と言われているようでもある。 バルトフェルドは余裕のある笑みを浮かべて、椅子から立ち上がった。 「クルーゼ隊の他のメンバーも、地球に来るんだろう。逢えるかどうかは判らないが、彼らとも話しをしてみたいものだ。休んでいるのに悪かった。ボクはこれで失礼するよ」 大きな背中はここに来た時と同じように、突然に彼らの前から消えた。訪れる静寂に、暫し二人は声を失う。戦いへの姿勢を問われたわけではないのだろうが、それに近いことを向けられた。 ザフトへの道を選ぶ―――。 このことはプラントに住む者にとって、とても自然の流れだ。誰もが何もしないでいることより、何かをしたいと思い軍に志願をする。 殺戮ではない。戦いだ。 自分たちが信じて戦うもの。それは己の心であり、プラントを護る位置にある軍だ。それが揺らぐことはない。 イザークとディアッカの視線が交わる。先に口を開いたのはディアッカだ。 「・・・バルトフェルド隊長って、俺らに軍を疑えって言ってるようじゃない?」 「さあな。俺は軍に疑問を持ったことはないし、単なる殺戮者になった覚えもない」 「それはそうなんだけどさ。隊長サンが言うように、この戦争に勝敗だけじゃない終わりがあるとしたら、それがどんなものなのかって思わないか?」 バルトフェルドが二人に向けた、まだ見えてない未来図。地球と宇宙、どちらかが戦いを放棄しなければ、停戦は遠すぎる現実だ。 そして身勝手で甘い考えになるのだろうが、プラント側から停戦の申し入れをするとも思えない。それは敗者を意味するものだと思っているからかもしれない。 勝ちたい、という気持ちは大きい。が、同時に何をもって勝ちとするのか、この時初めて、あまりにも漠然としすぎているとも感じた。 「・・・俺には判らないな。ただ、勝ちたいとも思うし、護れればそれでいいとも思う。でも負けたくはない」 「ははは・・・。お前らしいよ。単なる欲張りじゃん」 「欲張って何が悪い。当然だ」 「だよなぁ。欲張らないと、良い方向にも転ばないか」 苦笑を零すディアッカから、イザークはテーブルの上で組んだ自分の手を捉える。 勝敗以外の何が、戦いを終わらせる要因になるのか。今、判らないことが、これから判るようになるのだろうか。バルトフェルドは判る時が来ると言ったが、イザークには彼の発言の方が、理解不能だ。 自分たちの背には、護るべきプラントがある。故郷がある。それを知っていて、バルトフェルドは軍を否定するようなことを、平然と言ったのだ。 同じコーディネータ。同じ軍に所属していても、彼とイザークたちとでは、戦争に対する捉え方が微妙に違うようだ。 しかし、望んでいる結果に相違があるというわけでもない。彼が自分の形で戦うのなら、イザークは軍の中で護るべき想いを貫いてみせる。 ―――護って護って護り抜いて、戦争を終わらせてみせるさ イザークは、両手をきつく握り締めた。 俺たちは、一体何をしに、この砂漠まで来たのだろう。 砂漠―――。なんて戦い辛いんだ。 結局俺たちは、何も出来ず、何の役にも立たず、足つきもストライクにも逃げられてしまった。まともに戦えもしなかった。 かっこ悪すぎて、胃が痛くなりすぎた。 バルトフェルド隊長は、砂漠の虎と呼ばれているだけあって、この砂地で俺らには出来ない戦いをした。 苦手だと思った上官。俺らと、戦争の行方の話しをした上官。 今は、もういない。上官と一緒にいた女も、もういない。 あまり接点がなかったし、会話っていってもまともに話したのは、あの食堂だけだったから、もういないんだって判っていても現実感が伴わない。 いないっていうことだけが、体の中にストンと落ちて来た。 そして。 答えの出せない問題が、残ってしまった。それを残して、逝ってしまった。 護る戦いの意味。停戦への道、プラントの未来。 考えることは沢山あって、何より勝ちたいと思っていたのに、その基準が判らない。俺ってバカすぎて、今頃気付いた。なんて滑稽なんだろう。 軍から明確に、何を勝ちとするのか言われたことはないけれど。俺たちは、護る戦いをしているんだ。それは勝つこととイコールなんだろうか。 判んねぇよな。判んねぇよ。でも、俺たちは戦うんだ。 判んねぇことを判りたいと思うのも、俺らの戦いの形だから。 |