スリッピングダウン・ライフ   (訳) 中野 恵津子

主人公は高校生、小太りで、地味な女の子。母親は彼女を出産するときに亡くなり、教師の父親と二人 暮らし。そんな冴えない女の子が、ある夜たまたま聴いていたラジオに出演している地元のロック歌手に 恋をした。彼はクールな印象で、いつかスターになってレコードを出す日を夢見ている。 友だちを誘い、さっそく彼のライブを見に行く。そんな接点のないはずの二人が、あることをきっかけに 運命を交差させることになった。

<すみメモ>
ティーンエイジャーが主人公ということで、甘めのストーリーを期待したら大間違い。 タイラーの用意した運命はとても過酷で、少女は大人になることを強要されます。 苦みの利いた青春物語をご堪能ください。
 
時計を巻きにきた少女   (訳) 中野 恵津子

三ヶ月前に死んだ夫は家中の時計のネジを巻いて歩いていた、少しずつ時間をずらし、家中の時計が同時に 同じ時を告げるように……。未亡人となったエマーソン夫人は不安と喪失感で押し潰されそうだった。 だが、お嬢様育ちの我儘な性格が災いし、従業員とも、子供たちとはうまくいっていなかった。 そんな時、ひょんなことから、ある少女に出会い、少女は雑用係として、エマーソン夫人のもとでアルバイ トをすることになる。バラバラになった家族をまとめてもらうことを、いつの間にか少女に望むエマーソン 夫人だったが。

<すみメモ>
タイラーにしては、辛みを抜いたストーリーで、淡々と話が進んでいきます。 すでに何作か読んだ方には、少し物足りなく感じるかもしれません。
 
夢見た旅   (訳) 藤本 和子

いつかは夫を捨て、生活を捨て、どこかに旅立ちたい。特別に、なにが嫌とは言えないけど。 そんなことを考えていた主婦が銀行で、自分を見失いかけた青年と出会う。青年は銀行強盗、主婦は 人質として車に乗せられ、連れて行かれる。二人だけの逃避行には、やがて青年の子供を妊娠した 少女も加わり、三人は予想外な人間関係をつくることになる。

<すみメモ>
これぞ、アン・タイラー的な作品。家族がありながら、家族から逃げ出すことを夢みる主婦。 未成熟で、足もともおぼつかない青年。登場人物といい、苦みを含んだストーリーといい、ラストといい、 アン・タイラーってどんな作家? と訊かれたとき、紹介したくなる作品のひとつです。
 
モーガンさんの街角   (訳) 中野 恵津子

初老に近い中年男性、モーガンさんは奥さんの親のおかげでチェーン店の金物屋の店主に収まり、いつも 店に立っていなくていいほど気楽な身分。奥さんは理解があり、不満のない生活。それでも、モーガンさん は身の置き場が見つけられないのか、ぎょっとするような変装をして街を彷徨い歩く。 そんなある日出会ったのは、人形芝居をする若夫婦。夫はハンサムでプライドが高く、若奥さんはやさしく て美人。モーガンさんは若奥さんに恋をした。

<すみメモ>
タイラー作品には、ちょっと変な人が多数登場しますが、モーガンさんはその極みですね。 最後までモーガンさんに共感できなかった、なんて感想もたまに目にしますが、何歳になっても 大人になりきれない男性っていますよね? みっともないと目を逸らすのは簡単ですが、その哀しみは 理解できないほど遠くはないはずです。
 
ここがホームシック・レストラン   (訳) 中野 恵津子

「子供たちにはがっかりさせられてばかり…」「友達のところみたいな母さんだったらよかったのに…」 「どうして弟ばかり皆に好かれるんだろう…」。家族だから分かりあえることもあるけれど、ため息つき たくなることもある。レストランでレジ係をして家族を支える母は怒りっぽく、長男は問題児、弟は引っ込 み思案、なにかと豪快なことをやらかす長女。問題を抱え、反発しあい、家族はなかなかしっくりいかない。そこに、家を 出ていった父親まで現れて……。

<すみメモ>
逃げ出したいけど、逃げ出せないし、どこかで逃げ出したくないとも思っている。 アン・タイラーらしい家族の物語です。どこかで折り合いをつければうまくいくかもしれないのに、 それが簡単に出来ないから生きるのは難しい。だからって、すべてを捨てて、一人で生きるわけにもいか ない。このジレンマは共感しやすいのではないでしょうか。
 
アクシデンタル・ツーリスト   (訳) 田口 俊樹

「アクシデンタル・ツーリスト」というビジネスマン向けの実用一点張り、面白味のない旅行ガイドの本を 書いている男性が主人公。彼もまた、本に負けず劣らずの実用性一点張り男。なにかをする前には計画を 立て、無駄をなくす手順を見つけなくては気が済まない。そんな彼には、学生時代からつきあい、結婚して 二十年もたつ奥さんがいる。奥さんは彼を感情の乏しい、冷たい男だと思っているが、それでも子供がいる うちは、まだ心がつながっていた。そんな夫婦が子供を亡くし、心が離れ、別々の生活を始めたが、彼の前 に、機関銃のようにしゃべりまくる犬の女性調教師が現れて……。

<すみメモ>
悲しみを表に出さず、心にくすぶらせつづける男の心理描写が秀逸、胸にしみます。 他の登場人物も、少しずつみんな曲者で、それぞれが人間味に溢れています。アン・タイラー作品のなか でも、傑作中の傑作と呼び声の高い作品。珍しく、ラストにはっきりとした結論が出ています。
 
ブリージング・レッスン   (訳) 中野 恵津子

老年に近づいても、マギーは離婚した息子夫婦のことが気になって落ち着かない。夫のアイラは無口で、 マギーのお節介につきあいながらも、気に入らない様子。だが、息子も、息子の元嫁も、まだ互いに未練 が残っているようで、ちょっとしたきっかけで仲直りしそうな雰囲気。二人のために、東奔西走するマギ ーだが。

<すみメモ>
お節介焼きおばさんマギーに嫌悪を感じるかたが多いようなので、最初に読むアン・タイラーとして は、お勧めできないかもしれません。ただ、自分が娘、息子であるうちは、母親のことがただ煩わしいば かりなのに、自分が母親になると、娘、息子のことが気になってしかたなく、世話を焼かずにはいられな い、そして結果としては嫌われる、これはとても悲しいことだなと痛感させられる作品です。
 
もしかして聖人   (訳) 中野 恵津子

脳天気と言ってもいいほど明るい平和な家族。結婚をして子供をどんどん作っている姉、 婚約者を連れてきた兄、ハンサムでスポーツも勉強もそこそこできる弟には学校一の美しいガールフレンド。 だが、家庭の平和は家族の一人が死ぬことで崩れていく。そこに新興宗教まで加わって……。

<すみメモ>
タイラー作品には珍しく、人生の一時を切りとったものではなく、長い時間をかけて、家族の姿を追って いる作品です。そのためか、やや流れが鈍重になり、タイラーっぽくないなと感じられるかもしれません。 家族をなくした喪失感を『アクシデンタル・ツーリスト』以上に掘り下げて描いた作品ではありますが。
 
歳月の梯子   (訳) 中野 恵津子

家族にとって、自分が本当に必要な存在なのか。大切に思われているのか。いてあたりまえの便利な道具だ と思われているのではないか。そんな想いにとらわれていた主婦が、なんの決意もなく、ぼんやりと旅だっ て、別の街で暮らしはじめた。新しい仕事、新しい人間関係、主婦はそこに新しい人生を築きはじめる。

<すみメモ>
『夢見た旅』とともに、私たちがもっともアン・タイラーらしいと感じる作品です。家から出ていくことを 夢想している主婦、突然、彼女がいなくなったことに戸惑う家族。この作品で、ラストに納得がいかなかっ たら、あなたはアン・タイラーを読むにはまだ早すぎたということになると思います。何年後かに、再読を お勧めします。
 
パッチワーク・プラネット   (訳) 中野 恵津子

ゲイトリン一族は皆、一生の間に一度だけ天使に会って幸せをつかむ。そのため、一族のものは皆、 人生の成功者。だが、一人だけ天使に出会えない男がいた。バーナビー・ゲイリントン、30歳、 バツイチ、娘が一人。仕事もさえない便利屋、契約した老人の家を回って、老人が出来ない家内の雑事を かわりにやってあげる仕事。やることなすこと冴えないし、なんだか誤解をされやすい。 そんなバーナビーが素敵な女性と出会い、ある出来事に巻き込まれ……。

<すみメモ>
いつもの辛口が息をひそめ、ハートフルなやさしさにあふれる作品です。自分をダメ人間だと思いこ んでいる一人の男の人生を通して、あなたにもほんわりとした希望が見えてくるかもしれません。
 
あのころ、私たちはおとなだった   (訳) 中野 恵津子

19才のレベッカは少し内気で太めだけれど、大学ではリー将軍についての新しい説をとなえて教授に期待され、幼なじみの青年と 仲むつまじく、結婚まで行くかと思われていた。ところが友だちのパーティで三十代の男性と出会い、わずかな交際期間で結婚し、 大学を辞めてしまった。その男性には前妻が置いていった3人の娘がいるというのに。そして時は流れ、レベッカは今、53才。夫は 結婚して6年で亡くなってしまい、そのあとは3人の義理の娘と自分が産んだ娘の4人を育てたが、手が放れた今は孫までいる。これで 人生の終盤に向かうのかと思ったその時、レベッカは夢を見た。いないはずの息子と汽車で旅をする不思議な夢。それは、レベッカが 手に入れるはずだったもうひとつの人生なのか。

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結婚のアマチュア   (訳) 中野 恵津子

1941年12月、マイケル・アントンが母親と二人で営む食料品店に、数人の女の子たちが駆け込んできた。怪我をした娘を助け、連れてきたらしい。その娘は入隊パレードを見ようとして、走っている路面電車から飛び降りてしまったようだ。その娘の名前はポーリーン、赤いコートを着て、スタイルが良く、ダークブロンドの髪に瞳はパンジーの青紫。マイケルは一目見るなり、ポーリーンを好きになってしまった。その後、ポーリーンの勘違いから、マイケルは行くつもりのなかった戦争に行くことになり、怪我をして戻ってくると、ポーリーンと結婚した。

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いつわりの家族   (訳) 宮本 美智子

チップス&ヘンダーソン編『ラヴ・ストーリーズU』に収録された作品です。
原題は”The Artificial Family”
トビィが結婚を決意した相手は、サマンサという連れ子のいる、 バツイチの女性メアリー。両親の反対もなんのその、三人で幸せな家族になろうと心に決めたトビィでし たが、前の結婚で、子供を連れてあっさりと夫を捨ててしまったメアリーの過去の行動が気にかかる。

<すみメモ>
短編のため、いつもの細かな事実を追った心理描写が少なくなり、辛さだけが残ってしまった感が あります。出来が悪くはないけれど、残酷すぎるかな、というのが正直な感想の作品。