=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「結婚のアマチュア」 アン・タイラー (アメリカ)
<文藝春秋 文庫本> 【Amazon】
1941年12月、マイケル・アントンが母親と二人で営む食料品店に、数人の女の子たちが駆け込んできた。怪我をした娘を助け、連れてきたらしい。その娘は入隊パレードを見ようとして、走っている路面電車から飛び降りてしまったようだ。 その娘の名前はポーリーン、赤いコートを着て、スタイルが良く、ダークブロンドの髪に瞳はパンジーの青紫。マイケルは一目見るなり、ポーリーンを好きになってしまった。その後、ポーリーンの勘違いから、マイケルは行くつもりのなかった戦争に行くことになり、 怪我をして戻ってくると、ポーリーンと結婚した。 | |
アン・タイラーの最新刊です。これまたオススメの仕方が難しいっ(笑) | |
ホントだよね。それでなくともアン・タイラー作品は、これこれこういうお話ですって説明しても、こんな説明じゃだれも読みたくならないだろうな〜と不安になることが多いけど、これは一段と(笑) | |
どこかにいそうな男と、どこかにいそうな女が、ありがちな家庭を作り、それなりにドラマティックな出来事もあるけど、やっぱりそういうのって家庭内ってレベルの話で、まあ、なんだかんだ言っても時は流れ、60年経つって話なの・・・って、これで読みたくなる人いるかな(笑) | |
んでまた、読んだ人が全員気に入るとも思えないしねえ(笑) | |
でもね、私は本を読んでも泣くってことがまずないんだけど、この小説は家で最終章を読んだあとお風呂に入ったら、湯船のなかで涙が止まらなくなって、お風呂から出るまで延々泣いていたの。それぐらい胸に響いた。 | |
人生って思い通りにならないって、アン・タイラーの小説のテーマの一つだと思うけど、これは一人の男性と一人の女性の人生をじっくり追っているから、それがホントに心にしみてくるよね。 | |
これの前の「あのころ、私たちはおとなだった」が悪くはないんだけど、自分的にはいまひとつピンとこないというか、のめりこめないものがあったから、これもまた平凡な夫婦の話ってことで、私にはピンとこないかなあ、なんて不安だったりしたんだけど、これは本当にズキズキ来まくった。 | |
うん、地味だし、あまりにも真摯に現実をとらえすぎているためか、やさしさが足りないとさえ思えてしまうんだけど、これはアン・タイラー作品の集大成といえる作品じゃないかって思ってしまうよね。これはアン・タイラーの独自性や他の作家に真似できない描写やら人物造詣やらがすべて詰まっていたって気がする。 | |
まず、人物描写だよね。人間の二面性や複雑な性格を上手に描写する作家って多くいると思うんだけど、この小説で強く思うのは、ひとつの性格が、受けとる人によってまったく違ってくるというリアルさ。 | |
そうなんだよね。たとえばマイケルの性格は、生真面目、堅実、穏やか。でも、それが見る人によっては、ケチで、面白味がなくて、なにかと内に籠もって感情を隠す冷たい人ということになる。 | |
ポーリーンにしてもそうだよね、ポーリーンの性格は、活気があって明るく、おおらかで、だれに対してもやさしく、愛情深い。でも、見る人によっては、おおらかさは無神経さだし、浪費家ともとられるし、うるさすぎるし、だれにでもやさしいのは、自分以外の人間を十把一絡げでしかとらえない冷たい人ということになる。 | |
二人が合わさると、穏やかだけどちょっと細かいところがありそうな夫と、明るくおおらかな妻という、テレビなんかにもよく出てくるような、典型的な組み合わせの夫婦となるのよね。 | |
二人は互いが違いすぎるってことに時に悩み、時に互いの性格に嫌悪を覚え、どうしてこんな人と結婚したんだろう、もっと自分にふさわしい人がいたんじゃないかと考えるの。そりゃそうだよね、コピーみたいにそっくり自分と同じ人間なんているはずないし、自分の欠けたところにうまく相手がハマって、二人がピッタリ合わさって一つになる、そんな相手がどこかにいるなんてのも幻想。 それぞれが個性を持った人間なんだから、一緒に暮らせば合わないことも多々あるはずだし、私たちの夫婦には合わないところは一つもないって言うなら、それも幻想。 | |
なんかそういう言われ方をすると、夢も希望もなくなっちゃうけど(笑)、逆に、マイケルとポーリーンも、相手の自分にない長所を見つけて、感動したりもすることもたびたびあったんだけどね。長年一緒に暮らしてきても、そういう驚きってあるんだろうな。 | |
でも夫婦喧嘩は日常茶飯事、とどめを刺すようなキツイことを相手に言うシーンも何度も出てきたよね。仲直りもするんだけど。 | |
語られていた愛することをつづけるって難しさは、夫婦の関係だけじゃなかったよね。親子もまた難しい。二人はリンディ、ジョージ、カレンという3人の子供に恵まれるんだけど、やっぱりこういうふうに愛されたいと思うのと、実際の愛され方のズレとかから、仲良し家族とはいかないわけで。 | |
みんなそれぞれ、いろんな思いを抱いて生きてるのよね。それをうまく表に出せるとは限らないし、うまく解決するとも限らなくて。それでも家族としてズルズル引きずられていくような。その絆を断ち切ろうとする子もいたりするんだけど。 | |
ハッピーエンドとまではいかないまでも、いろんな出来事のなかに、もうちょっとホッとするような結末がそれぞれ用意されているんじゃないかな、なんて思ったけど、そうも行かなかったよね。かなりシリアス、というか、超リアル(笑) ホントにもう作り物の世界じゃなくて、現実そのもの、人生そのものなの。 | |
でもさあ、読み終わってみると、やっぱり人それぞれ生きているあいだに、何度も何度も輝くものなんだなと思った。それは特別な成功とか、そういうのじゃなくて、なにげない日常のなかのなにげない会話だったり、さりげない行動だったり、そういう平凡な時の一つ一つのなかには、あとになって思い出すと、眩いばかりの輝きがあったりするの。 | |
読み終わると、60年の歳月を登場人物たちと一緒に暮らしてきたような気持ちになって、いろんな出来事が懐かしくなるよね。他人から見ればたいしたことないかもしれないけど、いろいろあったもの。何度もハッとさせられ、何度もズキッとさせられたし。 | |
登場人物の微妙さも健在だったよね。マイケルにしても、ポーリーンにしても、他の人たちにしても、嫌いになりそうな気もするし、好きになりそうな気もするしで、とても微妙。ただの友達なら仲良くなれそうだし、親友になっちゃうかも、とも思うんだけど、もっと身近な存在になってしまうから、親兄弟に対する気持ちと同じで、その人のすべてが好きってわけにはいかなくなる。 | |
アン・タイラーの登場人物はリアルすぎるからね。たとえば、登場人物の一人が職場にいる自分の嫌いな人にあまりにもそっくりだとか、そういう理由で受けつけられなくなっちゃう読者もいるみたいだし。だから勧めるのがホントに難しいよね。 | |
でもさ、そういう嫌悪だって、薄っぺらな登場人物からは与えてもらえないよ。現実に生きている人たちと同じで、みんな短所は持っていても、自分の人生をよりよいものにしようと一生懸命生きているんだから、わかってあげてって言いたくなっちゃう。 | |
アン・タイラーのファン以外の方にも、とくに女性の方には読んでみてもらいたいよね。こういう現実的なことだけを追った小説だと、みんながみんな好きになるとは思えないし、楽しい気持ちでニッコリ読み終えられるってこともないんだけど、でもやっぱりオススメです。 | |