すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
カズオ・イシグロ 
1954年、長崎生まれ。5歳のとき、海洋学者の父の仕事でイギリスに渡り、永住。
「女たちの遠い夏」で王立文学協会賞、「浮き世の画家」でウィットブレッド賞、「日の名残り」でブッカー賞受賞。
にえ 若いうちに賞を取りまくった純文学系の作家は、その後、何度も方向転換をするという私たちの勝手につくった法則にみごとに当てはまる作家の一人です。
すみ まずは「女たちの遠い夏」と「浮き世の画家」、この2作は日本文学してるよね。
にえ それもチョット昔の、「斜陽」あたりの時代の雰囲気。
すみ 「女たちの遠い夏」では、自分が幸せになるために、日本からイギリスに旅立った女が、子供を犠牲にしてしまう悲しい話。
にえ この本のすごいところは、女主人公の苦い後悔と悲しみが、その女の人生ではなく、他の人の人生を語らせることでみごとに表現しているところ。  
すみ これはもう、鳥肌ものの傑作よね。同じ手法を使って、果たして同じクオリティの作品を書ける作家がいるのか? カズオ・イシグロの類い希なる才能が炸裂してるってかんじ。
にえ 「浮世の画家」では戦後の日本で、見捨てられた画家の人生を徐々につづっていくことで、戦争の悲惨さの裏側を描ききっていたよね。
すみ これまた、やや間接的な表現。間接的な表現をすることによって、かえって伝えたいことをクリアにしていくという、独特の手法。
にえ で、次が、本人も賞取りを意識したと認める「日の名残り」。重さがなくなって、ふんわりとした肌触り。
すみ これは古き良きイギリス。主人公の執事のきまじめさや独特の柔らかいユーモアで、時代にとり残される悲哀を表現してるのよね。
にえ こうしてみると、カズオ・イシグロっていう作家は、時代の流れに犠牲になる者、ついていけずに残されてしまう者の悲哀をテーマに使うのが好きみたいね。
すみ で、「充たされざる者」。これは怪作。
にえ これは言葉の洪水。悪夢よ、悪夢。記憶が消えてる主人公が、会った人になんか言われるたびに、ああそうだったって記憶を蘇らせるんだけど、それがまた支離滅裂でつながりがなくて、ああ、わけわかんない。
すみ 内容もアレだけど、この人は長編より、中編のほうが向いてる作家さんのような気がするんだけどね。凝縮された言葉のなかで鮮やかに表現することにかけては、右に出る者なし、なんだけど。
にえ 本人は、長編が書きたいそうなんだけどね。で、最新刊は「わたしたちが孤児だったころ」。
すみ これはなんと、ミステリ仕立て。時代に翻弄される人々の悲哀を描くってことでは、前に戻ったともいえるけど。
にえ まだなんか、むりに長く書こうとしてるな、と思ってしまうのは、私たちの偏見でしょうか〜。
すみ そして「わたしを離さないで」、これは素晴らしかった〜、読む価値ありだよね。
にえ 女性言葉にした翻訳者の勝利とも言えるよね、とにかく読後には深い余韻が残った。ちょっと心が離れかけたけど、また戻ってきた私たち(笑)
  
「女たちの遠い夏」  <筑摩書房 単行本> 「遠い山なみの光」<早川書房 文庫本>

イギリスに住み、娘の自殺という事態に遭遇した悦子が思い出すのは、一組の親子のたどった道筋。戦後の混乱と幸福を願い、そのために娘を犠牲にする女の生き様が鮮やかに浮かび上がる。カズオ・イシグロの才能に驚かされた傑作中の傑作。他の作家ではたどりつけない純文学の高みを見せつけられ、私たちはひれ伏すのみ。
「浮世の画家」   <中央公論新社 単行本 文庫本>

軍国主義の気運に伴い、時局に便乗してこの世の春を味わった画家である小野は、その過程で自分が知らずに犯してしまった罪の代償を、戦後になって求められることとなる。あまりにも苦い、それだけに胸を打つ作品です。
「日の名残り」   <中央公論新社 単行本 文庫本><早川書房 文庫本>

年老いた執事が短い旅に出る。美しい田園風景の道すがら、長年仕えた先代の主人への敬慕、執事の規範のような亡父、女中頭に寄せた淡い想い、両次大戦間に邸内で催された重要な外交会議といった過去を思い出す。哀愁とそこはかとないユーモアが薫り高く漂う名作です。映画化もされました。
「充たされざる者」 上・下巻  <中央公論新社 単行本>

世界的ピアニスト、ライダーはヨーロッパのとある「町」に降り立つ。「町」は精神的な危機に瀕しており、だれもがライダーに救いを求める。だが、ライダーの記憶は支離滅裂で、人に話しかけられるたびに変わっていく。奇々怪々の怪作というしかない問題作です。短編ならば絶賛した可能性はあるものの、この手法でこの長さはつらい。覚悟があれば、読んでみてください。
「わたしたちが孤児だったころ」 1冊  <早川書房 単行本>

1900年初頭、上海で暮らすイギリス人の家族。アヘン貿易の会社で働く父、アヘン貿易に反対する運動をしている美しい母、隣の日本人少年アキラと親しくつきあう息子クリストファー。危うさを含みながらも幸せに暮らす家族だったが、父が姿を消し、誘拐の捜査がされているうちに、母もまた連れ去られた。一人残されたクリストファーは、母国イギリスで成長し、探偵となった。クリストファーが父母を捜すため、上海に戻ったとき、上海では中国国民党と日本軍の戦火が、世界へ広がっていこうとしていた。難しい状況のなか、クリストファーの両親失踪の謎は解けるのか。
上海とイギリスの近代歴史を踏まえたミステリ仕立て。大きな時代のうねりのなかで、個々人の理想はあまりにも無力だった。上海という大きな波に、砕け散り、あっさりと飲みこまれていく人々の悲哀をせつせつと描き出しています。
 →読んだ時の紹介はこちら。
「わたしを離さないで」 1冊  <早川書房 単行本>

キャシー・Hは31才、あと8ヶ月で、介護人の仕事を12年やってきたことになる。今では介護する「提供者」を自分で選ぶこともできるようになったので、自分と同じヘールシャム出身者を介護することが多い。今ではもうなくなってしまったが、ヘールシャムでは多くの子供たちが育ち、巣立っていった。
 →読んだ時の紹介はこちら。