=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「わたしを離さないで」 カズオ・イシグロ (イギリス)
<早川書房 単行本> 【Amazon】
キャシー・Hは31才、あと8ヶ月で、介護人の仕事を12年やってきたことになる。今では介護する「提供者」を自分で選ぶこともできるようになったので、自分と同じヘールシャム出身者を介護することが多い。 今ではもうなくなってしまったが、ヘールシャムでは多くの子供たちが育ち、巣立っていった。 | |
あらためて見て、え、そんなに、と思ってしまったのだけれど、2001年の「わたしたちが孤児だったころ」から5年ぶりのカズオ・イシグロです。 | |
邦訳されなかったってわけじゃなくて、このペースでしか長編を書いていないってことみたいだね。「日の名残り」の6年後に「充たされざる者」が発表され、その5年後に「私たちが孤児だったころ」、その5年後にこの「わたしを離さないで」が、というペースなの。つまり、とりあえずぜんぶ邦訳はされているということみたい。 | |
なんか寡作な作家って、とくにイギリスに多いような気がするんだけど、気のせいかしら(笑) | |
それはともかく、この「わたしを離さないで」なんだけど、個人的には、カズオ・イシグロという作家をまったく意識せずに作品世界に没頭できて、うれしかったな。 | |
うん、今回はいろんな意味で違ったよね。「女たちの遠い夏(遠い山なみの光)」「浮世の画家」「日の名残り」で、もうこの作家さん、絶対的に好き〜と思い、「充たされざる者」「わたしたちが孤児だったころ」で、ああ、カズオ・イシグロはもう変わってしまったのね、と思い、その流れからいくと、この本では、やっぱり好き、か、やっぱりダメ、になるところだけど。 | |
そうなの、読みはじめてすぐに、そういう流れから意識がはずれちゃったの。まったく初めての作家の小説を読んでいる気持ちで読んで、読み終えて、この作家さん好き〜と思ってしまった。 | |
女性の作家の小説を読んでいるような気がしなかった? | |
うんうん、キャシーという女性によって思い出が語られていくんだけど、その柔らかな口調と、非人間的とも言えるような残酷的な現実のコントラストがすごくって、そのまま女性の話として読んだかも。 | |
思い出話は、キャシーとルースとトミーという、女性2人、男性1人の3人が中心となるお話なんだけど、とくにキャシーの心理描写とルースの言動、この2人の関係性がリアルというかなんというか、とにかく真に迫っていて、女が読んでもゾクリと来るような。 | |
鳥肌ものだったよね。表面的には仲良しグループの中の、とくに仲の良い2人って感じなんだけど、なにげない言葉の遣り取りのなかには仲が良い中での憎しみとか、相手への苛立ちとか、そういうものもタップリ含まれたりしていて、仲が良い状態のまま、心が離れたり、また強く結びついたり。 | |
表面下でうごめく、押したり引いたりの心理戦めいたものやら、自己の葛藤やらが物凄い緊張感を生み出してて、その緊張感が最初から最後まで途切れず、もう一気に読んでしまった。 | |
その女2人の関係に、男1人のトミーも加わり、隠された秘密の数々にもどういうことかと惹かれまくりで、ホントに読みだしたら止まらなかったね。 | |
3人はヘールシャムという、生まれたときからいる全寮制の学校みたいな、卒業するまではその敷地から出ることもない、そういうところで一緒に育っているんだよね。 | |
ルースは女の子の仲良しグループのリーダー的存在なの。自分に注目させるためなら、ちょっとした嘘もついちゃうような子で。 | |
キャシーは真面目で、やんわり人に合わせるタイプのようでいても、じつは芯が強くて自分を曲げない子よね。わりとグッと堪えて腹に溜めこむタイプかな。 | |
ときおり噴出しちゃうけどね。トミーは幼い頃は癇癪持ちで、ちょっとからかわれただけで、やたらとキレる子だったんだよね、そのせいでみんなから虐められてたし、問題児でもあったし。 | |
そんな中で、キャシーだけはトミーの良き理解者なんだよね。だからトミーはキャシーに絶対の信頼を置いていて、かなり高く認めているみたい。 | |
その3人がいるヘールシャムには、学校の教師的な役割をする「保護官」ってのがいるんだよね。これはみんな女性? 性格的にはいろいろいるけど、みんな教育熱心なようだった。 | |
私たちの知っている学校と違うところは、交換切符を使って生徒内の作品が売り買いのようなことをされる「交換会」とか、すぐれた作品を持っていくマダムという存在がいるところとかだよね。 | |
最初に、大人になったキャシーがヘールシャムは特別だ、みたいなことを言っているけど、特別じゃないってのがどういうことかも、先々までわかってこないし、その他もろもろ、学園ドラマのような趣きのある物語に夢中になって、首を傾げて引っかかって前に進めないってことがまったくないながらも、なかなかあかされない謎はタップリだよね。 | |
エンタメ系の学園もののようでも、SFのようでも、ミステリのようでもありながら、しっかりブンガクしてたりもして、読みごたえも読後の満足感も、なにもかも素晴らしく良かった。これはもう大満足だな〜。 | |
カズオ・イシグロが好きな人もそうじゃない人も、初めての人も、とりあえず読んでみてよって小説だったよね。まったく新しい作家さんに出会った喜びのようなものを感じている自分がいたりするのだけれど(笑) もちろんオススメですっ。 | |