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 「夜愁」 上・下 サラ・ウォーターズ (イギリス)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】 (上) (下)
1947年、戦争の爪痕が残るロンドンで、ケイは屋根裏部屋に一人で暮らし、孤独を噛みしめていた。ヘレンは女性作家ジュリアと同棲しながらも、自らの嫉妬心に苦しめられていた。ヘレンとともに結婚相談所で働くヴィヴは不倫をしていることを父親には秘密にしている。ヴィヴの弟ダンカンは、家を出て<ホレイスおじさん>と一緒に暮らしていたが、ホレイスおじさんは実はおじではなく、マンディという名前だった。それぞれの暮らし方、すべては各々の戦争中の経験から始まっていた。
にえ サラ・ウォーターズは「半身」「荊の城」に続いて3作目の邦訳ですが、前の2作と違って、これは戦時中とその直後という時代のお話です。
すみ 「荊の城」もそうだったけど、この作品もブッカー賞最終候補になってるんだよね。最初の「半身」のためか、日本だとミステリ作家に分類されてるって気がしなくもないんだけど、これはイギリスでの認識のされ方とだいぶズレてるっぽいよね。
にえ うんうん。あんまりジャンル分けにこだわってもしょうがないんだけど、「荊の城」だとまだ先がどうなる、どうなるってサスペンス的な要素があって、ミステリ作家と言われても違和感がなかったけど、この作品だともうそういう要素もなくなって、ブッカー賞最終候補、なるほどねえと納得だった。
すみ いちおう、謎が解けるというか、倒叙になってて、先に戦後の登場人物それぞれの現状が語られ、どういうことがあったのかっていう戦時中の話があとにあるから、ミステリ形式ではないとも言いきれないけど、それほど「おお! そういうことか」って感じではなかったもんね。
にえ あとさあ、前2作と違うのは、一人称が語りじゃないことに加えて、群像劇になってるところだよね。誰が主人公とも言いがたいの。
すみ 主要な登場人物はケイ、ヘレン、ヴィヴ、ダンカンかな。この4人にレジーとか、マンディとか、ジュリアとかの登場人物が加わって、戦後はそれぞれの生活をしているんだけど、実は戦時中に意外なところで繋がりがあったりもして。
にえ まず、ケイはスピリチュアル治療師の家の屋根裏部屋を借りて住んでて、37才の女性。お金には困ってないんだけど、孤独で、街をふらつく様子はちょっと異様なの。
すみ ミッキーという女友達はいるけどね。ケイやミッキーは戦時中、救急部隊で働いていたの。爆撃を受けた人たちを病院に搬送していたんだけど、どうやらそこで働いていた女性たちはみんなレズビアンだったような。
にえ ヘレンは結婚相談所で働く32才の女性で、女性ミステリ作家のジュリアと同棲中なんだけど、ジュリアに夢中になり過ぎて、常に嫉妬に苦しんでいるの。
すみ なんだかジュリアは冷ややかで、実際、ヘレンは捨てられてしまいそうだよね。
にえ ヴィヴは26、7才で、ヘレンと働きながらも、自分が不倫をしていることは秘密にしているの。不倫相手のレジーとは戦時中に知り合ったみたいなんだけど。
すみ ヴィヴの弟のダンカンは、戦時中に刑務所に入れられていたみたいなんだよね。今は亡きアレックという男の子と同性愛があったようなことが言われていて、家にはいられないみたい。
にえ 実はみんな、深い理由とか切っ掛けがあって、今の生活をしているのよね。ケイがなぜ孤独なのか、ヘレンがジュリアと知り合い、今のような状況に陥ったのはなぜなのか、ヴィヴはなぜ不倫相手に夢中になってしまっているのか、ダンカンにはなにがあったのか、舞台が戦時中に移り、語られていくんだけど。
すみ 大きな衝撃ってほどではないけど、そういうことだったのか〜って、ズキンとしたり、ハッとしたりする内容だったよね。
にえ 先に結果を知っているだけに、ドキリとさせられる科白も多々あったな。
すみ うん、登場人物は違う意味で言ってるんだけど、それが実はその後に起きることと直結してたりとかしてね。
にえ 「夜愁」っていう造語の、雰囲気のあるタイトルどおりに、まさに「夜」そのもののシットリとした哀愁の漂う内容だったよね。
すみ 戦時中だと、サラ・ウォーターズが前2作で書いたような時代とはまた違う同性愛の辛さがあって、それがものすごく巧みに描き出されていて、なんか納得しやすかったかな。
にえ ただ、あえて一つだけ我儘を言わせてもらえれば、この謎の真相だけは絶対に知りたいと思うような、読む上での推進力はなにかいっこだけでも欲しかったけどね。謎というか、この事象の原因が知りたいとか、この人の過去が知りたいとか、そういう興味の持っていきようのことなんだけど。
すみ うん、まあ、読んでいて感情移入しやすい登場人物というのはいないから、ふーんと思いながら読んでいくようなところはあったかもね。でも、まあ、それにしても良く書けてて、そこのところで惹きつけられるんだけど。
にえ かなり抑制が効いてたね。前2作の濃厚さはなくて、もっとずっと渋めで、おとな〜な感じ。
すみ 戦時中のロンドンのこれまであまり書かれていなかったような情景の描写も多々あったりもしたし、いろんな意味でホントに「夜愁」ってタイトルどおりだったりもして、とにかくサラ・ウォーターズの上手さが際立った小説でしたってことで。
 2007.6.17