すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「荊の城」 上・下 サラ・ウォーターズ (イギリス)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】 (上) (下)
19世紀半ば、ロンドンのラント街、表向きは錠前屋、しかし実際には盗品を買いたたいて転売するイッブズ親方、産んだ子供を持て余した女から赤ん坊を預かり、 引き取り手が見つかれば渡すサクスビー夫人、この二人を父母のようにして育ったスーザン・トリンダーは孤児だった。母親は殺人で吊され、それをかわいそうに思ったサクスビー夫人がスーザンを愛情いっぱいに育ててくれたのだ。 まわりにいるのは淫売や泥棒だらけ、それでもサクスビー夫人のおかげで、スーザンは汚いことには何一つ触れることがなかった。17才になったスーザンのもとに、<紳士>が訪ねてきた。 <紳士>というのは貴族の息子でありながら、放蕩がたたって家を追い出され、詐欺師となった男のことだ。<紳士>はスーザンに、田舎の古い城に閉じ込められた、少し頭の弱い令嬢をたぶらかし、巨万の富を得るために力を貸してほしいという。 スーザンの役目は、その令嬢の侍女となることだった。
エリス・ピーターズ・ヒストリカル・ダガー賞受賞作品/ブッカー賞最終候補作品
すみ さてさて、「半身」でその実力を見せつけてくれたサラ・ウォーターズの2作めの邦訳本です。
にえ ミステリの賞をとりながら、ブッカー賞の最終候補にもなったっていうのが、この小説の凄さを物語っているよね。
すみ そうそう、「半身」でも19世紀のロンドンに暮らす人々、恐ろしい監獄の様子がみごとに描き出されていたけど、こちらはさらにそういう歴史的背景をきっちり描写してあって、唸らされるものがあるよね。
にえ 巻末の解説を読んで納得、これを書くにあたっては、ディケンズを意識してたんだね。ちなみにラント街は、父親が投獄されているときに、ディケンズ少年が住んでいた場所。その頃にディケンズ少年が見たという残忍な公開処刑についても、バッチリ描写されてるの。
すみ スーザンが侍女として働く城の使用人たちの、みみっちい力関係の小競り合いなんかも、ディケンズを彷彿とさせたよね。
にえ ストーリーのほうも、「半身」以上にドキドキを楽しませてくれるし、主人公の一人であるスーザンが蓮っ葉な下町っ子ってこともあって、「半身」よりテンポも良くなってるから、より夢中になってしまうんじゃないかな。
すみ やっぱりサラ・ウォーターズが英国女性ミステリ作家のナンバー1的存在になっていくのかな、もうこの人は期待しちゃって間違いなしっ、と叫びたいところなんだけど、ひとつだけ引っかかるところがあるかな〜。
にえ うん、引っかかるね。「半身」のときから、この方は同性愛者なのかなとは思っていたんだけど、これを読んでもう決定だね。それはべつに構わないんだけど、これから先も同性愛がかならずテーマのひとつに加わっちゃうのかなと思うと、 こっちが慣れそうな気もするし、いいかげんウンザリしてきそうな気もするし・・・。
すみ だよね〜。「半身」のときは必然性があったからいいんだけど、こっちはべつに、単なる親愛の情ぐらいで済ませておいても、ストーリーに支障はなかったんじゃないかなって気がするから、よけい気になってしまった。
にえ でもまあ、次からは、そういうものだと思って読めるから、ウッ、とは思わず、サラッと読めるかも。サラ・ウォーターズだけに(笑)
すみ ・・・。 さてさて、ストーリーのほうなんだけど、今回は、ほぼ同じ年齢の、二人の少女が運命を交差させるの。
にえ 17才前後っていうのは、少女と言うべきか、女性と言うべきか、微妙なところだけどね。現代なら未成年だし、少女でいいと思うけど、19世紀半ばなら、女性と言ったほうがいいかも。ただ、二人とも、ある意味、世間に揉まれてないから、 19世紀半ばの一般的な17才ぐらいの女性より、ちょっとまだ幼さが残るって気はしたけど。
すみ とにかくまあ、一人はスーザン。スーザンは泥棒に囲まれて育ったようなものだけど、その種のツワモノたちからも恐れられているサクスビー夫人の保護のもとで、大事に大事に育てられたから、 ガラが悪いし、悪の手口ってものも知り尽くしたところがあるけど、どこか純粋。
にえ スーザンの母親は、スーザンを産んですぐ、殺人の罪で絞首刑になっているんだよね。スーザンは父親も母親もまったく知らずに育ってるの。
すみ もう一人がモード。モードは人里離れたブライア城で、古書と古版画を蒐集し、それを研究している伯父のもとで暮らしているの。
にえ 伯父は独裁的で、心の冷たい人だよね。モードのことも可愛い姪だから引き取ったっていうより、自分の秘書として使うのに便利だったからって感じで。
すみ モードもまた、父も母も知らずに育っているの。しかも、母親は精神病院に入院中、モードを産んで死んじゃったみたい。
にえ 精神病に対しては間違った認識しかなかった時代だから、殺人犯の娘も、狂人の娘も、同じぐらい忌み嫌われる立場だよね。
すみ とはいえ、一人は令嬢、一人は犯罪も当たり前に思う、字も書けないような最低層の娘。金髪で小柄って容姿はちょっと似てるけど、中身はまったく似てない二人なの。
にえ さてさて、モードを利用して巨万の富を得るため、侍女として使えるようになったスーザン、この二人の運命やいかにってお話だよね。
すみ まあ、読み出しちゃえば、上下巻、一気に読んじゃうでしょう。べつに「半身」読んでない人でも、こっちから読んでぜんぜん問題ないし。
にえ 19世紀のイギリス、ロンドンの下町と、そこから何マイルも離れた田舎にある、閉ざされた古城を舞台としたミステリ、これだけ聞いて期待が膨らんだ方は、その期待を裏切られずに楽しめるんじゃないかな。 濃厚ですっ。