すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「天使が堕ちるとき」 トレイシー・シュヴァリエ (アメリカ→イギリス)  <文芸社 単行本> 【Amazon】
20世紀初頭のロンドン、コールマン家とウォーターハウス家の墓はたまたま隣り合わせに建てられていたが、コールマン家は、ウォーターハウス家の墓の天使の像が気に入らなかったし、ウォーターハウス家は、コールマン家の墓に置かれた大きな壷が気に入らなかった。しかし、両家の娘モードとラヴィニアは、たまたま同じ5才だったこともあり、すぐに意気投合した。墓堀人の息子である少年サイモンも加わって、3人は墓地で遊ぶのが大好きな仲間になった。
にえ 邦訳本はこれで3作め、私たちにとっても3冊めのトレイシー・シュヴァリエです。
すみ この作品は前に読んだ「真珠の耳飾りの少女」と「貴婦人と一角獣」のあいだに発表された作品なんだよね。なぜか飛ばされてしまっていたけど、このたびメデタク読むことができましたっ(笑)
にえ 飛ばされた理由はなんとなくわからないでもないけどね。飛びつきたくなるような絵画のお話じゃないし、歴史に名を残した人の話でもないし、地味といえば地味なの。
すみ わ〜っと感動するお話でもないしね。登場人物たちの生き様を良くも悪くもとれる、考えさせられるお話なの。
にえ でも、地味だからダメってことは決してないからね、私はかなり好き。物語じたいもすごく緻密で、読む満足感もタップリあったし。
すみ うん、私もかなりグッと来た。登場人物の一人一人が丁寧に描き出されていて物語世界にのめりこめるし、なんといっても自分は女性としてどう生きればいいのかとか、そういうことをすっごく考えさせられる作品だったし。
にえ あとさあ、読む前にはサフラジェット(婦人参政権運動家)になった女性を追った話なんだと思ったんだけど、そういうわけではないよね。それほど一人にはスポットが当たってなくて、主人公が複数人ともとれるような、誰か一人主人公に特定するなら、サフラジェットになった女性の娘が主人公のような。
すみ こういう時代に、こういう立場で、こういう性格で生まれてきた、だからこういうふうにしか生きられなかった、って、そういう女性たち複数の生き様を追った小説とも言えるよね。
にえ 時代に翻弄されてしまった母親と、次の世代をしっかりと担っていくであろう娘の成長の物語とも言えるし、正反対の性格の二人の少女の友情の物語とも言えるし、二つの家族の在り方それぞれを追った話とも言えるかな。
すみ ひとつの墓場をめぐる生と死の物語とも言えるよね。時代背景が、ヴィクトリア女王の死から始まって、次の王、エドワード7世の死で終わるというのもちょっと象徴めいていて。
にえ 墓場に始まって墓場に終わるし、喪服に始まって、喪服に終わるんだよね。まあ、それが黒の正式な喪服とは限らないのだけれど。
すみ 二つの家族、コールマン家とウォーターハウス家は、どちらも中流家庭なんだけど、コールマン家はかなり裕福、ウォーターハウス家は決して貧しくはないけど、生活レベルを守のに精一杯って感じなんだよね。
にえ コールマン家の娘モードは見た目はぱっとしないけど、頭がよくて、生真面目で、天文学などの学問に興味のある少女、ウォーターハウス家のラヴィニアは、少女ながらもすでにかなりの美人で、お裁縫などの女性的なことは得意だけど、学問とかそういうことには興味がなく、前時代の女性のように、格式張ったことが好きで、着飾ることが好きで、ちょっとしたことで気絶したりする少女なんだよね。
すみ モードとラヴィニアは正反対の性格でも、互いにしっかりと惹かれ合って、親友になるの。といっても、さすがにここまで性格が違うと、歳月を経るうちにいろんな状態にはなるんだけど。
にえ ラヴィニアの母親は保守的で、母性的な人なのよね。家庭第一の良妻賢母。モードの母親は、美人で賢いんだけど、自分がなにをしたいのかわからず、たえず苛立っていて、不倫をしたり、婦人参政権運動に夢中になったり。
すみ 母親らしく娘のモードの世話を焼くってことがほとんどないんだよね。夫のことも愛していないし。生まれる時代を間違ったって感が強いかな。いつの時代でも、こういう女性は家庭に向かないのかも、ともとれるけど。
にえ コールマン家には、ジェニーというメイドと、ベイカーさんという女性のコックがいて、この二人もけっこう物語に深く関わってくるんだよね。
すみ あとは、墓場で知り合った墓堀人の息子である少年サイモンも、深く関わりを持つことになるのよね。ラヴィニアの妹アイヴィー・メイも、あまりしゃべらないんだけど、存在感はタップリ。
にえ それに、モードとラヴィニア、それぞれの父親とモードの祖母のイーディスだね。このあたりの人物に、外から関わってくる人たちがいて、平凡とも言われそうな二つの中流家庭は、荒波に飲み込まれ、激しく揺れられることになるの。
すみ ホントにしつこいようだけどさあ、だれの生き方が正しいとか間違ってるとか、そういうことは言えなくて、みんな自分が正しいと思っていて、正しいと思うほうに一生懸命生きてるんだよね。でも、一歩離れた読者の眼から見ると、どうなんだろうと考えさせられて。
にえ 家庭とか、夫とか子供とか、個人の生き甲斐とか、なにが大切なんだろうって考えちゃうよね。全部を大切にできるのがベストなんだろうけど、これを読んでいるうちに、やっぱり難しいな〜なんて思ったり。あと、時代背景もすごく生きてて、こういう時代もあったんだと再確認できるよね。
すみ 読み終わっても後引くよね〜。「真珠の耳飾りの少女」や「貴婦人と一角獣」と共通する魅力もあるけど、また違う味わいもたしかにあったな。やっぱりこの作家さん、いいわ。ということで、オススメですっ。
にえ あ、あと、巻頭に登場人物の紹介が入っているんだけど、これが思いっきりネタバレになっちゃってるので、読まないようにしたほうがいいですよってことで。
 2006.12.16