すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ライオンの蜂蜜」 デイヴィッド・グロスマン (イスラエル)  <角川書店 単行本> 【Amazon】
【サムソンとデリラ】 旧約聖書・士師記の第13章から第16章にわたって書かれたサムソンは、ダン族の不妊の女から生まれた神の子であり、ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ使命をもつ男だった。しかしサムソンは、ライオンを素手で引き裂く怪力を持ちながらも、デリラという女性を愛したばかりに奸計に落ち、 ペリシテ人から両の目玉を奪われた。最期には我が身の命と引き換えに、三千のペリシテ人を殺したサムソンとは、何者だったのか。
にえ 新・世界の神話の第2弾、というか、これが4冊めです。私たちにとっては、1冊飛ばしているから3冊めだけど(笑)
すみ でも、前に読んだ「永遠を背負う男」「ペネロピアド」とはちょっと趣向が違うんだよね。
にえ そうなの、そうなの。前の2冊は神話の物語を現代的な新しい物語に書き直した小説だったんだけど、これは小説じゃないし、書き直してもいないんだよね。
すみ ストーリーを追いかけながら、原文を少しずつ検証していっているんだよね。だれもが知っているような有名な物語、しかも、聖書ならではの心理描写も情景描写もほとんどない話をもう一度丹念になぞり、著者なりに正しいと思う解釈をしていくことで、古い神話を新しい目で見られるように導いているって感じなの。とくにサムソンの心理に重点が置かれているんだけど。
にえ 本文が始まる前に、旧約聖書の士師記の第13章から第16章、つまりサムソンの話のところがまるごと載っているんだよね。まずはこれをサラッと一読。それから本文を読むと、該当する文を挙げながら、これはこうですよって書いてあって、え、そうだったっけと驚くこともあるんだよね。
すみ 私がハッとしたのは、デリラがペリシテ人だなんて一言も書いていないってところだな。「サムソンとデリラ」を簡単に説明してある文章をいくつかネットで見たけど、デリラはペリシテ人だと書いてあったりして、実際、サラサラッと読むとペリシテ人だと思ってしまうような書き方をしてあるんだけど、でも、ゆっくりじっくり見てみると、たしかにデリラがペリシテ人だと書いてないんだな〜。
にえ そうなんだよね。もともと、紀元前12世紀末から11世紀の初めにかけて、イスラエルには王はなく、火を使って武器を作ることのできるペリシテ人たちに何度も襲われていて、そんな中で現われた英雄がサムソン。話の流れからすると、サムソンを罠に嵌めるデリラはペリシテ人だと思っちゃうよね。
すみ サムソンはダン族の夫婦にできた子供なんだよね。夫の名はマノア、妻の名前は書いていなくて、ただ、不妊の女だとあるの。
にえ そんなマノアの妻の前に、神が現われ、ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ男の子が産まれるよと告げるんだよね。
すみ 日本の民話でもそうだけど、特別な子供っていうのは、たいがい子供のいない夫婦のもとに生まれるよね。子だくさんの家に生まれたって話はないかも(笑)
にえ この「サムソン」という話、気にしてあらためて読んでみると、不思議に思うところも多いよね。サムソンが最初に好きになったペリシテ人の女性に会いに行く途中、前に殺したライオンを見たら、その死骸に蜂が巣を作って蜂蜜ができていたり。
すみ その蜂蜜がべつに、あとでスーパーアイテムになるってわけでもないんだよね。ただ、蜂蜜があったから食べたってだけしか書かれてなくて。
にえ しかも、女性に会いに行っているのに、蜂蜜を見つけたら、いったん家に帰ってその蜂蜜を両親に食べさせたりしてね。なにかの象徴のような、肝心の文が欠落しているみたいな。
すみ そういったことをひとつずつ細かく、地理的なことも含めて検証していくと、サムソンは書かれている以上に不思議な人って気がしてくるよね。
にえ 簡単に言えば、マザコンで、寂しがり屋で、マゾで、感情優先型なのに意外と詩を読む心があって知的で、最終的には自爆型のテロリスト?
すみ でも、そういう解釈だけなら、これまでだってなかったわけじゃないのよね。この本の良いところは、最後にはそういう表面的な解釈も越えて、サムソンの美点も欠点もすべてひっくるめた、人間としての魅力にまで迫っているところかな。
にえ なんだかジーンと来ちゃうよね。話じたいはペリシテ人を単純に悪ととらえているからこその英雄譚で、ペリシテ人になんの恨みもない私たちが読むと、とてもじゃないけどサムソンが英雄とは思えないんだけど、でも、サムソンの心の葛藤にはジーンと来てしまう。
すみ そうそう、著者は父がポーランド出身、母はイスラエルの人で、中東紛争の渦中のエルサレムに生まれて、今でもエルサレムに住んでいるって方なの。
にえ 放送局で番組製作に携わりながら、作家として作品も発表し、児童書、イスラエル、パレスチナ人についての政治的な本、それに、父親と作家シュルツを意識したホロコースト本も書いていて、この本も、そういう人だからこそ書けたって内容だったよね。
すみ 旧約聖書の中の一話の解釈本ってことで、オススメするのは避けるにしても、けっこうよかったですよってことで。
 2006. 9.20