すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「永遠を背負う男」 ジャネット・ウィンターソン (イギリス)  <角川書店 単行本> 【Amazon】
ギリシア神話のアトラスとヘラクレスの物語をジャネット・ウィンターソンがまったく新しいものとして書いた、渾身の1作。
【アトラスとヘラクレス】 ギリシア神話に登場する、ティタン神族の巨神アトラス。高潔で不屈な彼の精神に、かつて大陸アトランティスの住人たちは忠誠を誓った。しかし神ゼウス対ティタンの激しいオリュンポスでの戦いに敗れると、過酷な罰が与えられた ―未来永劫、そのもてあます巨躯で天空を背負え、と。そして世界の西の果てで、孤独に重荷を支えることになる。唯一の慰めは、彼の目に映る「ヘスペリデスの園」。女神ヘラの宝である黄金のリンゴの木と、守りをする娘たちの姿だ。そんなアトラスのもとを訪れたのはヘラクレス。ゼウスが人間の女に生ませ、幼くして女神ヘラのリンゴを奪う使命を受けた彼は、アトラスに仕事の交換を持ちかける。そしてヘラクレスが天を代わりに背負い、アトラスは黄金のリンゴを取りにゆく……。(「永遠を背負う男」見開きの文章を引用)
にえ はい、お馴染みと言っていいぐらいにはなったかな、のジャネット・ウィンターソンなんですが、これは<新・世界の神話プロジェクト>の1冊です。
すみ <新・世界の神話プロジェクト>というのは、世界中のトップクラスの作家たちによって神話を書き直すという壮大なプロジェクトで、参加するのは32カ国、出版物は世界同時発売される予定なのよね〜。
にえ これはその第1弾として出た3冊のなかの1冊。ジャネット・ウィンターソンが書き直した神話は、ギリシア神話のアトラスとヘラクレスの物語。もとのお話については、上(↑)に書き写させていただきました。さてさて、これをジャネット・ウィンターソンはどう味付けしたのでしょう。
すみ どう味付けしたのでしょうっていうか、ジャネット・ウィンターソンらしい私小説と神話を融合させてしまったのよね。
にえ ジャネット・ウィンターソンがどんな生い立ちだったかっていうのは、自伝的小説「オレンジだけが果物じゃない」を読むとわかるんだけど、「オレンジだけが果物じゃない」の自分のことを書きながらも、どこか肩の抜けたスルッと読めてしまう感触と違って、こちらは書くぞって気合いがビシビシ伝わってくるようだった。
すみ そうそう、小説のなかに何度もキーワードのように「もう一度、物語を語りたい。」って言葉が出てくるんだけど、まさにその意気込みそのものが、読んでるこちらにも迫ってくるような。
にえ 私的にはすごく良かった。でも、他の人が読んだらどうだろうと、ちょっと心配にもなったのよね。というのは、私はギリシア神話をちゃんとした形で読んでないから、このアトラスとヘラクレスのお話も、小説の体裁できちんと読んだのは初めて、だから物語そのものがまず新鮮だった。んでもって、ウィンターソンの邦訳本はこれまで読んできたから、ウィンターソンの生い立ちは知っている。だから、その話が始まったらすぐにわかった。この2つが共通していない人にはどうだろうっていうのが、かなり疑問だったの。
すみ もとの神話をキッチリ把握している方にとっては、この本筋はそのままで現代的な要素をたっぷり取り入れたって書き方は、かなり違和感を覚えそうな気もするよね。ウィンターソンを知らない方が読んだら、どうなんだろう、なんで神話を語っているのに、急に自分の話をしだすんだ、この女はって思っちゃうかなあ。
にえ 私としては、書いてある言葉のもう、ホントに一つ一つに至るまで、すべてがバシッ、バシッと胸に響いてきて、凄い気合い、凄い緊張感、凄いよ、凄いよ、ジャネット・ウィンターソン、ここまで来たのね〜、全身で受けとめるよ〜っ、とそういう感じで読んだのだけど、人に勧めるのはちょっと怖いかも(笑)
すみ 神話とはいえ、「遊園地のアトラクションだ」なんて言葉が出てきたり、宇宙船が出てきちゃったりするのよね。せめてもそういうものだって覚悟はしてから読んだほうがいいかも。
にえ でもでも、ただ古い物語にむりやり新しいものを重ねていって、新しいものを作り出した気になってる、なんて、そんなレベルではないのよ。「さくらんぼの性は」の世界観をさらに壮大にした、無限に広がる宇宙レベルまで広げたような、大きな物語になってるの。
すみ そうそう、デッカイ体の力持ちというと、どうしても「さくらんぼの性は」を思い出しちゃうよね。なんかそれだけでももう嬉しくなってしまう。とくに最後のほうの、あの子が出てきてからが好きだなあ。
にえ ただ、宇宙レベルにまで持っていったことも、どうなんだろう、ダメって言う人も多そうだし、それはそれでわかる気もしちゃったりして。
すみ とにかくまあ、これから読もうと決めた方は、そういう好きになれないかもリスクを覚悟してねってことでいいんじゃないの。
にえ そうだね。あとそうそう、かなり心理描写が細やかだった。「永遠を背負う男」ってタイトルだから、アトラス一人が主人公なのかなと思ったら、アトラスとヘラクレスの両方に同じくらい力が注がれていて、この二人の心理描写がホントに細やかなの。
すみ まあ、考えてみれば、アトラスは動かないからね、アトラス一人に絞っちゃうと厳しいかも(笑) 対照的な二人だから、それぞれの個性が際だつしね。かたや生真面目、かたや女ったらし、かたや動かない、かたや旅から旅へ、などなど。
にえ でも、二人とも神によって果たすべき責を負わされているのは同じだよね。それぞれに、自分が望まないままやらされていることがある。
すみ それを運命と享受するか、自分の生き方を模索しはじめるか。そのへんが、運命に身を任せる原始の人々と、良いのか悪いのか自由意思を手にしてしまった現代人の差だったりするのね。なんかそんなことを考えさせられる内容でもあった。
にえ あと、ジャネット・ウィンターソンの人生を語る場面では、今までになく、シリアスに、本音の辛いところを吐露してるな〜と、ちょっとドキッとしてしまった。ここにもまた語ろうとする気迫を感じたなあ。
すみ 1つだけ気になったことが。けっこうこれ、薄い本なのよ。このぐらいの分量だったら、3作ずつぐらいまとめて1冊にして、全集にしていく、みたいなことはできなかったのかなあ。
にえ う〜ん、そうしてくれるとありがたい気もするけど、同じ神話にテーマをとっているわけでもないし、チョイスできずにひたすら全集を揃えるしかなくなっていくというのは、かえって読者には負担だよ。途中から買わなくなっちゃう人はいても、途中から買う人はいないだろうから、先細りの売れ行きになっちゃうし。
すみ そりゃまあ、そうだね。とにかくまあ、私たちは気に入ったけど、オススメかどうかは保留ってことで。