すみ=「すみ」です。 にえ =「にえ」です。
 「さくらんぼの性は」 ジャネット・ウィンターソン (イギリス)  <白水社 Uブックス> 【Amazon】
17世紀イギリス、口にオレンジを一度に12個も入れることができ、象も吹っ飛ばすことのできる 大女は、本人さえも名前を忘れ、”犬女”と呼ばれていた。だれも近寄ろうとしない孤独のなかで生きて いた犬女は、テムズ川の泥のなかで赤ん坊を拾い、ジョーダンと名づけた。成長したジョーダンは船で旅 立ち、心の中ではもう一つ、謎の踊り子フォーチュナータを捜す旅をする。犬女は家に残り、処刑された 王の仇を討つために、ピューリタンたちに復讐劇を繰り広げる。
にえ これはこういう本が好きな人と限定されるけど、超オススメ。
すみ 幻想的な雰囲気、匂い立つような文章、酔わせてくれるよね。
にえ そして、こういう下手な翻訳家さんでは台無しにされそうな 作品は、岸本佐知子さんがバシッと訳してくれるのだな〜(笑)
すみ 岸本さんがあとがきに「ラブレーなみのホラ話」って書き方を してたでしょ、うまいこと言うな〜と思ったよ。
にえ そうそう、たとえばね、ジョーダンの夢の旅で、12人の姉妹 が出てくるんだけど、その姉妹がスゴイ軽いって話に使われたエピソードは、母親の胎内から出てきてすぐ に空中に浮かび上がり、天上に頭をぶつけるところを、へその緒を引っぱられて助かった。すごっ(笑)
すみ でもさ、普通のホラ話だとそこで終りなんだけど、ウィンター ソンだとさらに、姉妹が髪と髪を結び合わせ、空中宮殿まで行ってしまうのよね。
にえ そう、更にどんどん話は広がって、とりとめがなくなりそうな ものなのに、最後まで読めば、綺麗にまとまったひとつの美しく幻想的で、しかも残酷さを秘めた話として 完全にまとまってる。これはなみの力量じゃできないよ。
すみ 幻想的っていっても、ゆるみ、たるみがないんだよね。背景に 歴史があり、聖書やギリシャ神話からの引用があり、哲学への考察があり、その辺の締まり具合がうまい。
にえ とにかく、現実と幻想、喜劇と悲劇、純愛と殺戮、寓話と哲学、 そういう相反するものの混ぜかたがうまくて、しかも展開のつなげかたがうまいから、なめらかで美しいの よね。
すみ って、あんまりくどくど説明すると、小難しい小説かと敬遠され そうだけど、そんなことはありませんのでご安心を(笑)
にえ 登場人物としては、まず”犬女”。驚くべき巨体と怪力で、 猛然と戦い、人殺しもいとわない女だけど、愛とはなに? 恋愛ってなに?と純粋に悩んでいる一面が あるの。
すみ 大事な息子ジョーダンのこととなると、嫌われたくない ばかりに臆病にさえなってしまうしね。
にえ それに、人生について、世の中について、鋭い指摘をするだ けの知性もあるっていうんだから魅力たっぷり。
すみ 行動は凶暴でも、心の中は純粋で、繊細で、だから読んでて せつなくなってくるよね。
にえ そう、純情なのよね。ジョーダンに行くなと言えない犬女と、 それを薄情だと受けとってしまうジョーダン、二人とも愛にたいして稚拙すぎて、そこがせつなかったな。
すみ 別れたあとのジョーダンのほうは、船旅よりも夢世界のほうが 中心になるのよね。
にえ こっちはぐっと神話的で、童話的。つながった話なのだけど、 いくつものステキな寓話が重なっていくような印象があったよね。
すみ 塔に閉じこめられた少女の話、サムソンとデリラの話、恋を追 放した街に君臨する、僧侶と娼婦の話、などなど次から次に繰りだされる話がどれもこれも素晴らしかった。
にえ 話じたいにも深みがある上に、描写が凄いのよね。
すみ うん、この細やかで、しかもどこまでも膨らませることのできる 想像力は大絶賛に値するね。でっかい脳だ(笑)
にえ 大袈裟すぎると思えるホラ話に驚かされ、興味深い寓話にワク ワクとし、夢中になって読み終わってみると一大叙情詩を読んだような読後感だよね。
すみ えげつなくて残酷で、しかも崇高なまでに美しく濃厚な叙情詩 だね。
にえ とにかく、ものすごい才能の作家さんだ。私としては大発見♪