すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「オレンジだけが果物じゃない」 ジャネット・ウィンターソン (イギリス) <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
孤児だったジャネットを養女にして育てたのは、<迷える魂の会>という狂信的なキリスト教に属する 夫婦だった。夫婦といってもやさしいがおとなしい夫の影は薄く、すべての人を敵と味方に分けて考える 妻が絶対的な決定権を持つ家庭だった。旧約聖書だけがバイブルで、小説といえばシャーロット・ブロンテの 「ジェーン・エア」だけ、つきあう人は<迷える魂の会>の信者に限られ、しかもその会の人たちにまで 行き過ぎていると批判されがちな母だったが、ジャネットを愛し、ジャネットもまたその愛にこたえようと 努力してきた。しかし、世間でも学校でもジャネットは浮いた存在となり、やがて成長したジャネットが女性 しか愛せないことに気づくと、密接な関係にあった母とのあいだにさえ亀裂が入ってしまうこととなった。
にえ ファンにとっては待望の、ジャネット・ウィンターソンのデビュー作の翻訳本です。
すみ デビュー作のうえに、自伝的な作品でもあるから、まずこれを読んでおかないと 他の作品への理解も深まらないんじゃないのってのがあったから、読めて本当に良かったよね。
にえ この方が翻訳してくれたら一番うれしいなあと思ってた岸本佐知子さんの 訳で文章も美しいし、内容も期待を裏切らないものだったから、ホントに大満足。
すみ 期待を裏切らないっていうより、噂が先行してなんだかキワモノっぽい 内容なのかとかってに想像してたのが、誤解だったとわかったって感じじゃない?
にえ そうだね。養父母が狂信者で、本人が同性愛者で、作家になる前はさまざまな 職業を転々としてって、波乱の人生ばかりが強調されてたっていうか、印象に残ってたから、この小説も驚かされ てばかりの突飛な内容だとかってに想像してたけど、違ってたよね。
すみ 事実は変わらないけど、時々のジャネットの心情はやんわりと伝わってくるし、 やさしさに満ちていて、すんなりと心に伝わってくる内容だった。
にえ とくに養母がバケモノのような存在で、ジャネットはそこから逃げ出したんだとばかり 思ってたんだけど、読んだらジャネットの養母への愛情がたっぷり伝わってきて、わかる、わかると思いながら読めたよ。
すみ ジャネットの養母は、でっかくて太った女独裁者みたいな人かと思ってたら、 じつはほっそりとして、けっこう綺麗な人なんだよね。
にえ マリア様の向こうを張ったのか、普通とは違う形で子供がほしいと思ってたところに ジャネットを知り、さっそく養女として育てはじめるの。
すみ もちろん、教育は偏った宗教観からきたもので、狂信の英才教育を受けたジャネットは、 幼くして説教師となるほどの成長ぶりを遂げるのだけどね。
にえ でも、養母は自分が正しいと思ってることをわかりやすくジャネットに伝えようとしてるし、 ジャネットを自慢に思い、愛情も注いでるよね。けっしてスパルタ教育ではないと思ったけど。
すみ 母と娘、二人だけの閉鎖された世界でもなかったしね。ジャネットには年寄りだけど エルシーっていう良き理解者の友だちもできたし、あとから他の友だちとつきあうことも許されてたし、養母はジャネットを 独り占めにしようとするほど心の狭い人でもなかった。
にえ でも、やっぱり変わった教育を受けて、それを正しいと信じこんじゃってるから、 小学校に入ればクラスメートに理解されることもなく、担任教師にかわいがられることもなく、ジャネットは 他の子供にない苦労をさせられちゃうんだけどね。
すみ 何度か、あんたのお母さんはおかしい、みたいなことを他人に言われるんだけど、 どんなときでも、ジャネットが母親は悪くないと言いはるでしょ、なんか読んでて胸につまったな。
にえ やがて女性を好きになって、悪魔呼ばわりされることになるんだけど、 それでもジャネットは養母の悪口を許さないんだよね。
すみ ジャネットがどんどん追いつめられていくなかで、エルシーはあくまでもジャネットを かばおうとしてくれて、ジャネットにとってエルシーはとっても大切な存在なんだけど、それでもやっぱり母を超えることはなかったよね。
にえ 最後は母と仲違いをして、辛く苦しいラストかなと思ったら、意外と救われるような、 肩すかしを食らわされるようなラストで、心地よく読み終えることができて、それも良かった。
すみ なんか意外とあっさりと、愛がすべてを超えちゃったって気もする。そのあっけない 勝利が嬉しかったりもしたし。
にえ でも、途中、途中はけっこうせつなかったね。
すみ 心の叫びをクドクド、せつせつと書かれてたとしたら、読んでてつらいし、疲れちゃっただろうね。 心の叫びのかわりに、ジャネットが創作したアーサー王伝説のエピソードやら、童話的な魔女のお話やらが挿入されてて、それらが間接的に ジャネットの時々の心情を伝えてくれたから、せつないんだけど、読むことに疲れないですんだ。
にえ うん、息が詰まることもなく、ぐんぐん読まされたよね。これはもうオススメ。自伝的とはいえ、 ジャネットの物語というより、母と娘の物語だったから、女性なら共感を持って読めるだろうし。
すみ これを機会に、ジャネット・ウィンターソンのファンが増えるといいな。興味本位でもいいから、手に 取ってみてほしい。どれほど才能のある人か、この1冊でわかると思う。