すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「アガグック物語 極北に生きる」 イヴ・テリオー (カナダ)  <彩流社 単行本> 【Amazon】
1940年代、極寒の広大なツンドラ地帯で、族長ラモークの息子として生まれてきた18才のアガグックは、村を捨て、妻にすると決めた娘イオリークと5匹の犬だけを連れて旅だった。 孤立したトナカイの皮の小屋で、二人は協力し、生活を築き上げていったが、村の妖術師ゴロックが、村に白人の密売人ブラウンが来たことを知らせに訪れ、平穏な暮らしは乱されることになった。
にえ これはちょっと驚いたのだけれど、「カナダの文学1」と書いてあって、え、と思って本のうしろを見れば、同じ<カナダの文学>シリーズの2は、私たちも読んだマーガレット・ローレンス「石の天使」で、これは1998年の4月に出版、番号飛び飛びで、10がマーガレット・アトウッド「寝盗る女」で、これが2002年の4月と9月に出たもの、そしてようやく、このシリーズの1が出たのがこれで、今年の2006年。うひゃ〜。
すみ 巻末解説に翻訳の仕上がりが大幅に遅れたってあったけど、本当に大幅だよね(笑)
にえ でも、「遅れても出してくれて、ありがとう」と言うしかないけどね。これはホントに読んで良かった。
すみ 作品じたいは1958年に書かれたもので、1960年に一度、邦訳出版はされているんだよね。でも、存在すら知らなかった。隠れた名作だね。
にえ 1992年には映画化もされてて、日本未公開だけど、「SHADOW OF THE WOLF」というタイトルで、三船敏郎さんがラモーク役で出演しているんだって。1958年に発表されたものが、1992年に映画化されたりしているってことは、まだ引きつづき消えずに読まれていたということだから、やっぱり世界的にも名作文学ですよと言っていいかも。
すみ 著者のイヴ・テリオーはモンタニェ・インディアンの血を引くアカディア人を父に持ち、ケベック・シティに生まれたって方だそうで、この本に描き出されるイヌイットの生活は本当にリアルだったよね。
にえ 空には飛行機が飛び交い、白人との交流もあり、法律も守るように指導されている、でも、イヌイットは狩猟によるこれまでの生活を守り、村社会の掟はいまだ根強く存在する、そういう白人のもたらす文明社会とイヌイットの昔ながらの暮らしが溶け合うことのないまま、混在している様がありありと伝わってきたよね。
すみ で、この小説の冒頭には、この小説のストーリーは実在した話だ、と前置きがあるんだけど、実際に読んでみると、単にイヌイットの生活がこれ一冊でわかりますって記録的なものじゃなくて、人間の描かれた深みのある物語であり、ミステリ小説のような手に汗握る展開もあり、で、とにかくまず、小説という読物として最高におもしろいんだよね。
にえ そうなの、そうなの、まず、18才の青年アガグックと同じぐらいの年齢の娘イオリークが村を離れ、二人だけの暮らしをはじめるんだけど、この二人の夫婦としての関係の成長が読んでいておもしろかった。
すみ 最初のうちは、イヌイットらしく男尊女卑をつらぬいて、アガグックが泣いているイオリークを殴ってしまったり、言いたいことも言わせなかったりするんだよね。
にえ うん、でも、村で集団生活をしているならともかく、たった二人だけの暮らしだから、協力し、助け合わなくては生きていけない。そのへんで、だんだんと力関係に変化が訪れるの。
すみ それはかつてイヌイットにはなかった新しい夫婦の形だよね。アガグックが悩む姿も感慨深かったけど、イオリークが頼もしくて、読んでいても応援したくなったなあ。
にえ それに加えて、捨ててきたはずの村でアガグックが起こしてしまった殺人事件。白人の密売人ブラウンをころしたことで、村には憲兵が訪れるんだけど、この憲兵と族長ラモークの心理戦がまたおもしろいの。
すみ どうなることかとドキドキしたよね。ラモークは狡賢くて、とりあえず、自分の息子であるアガグックを守るけど、どうなることやらって感じだし、裏切り者も出そうだし、憲兵も直線で攻撃してしまってはイヌイットに対抗できないから、いろいろと曲がりくねって罠を仕掛けようとしたりして。
にえ そのうちに、どんどん事件はややこしくなっていくのよね。このへんはもう一級品のミステリの味わいだった。
すみ 人間関係もおもしろいよね。狡猾なラモークの後ろ盾で、どうにか立場を守れている妖術師のゴロックとか、裏切りそうな村の男アヤリックとか、離れて暮らしながらも、そいつらがいるかぎりは気が抜けないアガグックとか、そういうイヌイットの人間関係が見えてくるの。
にえ そういうミステリ的な要素もありつつも、アザラシ猟とか、熊との戦いとか、白い狼との戦いとか、そういった骨太な自然との戦いのシーンも多くあって、魅了されるのよね。あと、一年を通した暮らしぶりとかもわかってくるし、住まいがトナカイの皮の小屋になったり、イグルーって雪小屋になったりするのとか、そういう流れもわかってくるし。
すみ 白人との静かな戦いもあるよね。銃とか弾とか、そういったものを手に入れるためには、交易所で毛皮と物々交換しなくてはいけないんだけど、白人は決してイヌイットに親切ではなくて。
にえ ただ、イヌイットが善で、白人が悪、白人に虐げられるイヌイットに同情してくださいって、そういう話ではないんだよね。そういう偏りはなくて、良いことも悪いことも残らずさらけだします、さあ、どうぞって内容だから、こちらは著者の意志とか意識せず、ひたすら物語にのめりこめるし、読んだあとで、自由に考える余地があるし。
すみ 同じエスキモーの中でも、上下関係というか、北に暮らす部族を尊敬し、南に暮らす部族を蔑み、みたいな差別意識みたいなものもあって、そういうこともあますことなく語り尽くされていたよね。こういう暮らしが続けられなくなってきている、イヌイットたちの気持ちの変化も垣間見えてきたし。
にえ これはホントに、目立たないかもしれないけど、良い本だった。ちょっとでも興味があったら、読みはじめたら止まらないはずだから、ぜひぜひっ。
すみ うん、これはオススメだよね。やっぱりこういう小説を気軽に読めてしまうのが翻訳本のいいところじゃありませんかってことで。