すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「寝盗る女」 上・下  マーガレット・アトウッド (カナダ)  <彩流社 単行本> 【Amazon】  (上) 〈下〉
トニー、カリス、ロズの3人の女性は、レバノンでテロに巻き込まれて死んだというズィーニアの追悼式に出席した。 ズィーニアを悼むつもりはさらさらないが、本当に死んだことをどうしても確かめたかったのだ。3人はそれぞれ、 ズィーニアに夫を奪われた経験がある。うまく取り入って、目の前で夫をかっさらう、ズィーニアの手口はいつも 狡猾で鮮やかだった。ズィーニアの遺灰が入っているという密閉した金属の容器は埋められた。しかし、その中には 本当に、ズィーニアの遺灰が入っているのだろうか。簡単に死ぬような女ではなかった。あのズィーニアは……。
にえ ブッカー賞受賞作品の翻訳が待たれるマーガレット・アトウッドの、 徹底した悪女を書ききった問題作「寝盗る女」です。
すみ おもしろかったよね〜。けっこうじっくり書かれてる小説だから、 長編苦手な人にはオススメできないんだろうけど、長編好きの女性なら、ぜひともオススメしたいな。
にえ そうだね、男性はアホでか弱く純情で、女性は強く賢く個性的に書かれているから、 女性が読んだほうが快感度は高いかもね。
すみ まず、なんといってもズィーニアがいいのよね。なんでここまでやるのって ぐらいの、徹底した悪女、しかも本格的に謎の女。
にえ ズィーニアはまず、ターゲットの女性の急所を確実に探り当て、うまく突いて 取り入るのよね。取り入られた女はみんな、ズィーニアは私だけを信用してくれる、ズィーニアを本当に理解できる のは私だけだって思いこんじゃうの。
すみ ズィーニアは本当に魅力的。ずば抜けて美しくて賢くて、辛辣で楽しくて、 でも、じつはドラマティックなばかりに不幸な生い立ちの女性なの。そんな女性があなたの自尊心をくすぐるようなことを言い、 あなただけはって身の上話をしてくれる。これはもう逃れられないでしょ。
にえ しかも、じっくり時間をかけて、ゆっくりと、でも確実にこちらの心を支配してくるしね。
すみ で、信用しきっていると、いつのまにやら夫は奪われ、時には金まで奪われて、 ズィーニアは去っていく。ひとりぼっちになったあなたは、そこでやっとズィーニアの言ったことはみんな嘘だったと わかるわけだ。
にえ 読んでてもさあ、なんでこういう酷いことをするのか、さっぱりわからないし、 本当にやることなすこと卑劣で、汚い女なんだけど、それでもなんか、ズィーニアに憧れて、しかも本当は可哀想な女性なん じゃないだろうかとか思ってしまって、憎みきれなかったりするよね。
すみ でも、やってることは徹底した悪。立ち直れないぐらい人を傷つけ、 それを心の底から楽しんでるみたいだし。ゆすりもたかりもなんでもござれで、思いやりのひとかけらもないし。
にえ それでも読者までペテンにかけ、魅了しちゃうんだから、ほんっとに悪女だよね。この悪女は 人を踏みつぶして楽しむためなら、整形もするし、病人にもなるし、けがもする、経歴も変えるし、せこいことも、大胆なことも、とにかくなんでもやります。
すみ トニー、カリス、ロズの3人は、ズィーニアとは大学の同級生だったのよね。 大学時代にズィーニアとつきあいがあったのはトニーだけなんだけど。
にえ 3人とも、騙されてもしょうがないやっておバカな女性じゃなくて、 辛い過去を乗り越えて、絶対的な個性を身につけた魅力的な女性なんだけどね。
すみ でも、せっかく乗り越えた過去も、やっと芽生えた自尊心も、ズィーニアにうまく利用され、 食い物にされちゃうんだけど。
にえ 一人ずつだと、同じ女性なら思わず応援したくなるような、じゅうぶんに 素敵な女性たちなんだけど、ズィーニアの強烈な個性の前に立つとかすんでしまうのよね。文章だけで、 そういう視覚的、雰囲気的な鮮やかさを描ききってしまうんだから、やっぱりアトウッドってすごい。
すみ トニーはとても小柄な女性。左利きだったことで不遇だった学生時代を克服し、 男性が研究するべきだと思われている戦争の歴史を研究してる学者なんだけど、母親に愛されず、捨てられたことが、 ずっとトラウマになってるの。
にえ そういう彼女の半生じたいが、ズィーニアにとっては餌にすぎないのよね。 トニーの夫ウエストは、ズィーニアに二度も捨てられちゃったし、夫婦してやられ放題だよ。
すみ カリスは親に捨てられた上、引き取られた先の叔父の性欲の対象にもされてって本当に不幸な生い立ち。 祖母の神秘の力を受け継いでるのだけど、それもみんなの羨望の対象にはならないかもね。
にえ カリスは本土に近い島に家を持って暮らしてるんだけど、ニワトリを飼い、自家製の 野菜を食べて、ヨガをやって、占いを信じて、なによりも神秘の力を絶対視してて。そういう人ってカルトじみてて理解され づらいから、わかりあえる人と出会えた喜びは格別だろうね。
すみ 不幸な生い立ちと理解されない孤独、その二つともがズィーニアの付け入る隙になってしまったのね。 カリスの徹底した善意も、ズィーニアには通用しなかった。カリスは妊娠中に、夫を連れ去らちゃうの。
にえ ロズは会社を経営する金持ちの女性。道化のように振る舞い、明るく愉快な人になることで、 容姿のコンプレックスや、父親が一家にもたらした金の出所がわからないという不安を吹き飛ばし、強く生きようとしている、見た目に よらず冷静で賢い前向きな女性。
すみ それはまたそれで弱さの裏返しだったりもして、ズィーニアにつけこまれてしまうのよね。
にえ ロズの夫だったミッチは、とにかくハンサムで、魅力的な男性。本当に女性を愛したことがないのか、 軽い浮気を繰り返すヤサ男なんだけど、ズィーニアが相手ではね。
すみ んでもって、3人は同じ経験を持つ者どうしとしてタッグを組み、最終的には ズィーニアと対決することになるんだけど、あまりにも個性が違う3人だから、どっか線引きあってるところもあったりして、 それがまた女性独特だな〜っておもしろさにつながってた。
にえ けっこう上巻では焦らされまくった感もあったけど、それはそれでおもしろかったし、 ストーリー以上に奥行きもあって、アトウッドってすごい作家さんなんだなと心底思いました。
すみ 駆け足のジェットコースター小説ではなく、じっくり読ませてくれる小説で、 しかも題材は徹底した悪女。ラストは心地よかったのでご安心を。興味がある方はぜひ。