すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ブロークバック・マウンテン」 アニー・プルー (アメリカ)  <集英社 文庫本> 【Amazon】
イニス・デルマーは、ワイオミング州の端、南西部のセージの町の近くで生まれた。牧場を経営していた両親は牧場を二重抵当にかけたすえ、現金をたった24ドルだけ残して死んでいった。イニスは高校を中退し、雇ってもらえる牧場を点々としていた。 ジャック・ツイストはワイオミング州の反対の端、北東部のライトニング・フラットで小さく貧しい牧場主の息子として生まれた。イニスと同じように高校を中退し、牧場を点々としていた。 1963年、二人はブロークバック・マウンテンでの羊番とベース・キャンプの管理人としてそれぞれ雇われ、出会うことになった。
翻訳者・米塚真治さんからの修正とご案内
にえ これは、話題の映画の原作であり、「シッピング・ニュース」や「オールド・エース」の著者であるアニー・プルーの短編小説です。
すみ 短編小説1編で文庫本なんて、映画化されてなかったら、こんな形で読むことはなかっただろうね。ちなみに文庫本は、400円で、厚めの紙です。
にえ 短編1編だけ読むって、なんとなくちょっと抵抗があったんだけど、薄くても、読んだらズシンと重かった。やっぱりアニー・プルーはいいわ〜。
すみ うん、ズシーンと余韻があって、それがしばらく続いたよね。これだったら、短編集の中の1作として読むより、かえってよかったかもしれない。
にえ 映画のほうがアメリカでいろいろと物議をかもしだしているそうで、話題になっているからご存じの方も多いと思うけど、これは二人のカウボーイのお話。
すみ 主人公はあくまでもその一人、イニスのほうだよね。もう一人は、ジャック。で、物議をかもしだしているのは、その二人のカウボーイの同性愛ってところでしょ。
にえ 私も最初に知ったときは、え〜、カウボーイの同性愛……って退いちゃったし、読むまでは、う〜ん、アニー・プルーじゃなかったら読む気になれなかっただろうな〜と思ってたんだけど、まあ、そう言わずに読んでみてくださいよと今は言いたいな。そういうんじゃないの、すごく良いの。ホントにホントに。
すみ ワイオミング州の両端でそれぞれ生まれたイニスとジャックは、とても似た二人なんだよね。同じように小さく貧しい牧場で生まれ、同じように高校を中退して、雇ってもらえる牧場を点々として、で、ブロークバック・マウンテンでの仕事で出会うことになるの。
にえ そのときに、そういう関係になるわけだけど、二人は同性愛者というのとはまたちょっと違うのよね。イニスはこれまで女性しか愛してこなかったし、婚約者がいるし、ジャックも同じように、女性にしか興味がなかったの。
すみ それが、山に籠もって、二人きりになったことで、成り行きみたいにそういう関係になってしまうのよね。
にえ 物語は、それからの二人の半生を追うことになるんだけど、う〜ん、なんていうかな、私は同性愛の愛がテーマの小説とは思わなかった。
すみ でも、愛はあるよね。二人はそれぞれ結婚し、それぞれに家庭を築くけど、会うことはやめられなくて。年に1度とか、2度とかだけど。
にえ まずね、カウボーイなのよ、二人は。とくにイニスはね。
すみ 昔ながらのカウボーイは「オールド・エース」にも出てきたよね。イニスとは真逆で、財産があって周囲にも尊敬され、地域にしっかり根づいていたけど。
にえ カウボーイって結局は、歴史の中の通過点でしかない存在なんだよね。アメリカではインディアンが暮らした時代が長くあって、そこには深い歴史があり、築いてきた文化があり。そこへ白人たちがやって来て、牛や馬を飼ってカウボーイがもてはやされた時代があったけど、すぐに新しい時代を迎えて。
すみ イニスの家も牧場の経営が立ちゆかなくなってしまっていたけど、イニスの行く先々でも、牧場はどんどん閉鎖され、売り渡されていってたよね。
にえ そんな中で、まだイニスはカウボーイなの。イニスの下着も履かないワイルドさは、ちょっと前なら格好良さだったかもしれないけど、今となっては時代遅れというか、時代に取り残された存在というか。
すみ イニスはあくまでもカウボーイにこだわっていたけどね。カウボーイとしての仕事だけをして、カウボーイの歌をうたい、カウボーイスタイルを守り……。それでモテやはされることもなく、暮らしが楽になるはずもないんだけど。
にえ イニスはカウボーイとしては、世の中に合わない古さなの。で、ジャックとの同性愛については、世の中のほうが古さを引きずってるの。世間的には認知されていっているといっても、やっぱりまだ異常者として疎まれることが多くて。
すみ イニスはカウボーイとしては時代遅れで、古さゆえに世の中から浮いた存在となり、同性愛者としては、世の中が引きずる古さゆえに浮いた存在になっているんだよね。つまりは二重の意味で、世の中に求められていない存在となってしまっているということか。
にえ 「シッピング・ニュース」も「オールド・エース」も、男性主人公が自分の居場所、つまりは居てほしいと思われるような場所を見つける話でもあったわけじゃない。でも、イニスはこの居場所ってものが、この世の中のどこにもないんだよね。探してもムダなの。だから、そんな世の中に居候みたいに置いてもらおうと思ったら、自分が我慢するしかないの。
すみ 居場所があったとしたら、ブロークバック・マウンテンだよね。でも、それもジャックといたあの時だけのもので、これから先も居場所となるわけじゃなくて。思い出して、あそこが自分の居場所だったと思ったとしても、戻ることはできないんだよね。
にえ なんかさあ、生きるってことの重さや苦しさや切なさや、わずかながらの温かさや優しさや、とにかくそういうものが読み終わると、一気に押し寄せてきたよね。それに、これも1つのアメリカだよ、見て見ぬふりしないでって言われているようでもあったし。
すみ 「オールド・エース」が書かれたのは、この作品よりあとになってでしょ。「オールド・エース」では、居場所のあるカウボーイがいて、古くて捨てられるだけのプラスチック製品に価値を見いだす古物商がいて……なんだかこの作品と裏表になっているみたいで、考えさせられてしまうよね。とにかく、すっごく良いので、気が進まなくても読んでください。超オススメですっ。