=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「二十一の短篇」 グレアム・グリーン (イギリス)
<早川書房 epi文庫> 【Amazon】
イギリスを代表する作家であり、20世紀のもっとも偉大な作家の一人でもあるグレアム・グリーン(1904年〜1991年)の短編集。 廃物破壊者たち/特別任務/ブルーフィルム/説明のヒント/ばかしあい/働く人々/能なしのメイリング/弁護側の言い分/エッジウェア通り/アクロス・ザ・ブリッジ/田舎へドライブ/無垢なるもの/地下室/ミスター・リーヴァーのチャンス/弟/即位二十五年記念祭/一日の得/アイ・スパイ/たしかな証拠/第二の死/パーティの終わり | |
これは以前に全集や選集のなかの1冊だった短編集「二十一の短篇」の新訳版です。なんか順番も変えてあるみたいなんだけど。 | |
そうそうたる翻訳家9人がそれぞれ、いくつかずつの短篇を担当して翻訳しているのよね。それが寄せ集めじゃなくて、ぜんぶ新訳、しかも、書く短編ごとに訳者の解説がついているという豪華さなのよね。 | |
作品のうしろじゃなくて前についてるから、読み終えてから戻らなきゃならないんだけどね(笑) | |
グレアム・グリーンは「ある愛書狂の告白」で必死にグレアム・グリーンの本を集める蒐集家と、そういう蒐集家が先々あらわれることを想定して、翻弄してやろうとしていたらしきグレアム・グリーンの足跡、その知的な攻防がおもしろくて、読みたくなってたのよね。 | |
だけどさあ、最初の短篇「廃物破壊者たち」を読んだときは、もう止めちゃおうかと思ったよ。ああいう自分の生活を守るという小さな幸せを大切にしている人から、理由もなしにその小さな幸せを奪い、踏みにじるっていうのは架空の物語だろうがなんだろうが赦せない。そういうのを笑って読める人間になんてなりたくな〜いっていうか、もう、キーッとなっちゃう。 | |
私もダメ。残酷すぎるよね。こういうのを楽しめる人の気持ちは一生かかっても理解できないとあらためて思った。でも、2つめからはそういう話じゃなくて、存分に楽しめたよね。 | |
うん、どれもさすがとしか言いようのない切れ味の良さだったね。大戦下の国内の話も多くて、独特の雰囲気が漂っていたり、かなり皮肉を効かせてあったりして、こういうのは実体験がないと書けないよな〜と読んで有り難い気持ちがしたし。 | |
こういう短編集って初めて読むのにもいいし、楽しめるし、いいよね。ということで、私たちとしては、「廃物破壊者たち」を除いてオススメってことで。 | |
<廃物破壊者たち>
不良少年集団ワームズリー・コモン団のリーダーは、いちばんの新参者トレヴァーになった。トレヴァーは自分のことをTと呼ばせた。Tは彼らがいつも集まる駐車場の近くに住んでいる、「貧乏じいさん」と呼んでいるトマスの家を解体してしまうことを計画した。 | |
やりきれませ〜ん。 | |
<特別任務>
フェラーロ&スミス商会を経営するウイリアム・フェラーロは、妻とは同じ屋敷の中にいてもまったく別の生活をしていた。妻にはイエズス会かドミニコ会の神父が常に住み込みで付き添っている。そしてフェラーロ氏のほうは金で雇った他人に指示して教会へ行かせ、面償を受けていた。 | |
なんでもキッチリ管理するフェラーロ氏は、自分の魂の救済まで金を払ってキッチリ管理。皮肉な結末にニヤリとするお話。 | |
<ブルーフィルム>
旅行中のカーター夫妻はやることもなく困っていた。悩んだあげくに行った先は、こっそりブルーフィルムを見せてくれる小屋だった。ところがその古い映画に出ていたのは・・・。 | |
倦怠期のど真ん中のような夫婦、旅先で見たブルーフィルム、意外にも顔を出す純愛。苦味も酸味もその他もろもろも混じり合って、いい味の出たお話だった。 | |
<説明のヒント>
12月の末の夜、汽車で同室だった男は敬虔なローマカトリック信者だった。彼は子供時代に知り合いだったパン屋の話をした。そのパン屋は宗教を信じず、教会の聖別されたパンと自分が焼いたパンに違いがないことを証明したがっていた。 | |
聖別したパンに固執するパン屋、パン屋に利用されそうになる子供。子供の緊張感がビリビリと伝わってくるお話だった。意外と切なかったりもして。 | |
<ばかしあい>
薬剤師とオックスフォード大学の文学士フェニック氏とその姪は、大戦下の状況を利用して、これさえ受ければオックスフォード大学の卒業証書がもらえるかのように装った通信教育で一儲けしようとしていた。その通信教育を応募してきたなかには、ドライヴァーという貴族の息子も混じっていたが・・・。 | |
これは詐欺師vs詐欺師みたいなお話なんだけど、たいした罪もないような瞞し合いで、予想通りの結末であっても微笑ましかった。 | |
<働く人々>
激しい空襲が繰り返される最中のロンドンで、役所に勤めるリチャード・スケイトは今日の会議の議題が見つからずに困っていた。どうせどんな議題でも、気楽に話し合ってそれで終わりなのだが、ともかく給料が欲しかったら、仕事をしているふりだけはしなくてはならない。 | |
大空襲で約3万人の市民が亡くなっていく中、役所ではどうでもいいような会議が繰り返される。皮肉の効きまくったお話だった。 | |
<能なしのメイリング>
メイリングの鳴らす腹の音は変わっていた。たとえばオーケストラの演奏を聴いたあとには、腹は正確にその演奏を再現した。 | |
これは短いけど、ものすごくおもしろいアイデアをもとにして書かれた、ものすごくおもしろいお話だった。 | |
<弁護側の言い分>
殺人事件の裁判、事件の夜、被告席にいる男を目撃した人々は多く、すぐに有罪の判決が下されると思われた。ところが、弁護士は意外なことを言いだした。 | |
なんかいくらなんでも無茶な話って気はするけど、おもしろいから、ま、いいか(笑) | |
<エッジウェア通り>
夏の小雨の中、金のないクレイヴンは町はずれの不人気な劇場で行われている、無声映画の上映会に入って、雨宿りをすることにした。ぼんやりとスクリーンを見るクレイヴンに、あとから入ってきた男が声をかけた。 | |
話しかけた男が変なことを言いだし、最後には、え? ああ! ゾゾゾッとなる話。 | |
<アクロス・ザ・ブリッジ>
川の向こうにはアメリカの贅沢な暮らしがある。しかし、百万長者のミスター・キャロウェイはメキシコの貧しいこの町にとどまり、犬を怒鳴りつけながら暮らすしかなかった。 | |
ミスター・キャロウェイはイギリス人で、株主を瞞して大金を得たから、メキシコに隠れ住むしかなくなったの。そしてミスター・キャロウェイはぜんぜんかわいいと思っていない犬がいる。でも、本心はどうなのか。孤独な暮らしの中、たった一人、いえ一匹の相棒なのよね。 | |
<田舎へドライブ>
ベルグソン貿易会社の事務長である父親は厳格で、一家は質素な暮らしを強いられている。夜、娘はそんな家をそっと抜け出し、失業中の男とドライブに出かけた。 | |
本性のよくわからない男の車で出掛けてしまう、危なっかしい娘、どうなるんだろうとハラハラしながら読んでしまった。 | |
<無垢なるもの>
田舎に行きたいとローラに言われ、わたしは彼女を生まれてからの12年を過ごした田舎町に連れていった。 | |
汚らしい救貧院、同じダンス教室に通っていた女の子・・・久しぶりに戻ってきた田舎町で思い出を振り返る、苦いセンチメンタルなお話。 | |
<地下室>
両親が2週間の休暇へ出掛け、新しい育児係が決まっていなかったフィリップは、執事のベインズとその妻の二人だけと屋敷で過ごすことになった。フィリップはベインズが他の女性と会っているところを見てしまう。ベインズは姪だと紹介したが、ベインズ夫人には言わないでくれと口止めしてきた。 | |
フィリップは魅力的な過去を語るベインズは好きだけど、がみがみうるさいベインズ夫人は大嫌い。でも、子供だから秘密を守るって言うことも難しく・・・。フィリップがどうなっちゃうのかとハラハラしてしまった。 | |
<ミスター・リーヴァーのチャンス>
イギリスを出て5週間、ミスター・リーヴァーは新型の油圧式圧砕機を売りつけるために、デヴィッドソンという男を捜して未開の地に踏み込んでいった。しかし、そこは現地の者たちでさえ同行を拒む場所だった。なぜなら・・・。 | |
これはコンラッド「闇の奥」を彷彿とさせるお話、と思ったら、ぜんぜん違った。残酷さと哀愁がいりまじったような印象が強烈に残るお話だった。 | |
<弟>
パリのカフェに、十数人のコミュニストが飛び込んできた。怪我をした男とそれをかばう女、それに、当然のようにただ酒を要求する若者たち、そして、機動憲兵たちが店を取り囲む。 | |
これは映画のワンシーンのよう。そして、書かれていなくても、いつのまにか店主の心の動きに同調してしまう。 | |
<即位二十五年記念祭>
落ちぶれた男娼チャルフォント氏は、五十才になった今でも体形は崩れていなかった。即位記念祭のあいだは外出を控えていたが、久しぶりに出掛けてみることにした。そこで、顔見知りらしき女と出会った。 | |
互いに知り合いかなと思うけれど、記憶は擦れ違ったまま。そこで現在の話をすることにしてみると、娼婦だった女はかなり羽振りのいい様子。苦い後味がなんともいえないお話だった。 | |
<一日の得>
ロビンソンはずっと一人の男のあとをつけていた。その男が飛行機に乗って出掛けることにしたので、ロビンソンも乗るしかなかった。 | |
なぜずっとあとをつけているのか説明がないし、ロビンソンは自分があとをつけている男の名前も知らない様子。読んでいくうちにどんどん不安になっていくようだった。 | |
<アイ・スパイ>
12才のチャーリーはベッドを抜け出し、父親が経営する階下の煙草屋でこっそりタバコを盗むつもりだった。ところが店から父親と、訪ねてきた男たちの交わす会話がきこえてきた。 | |
これはタイトルがとっても効いている短篇。”I,Spy”には、「かくれんぼ」という意味と「わたしはスパイだ」という意味があるそうなんだけど。 | |
<たしかな証拠>
心霊が苦境会の講演会で、元インド駐留軍少佐という肩書きのクラショーという男が講演を行うことになった。神秘体験を語るべきなのに、「わたしの場合は癌です」から語り始めたクラショーの話はとりとめがなく、不可解だった。 | |
これはホラーといっていいのかな、いかにもではあるけど不気味なお話。 | |
<第二の死>
息子が死にかけているから、友人であるぼくに来てほしいと老女が言った。しかし、その友人は前にも死にかけていると大騒ぎしたことがあり、ぼくには信じがたかった。 | |
これはいまひとつ掴みづらい、なんだかよくわからないお話だった。理解しがたいのは宗教的な話だったからなのかな。 | |
<パーティの終わり>
ピーターの双子の弟フランシスは、ヘンファルコンさんの開く子どもパーティに行きたくなかった。暗闇でやるかくれんぼが怖かったからだ。 | |
暗闇が怖くて、怖がることを他の子どもたちにからかわれるのがイヤで、フランシスはパーティに行きたがらないのだけれど。なんだか読んでいくうちに、子どもが嫌がることをむりやりやらせる両親に向けて書いたお話のように思えてしまった。そんなことむりやりやらせて、私がこういうふうになって後悔すればいいんだ〜っ、なんて、子どもの頃に考えていたのを思い出したような。 | |