=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「地上のヴィーナス」 サラ・デュナント (イギリス)
<河出書房新社 単行本> 【Amazon】
1492年、フィレンツェで染め物工場で富を築いた父親は、屋敷内に完成したばかりの礼拝堂に祭壇画を描かせるため、北方(フランドル)の修道院から若き絵描きを招いた。 女として生まれながらも、ひそかに絵画を学びつづけていた14才の娘アレッサンドラは、彼の筆のたしかさに感銘を受け、心惹かれたが、初潮が来れば、しかるべき家に嫁ぐ義務を思わずにはいられなかった。 | |
私たちにとっては初めてのサラ・デュナント本です。サラ・デュナントはこれまでミステリ小説がいくつか邦訳されているけど、これはミステリではないのだなあ。 | |
そうだねえ、野暮ったい言い方をすれば、歴史ロマン小説、なんて言い方になるのかな。でも、謎解き要素も含まれていて、サスペンス並みの緊張感もあったよね。 | |
とにかく濃厚で、私的には大満足の小説だったな。映画化も決まっているみたいで、著者自身が脚本も手がけるのだとか、これまた楽しみっ。 | |
でもさあ、読む前はトレイシー・シュヴァリエの「真珠の耳飾りの少女」や「貴婦人と一角獣」みたいな、絵画を中心に据えた小説なのかと思ったんだけど、そこはそれほどでもなかったよね。絵画に関する記述はタップリ出てくるけど、技術面や作品についての詳細な記述はなくて、特に印象を残す絵っていうのもなくて。 | |
どっちかというと、歴史と、その時代には稀な生き方をした女性の話だよね。時代の流れに翻弄されながらも、その時代のなかで自分の生き方を見つけた女性の小説、と言えばいいのかな。 | |
かなりドラマティックだったよね。私は歴史的背景そのものがよくわかっていなかったから、単純にそっちも驚いちゃったんだけど(笑)、ストーリーのほうもいろんな展開を見せて進んでいくから、グイグイ引っぱられるようだった。 | |
主人公は助けてくれる人に恵まれてるって印象が強いけど、それにしたってなかなか凛々しい女性で、心地よく読めたよね。 | |
うんうん。主人公のアレッサンドラは「醜い」とまで言われるような容姿。顔だけじゃなく、女性にしては背が高すぎて、ダンスなんかも苦手。でも、頭がよくて、好奇心が強く、だれにたいしても物怖じしない強い性格なの。 | |
で、ひそかに絵を描き、芸術を愛しているのよね。そんな彼女を常にサポートするのが、肌が黒く、機敏で機転の利く奴隷女のエリラ。エリラは奴隷とは言っても、かなり自由がきくし、自立心が強くて、ご主人様の言いなりになるような女性じゃないのよね。 | |
そうなの、アレッサンドラに仕えるのも自分の意志でやってるって感が強いよね。アレッサンドラに命じられたことに従う、じゃなくて、アレッサンドラのためになることを自分からどんどん率先してやっていくって感じで。かなり辛辣なことも平気で言うし。 | |
アレッサンドラは母親が賢い人で、とても理解を示してくれるんだけど、あとの兄弟があまり知的レベルが高くないから、エリラに頼るところは大きいよね。 | |
アレッサンドラのすぐ上の姉はもうじき嫁ぐところで、嫁として生きることしか考えていないみたいよね。でもって、二人の兄はとても意地悪。 | |
ルカは深く考えるよりどんどん行動していきたいタイプだよね。トマーゾは容姿には恵まれているけど、あまり頭はよくなくて、アレッサンドラにコンプレックスを抱いてるみたいで、なんとかこきおろそうと、ひどいことばかり言ってくるんだよね。 | |
で、染め物工場で富を築いて、貴族的なことをしたくなった父親が家に招いたのは、かなりストイックで内にこもるばかりの若き画家。その才能にはアレッサンドラも目を瞠るんだけど。 | |
画家に惹かれながらも、初潮を迎えたアレッサンドラは嫁ぐしかなくなるのよね。嫁いだ相手はかなり年上の地位のある人なんだけど、ここからがもう予期せぬ出来事に。 | |
でもまあ、とりあえずいい人だってことは言っておこうよ。横暴な夫に苦しむ若妻、なんて息苦しい展開では決してないからご安心をってことで。 | |
時代背景的にとにかく大変な時期なんだよね。商業と芸術の豊かな街だったはずのフィレンツェは、サヴォナローラの出現で、とんでもない暗黒状態に突入していくの。 | |
サヴォナローラのやったことって、なんとなくは知っていたけど、こうやって一緒の時代を生きた人の話を読んでみると、うわ、こんなことにっ、と驚かずにはいられなかったな。 | |
そうだよね〜。メディチ家の実質的な独裁体制を批判し、金や贅沢品にまみれた生活を批判して、人々にキリスト教徒らしい厳格さを求めたって聞くと、まあ、真面目な人だったんだろうな、なんて軽く思っちゃうけど、 実際に人々を煽動して、姦淫だの男色だのの罪を犯した人を次々につかまえてバスバス処刑して、貴重な工芸品や美術品を集めて火をつけて燃やしちゃって、これじゃいくらなんでもと思っちゃうよね。 | |
そんな時代にあっても芸術を愛するアレッサンドラと彼女を取り巻く人たち。・・・というと、わりとありがちな歴史物っぽく感じるかもしれないけど、この小説はかなり今まで読んだことのないようなパターンがあって、意外性に富んでいたな。 | |
けっこう強烈だよね。最近の歴史を扱った小説は、ちょっと前なら悪趣味と呼ばれそうなところにまで踏み込んでいるよね、そういう傾向にあるのかな。 | |
とにかく鮮烈だった。でも、けっしてグロテスクなところまで行ってなくて、主人公のサッパリキッパリした性格のためか、読後にはサバサバとした爽快感もあって。とにかく読み応え充分でした。もちろん、この時代の芸術家に関する著述もタップリで、好きそうな方には迷うことなくオススメです。 | |