すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ラヴクラフト全集 3」 H・P・ラヴクラフト (アメリカ)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】
幻想と怪奇の作家H・P・ラヴクラフト(1890〜1937年)の作品集(全7巻)。第3巻は短編小説7編と中編小説1編を収録。
ダゴン/家のなかの絵/無名都市/潜み棲む恐怖/アウトサイダー/戸口にあらわれたもの/闇をさまようもの/時間からの影
にえ はい、第3巻です。ちなみに、この巻から急に巻末解説が詳しくなって、発表当初につけられていた挿絵なんかもたくさん紹介されていて、充実していました。
すみ おもしろかったよね。ラヴクラフト作品にふさわしい不気味な絵の数々のなかで、「時間からの影」の掲載されていた雑誌<アスタウンディング・ストーリイズ>だけ、なんだかかわいらしいキャラになっちゃってて。なんだかラヴクラフトがかわいそうと思いつつも、意外と作品の中の著述に忠実で、これもありかと一瞬思いそうになってしまったり。
にえ ラヴクラフトの写真もちょっと驚いたよね。表紙の絵がラヴクラフトだと思っていて、それはホントにそうみたいなんだけど、写真で見ると、あらまっと(笑)
すみ そんなことより内容なのだけれど、この巻では、短編の「戸口にあらわれたもの」が1番よかったかな。
にえ そうだね、なんと言っても、インスマウス再登場だものね。注目すべきは中編の「時間からの影」って気はするけど。
すみ うん、ラヴクラフトの宇宙観、地球観、みたいなものが、タップリと堪能できる作品だものね。個人的には、作品世界にのめりこんで恐怖するというより、一歩引いて楽しむって感じになっちゃったんだけど。
にえ あとさあ、ここまで来ると、けっこうラヴクラフトのパターンが読めてきたりもするよね。ちょっと先が読めてしまうのが、良いのか悪いのかなんだけど。
すみ アーカムとか、アブドゥル・アルハザードとか、だんだんおなじみの単語が増えていくのは嬉しいよね。検索すると、ラヴクラフト作品の用語集とか作品のなかで起きる出来事をまとめた年表とか作ってらっしゃる方がたくさんいたけど、そういうの作りたくなる気持ちわかる〜と思ったり、なるほど、なるほど、なんていつのまにやら真剣に読んでいたり(笑) 全巻読み終えても、楽しみ方は尽きなそうで嬉しいなあ。
<ダゴン>
わたしは今日、自殺しようとしている。船荷監督として乗りこんでいた定期船がドイツの商船隊襲撃艇に拿捕され、5日後にボートで逃げ出した私は、見知らぬ地に打ち上げられていた。そこで見た生物の怖ろしさを忘れられないからだ。
にえ これはホントに短くまとまった短編。ごく初期の作品だそうで、まあ、それなりかなあ。それほど印象深くはないけど、なかなかでした。
<家のなかの絵>
1896年11月のある日の午後、自転車に乗ってでかけている時に急な雨に襲われ、二百年以上も前に建てられたらしき木造家屋に立ち寄った。陰気で気味悪く、朽ちて無人かと思われたその家には、驚くような古い稀覯本があり、奥から老人が現れた。
すみ 雨宿りに立ち寄った不気味な家、奥から出てきた老人は意外にも気さくな人、しかし、話を聞くうちに・・・。オーソドックスな展開の小品だけど、なかなかいい雰囲気。ちなみに、アーカムって地名が初めて出てきたのがこの作品だとか。
<無名都市>
アラビアの砂漠の彼方にあるという名のない廃都を求め、一頭の駱駝とともにたった一人で未踏の砂漠に乗りこんだ私は、ついにその廃墟を発見し、足を踏み入れた。
にえ 「ネクロノミコン」を書いたアラビアの狂える詩人アブドゥル・アルハザードは、この巻でも、前の巻でもやたらと登場し、ときにはその詩が紹介されたりするんだけど、この方はラヴクラフトの創造した人物。もしかしたら、とずっと思っていたんだけど、やっぱりラヴクラフトは子供のころに読んだ『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』に多大な影響を受けたみたい。「クトゥルフの呼び声」なんて、やけに千夜一夜物語っぽいな〜と思ったんだ〜。この「無名都市」は、千夜一夜物語の「真鍮の都」を連想させました。ラヴクラフトらしく、不気味な生き物が参加してるけど(笑)
<潜み棲む恐怖>
潜み棲む恐怖の正体をあばくため、私とジョージ・ベネットとウィリアム・トビイは、テンペスト山の頂にある無人のマーテンス館に泊まり込んだ。恐怖の夜が過ぎ去ると、両側で寝ていた二人の姿はなく、なぜか真ん中で寝ていた私だけが残されていた。
すみ この話の展開は、ラヴクラフトのお気に入りパターンみたい。昔、館に住んでいたマーテンスの一族は、外に出ることを嫌って近親相姦を繰り返し・・・。巻末解説によると、実はこのパターンって、ラヴクラフトの生い立ちが大きく反映されているらしいの。こういう閉ざされた一族の不気味さは、身をもって感じていたラヴクラフトだからこそ、ここまで徹底して書けるものなんだろうな。
<アウトサイダー>
記憶がないので、どれほどの歳月に及ぶのかはわからないが、「余」は人に会うこともなく、城に閉じこもって暮らしている。書物を読み、城の外に出て暮らす自分を想像する日々だった。
にえ これは古式ゆかしきって感じの口調で、主人公みずからによって語られるお話。主人公はある日、とうとう城を出て、人々のいるところに姿を現すのだけれど・・・。まあ、ラストの予想は早くからつくし、それなりかな。
<戸口にあらわれたもの>
私は、8つ年下の親友エドワード・ビックマン・ダービイに6発の弾丸を撃ち込み、射殺した。わたしが16才、エドワードが8才の時から、私はエドワードの類い希な才能に敬意を抱き、親しくつきあってきたのだが、エドワードが大学で知り合ったアセナス・ウェイトと結婚した時から、すべてがおかしくなり始めた。
すみ これは「インスマウスの影」の続編的な作品、なのかな。おもしろかった〜。エドワードが結婚したアセナスは、インスマウスのウェイト家の娘なの。「インスマウスの影」を先に読んでいれば、これはもう、それを知っただけでワクワクというか、ブルブルというか、夢中になってしまうでしょっ。ストーリーじたいもすっごくおもしろかった。
<闇をさまようもの>
ロバート・ブレイクは落雷のために死んだ。ある日、ブレイクは部屋の窓から見える黒々とした巨大な教会に行ってみることにした。その教会のまわりに住む人々は、教会についてなにも語ろうとしなかったが、どうやらかつて邪悪な宗派の巣窟となっていた教会らしい。足を踏み入れてみると、そこには邪悪な稀覯書の数々、それにずっと昔に亡くなったらしき記者の白骨死体があった。
にえ ここに来てようやく気づいたけど、ラヴクラフトは倒叙が好きなのね。まず結論、そしてそれからどうしてそうなったかを語り始める、という展開。今のところ、ほとんどの作品がそうみたい。ちなみにこの作品は、巻末解説によると、当時まだ18才だった作家ロバート・ブロックがラヴクラフトをモデルにした小説を書き、その主人公を殺してもいいかとラヴクラフトに願いでたことのお返しの遊び心から作られた作品だとか。ストーリーはまあ、良い意味でも悪い意味でもラヴクラフトらしいパターンのお話かな。
<時間からの影 >
ナサニエル・ウィンゲイト・ピースリーは経済学の教授だったが、1908年のある日、講義の最中に突然、記憶を失い、その後の5年間はまるで別人のようだった。ようやくもとの人格に戻ったナサニエルは、自分が得体の知れない巨大な生き物で、巨大な建物の並ぶ都市で暮らす夢を繰りかえし見るようになった。それは、夢というより、失われた記憶が戻ってきているようだった。
すみ これはオラフ・ステープルドンの「スターメイカー」を連想してしまったな。それくらいのスケールで宇宙規模の歴史を語られた物語。しかも、とてもじゃないけど想像できないような、度肝を抜くような設定で。思わずどっちが先に書かれたか調べてみて2度びっくり。「スターメイカー」は1935年に発表された作品、この「時間からの影」は1934年11月から1935年3月にかけて執筆され、1936年に発表された作品なのだそうで。ほぼ同時期、どちらがどちらに影響を受けたわけでもないみたい。ちょうどこのへんの時期に、宇宙の歴史の新説を語るのが流行っていたのかしら? もちろん、こちらはラヴクラフト好みの得体の知れない生き物、神殿、石造りの建物、神話、邪教の言語、などなどがタップリ盛りこまれていました。