すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「憲兵トロットの汚名」 デイヴィッド・イーリイ (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
ウィリアム・トロットは戦後のドイツに駐屯するアメリカ軍の憲兵だった。CID(犯罪調査部)に所属し、階級は一等軍曹。孤児として生まれ育ったトロットにとって、 軍隊は家そのもの、忠誠は絶対だった。ところが、休暇に訪れたパリで、同行した同僚のマレイが闇物資取引に関与していることを報され、逮捕を命じられたが、マレイを逃してしまった。 わざと逃がしたと疑われたトロットは、嫌がらせを受け続け、ついには同僚のコウと喧嘩になり、殺してしまった。絶体絶命となったトロットは逃亡した。目指すは、まだパリにいるはずのマレイのもとだった。
すみ 私たちにとっては3冊めのデイヴィッド・イーリイです。これは1968年にハヤカワ・ポケット・ミステリで出版されたものの復刊というか、文庫化というか、にあたります。
にえ んでもって、これがデビュー作なんだよね。そのせいか、前に読んだ短編集の「ヨットクラブ」や長編の「観光旅行」の乾ききった感触とはちょっと違ってた。
すみ そうだね、主人公に共感できる弱さとか思いやりとかあったし、女性への純粋な愛もあったしね。
にえ 読み終えての後味の悪さもなかったしね。なんだか優しいデイヴィッド・イーリイだった。
すみ そういえば、デイヴィッド・イーリイって本名はデイヴィッド・イーライ・リリエンソール・ジュニアっていうんだって。デイヴィッド・イーリイって、なんだか音の響きから変わり者って気がするけど、デイヴィッド・イーライ・リリエンソールだと、なんか品がよくって素敵っての感じがしない?
にえ そうね、王子様って感じ〜♪ って、アホか(笑) 主人公のウィリアム・トロットはわりと地味めな男性だったよね。
すみ うん、わりと淡々と実績を重ねて昇進してきた人なのかな。現在はCIDの一等軍曹で、このまま行けばもっと昇進するはずだったんだよね。
にえ とりあえず戦争は終わっているけれど、トロットにとって軍隊は一時的に身を置く職場なんてものじゃないのよね。帰るところのないトロットにとって、軍隊は家庭と同じ。だから目立ちたいとか、昇進したいとかいうんじゃなく、ただひたすら忠誠を誓い、軍に尽くしつづけてきたのよね。
すみ それなのに、闇物資取引に関与した同僚マレイの逃亡を助けたと濡衣を着せられ、確証が得られないから訴えられることもないけど、そのぶんジクジクと虐められることに。で、ついには同僚のコウを喧嘩で殺してしまうの。
にえ それもまた、正当防衛なんだけど、そうとは認められず殺人犯ってことになってしまうのよね。このままいったら、トロットは死刑。
すみ だから逃げ出すんだよね。逃げていった先は、マレイがいるはずのパリ。
にえ この時点では、トロットの気持ちはハッキリ決まってないよね。マレイに匿ってもらって、マレイと共に生きるのか、マレイをつかまえて、汚名を晴らすチャンスを得ようとするのか。とりあえず、そこしか行くところがないって感じで。
すみ その時点だけじゃなくて、最後の最後まで悩みつづけるよね。会ったら会ったで、マレイの友情を信じたいってところもあるし、実は裏切るんじゃないかと疑ったりで。自分自身も軍隊に戻りたいのか、マレイとともに新しい人生を始めたいのか、わからずにいるみたい。
にえ とにかく、マレイのところに辿りついたトロットは、あることに巻き込まれ、それからもっと大きなことに・・・。
すみ なかなか全貌が見えてこないよね。最後の最後には、そういうことかとわかるんだけど。
にえ 息も詰まるような不条理な巻き込まれものかな、と思うと、意外とホッとするところがいくつもあったりしたよね。
すみ うん、殺されるかと思った人が殺されなかったり、裏切られると思ったところで裏切られなかったりね。
にえ まあ、正直なところ、ピリッとはしていなかったかな。デビュー作らしいゆるさはあったかも。でも、あとの作品でも感じた巧さはしっかりあったよね。設定じたいがちょっと苦手なゾーンだったから、ちょっと個人的には読むのに苦戦したけど、でも、読んでよかったかなってことで。