すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ヨットクラブ」 デイヴィッド・イーリイ (アメリカ)  <晶文社 単行本> 【Amazon】
短篇小説の奇才と呼ばれるデイヴィッド・イーリー(1927年〜)の第一短篇集、初邦訳。
理想の学校/貝殻を集める女/ヨットクラブ/慈悲の天使/面接/カウントダウン/タイムアウト/隣人たち/G.O'D.の栄光/大佐の災難/夜の客/ペルーのドリー・マディソン/夜の音色/日曜の礼拝がすんでから/オルガン弾き
にえ 私たちにとって、初デイヴィッド・イーリイ本です。
すみ ものすごく知的だよね。読者にも知性を求めるっていうか。
にえ うん、気を抜いては読めなかったよね。わかりやす〜く全部お話ししてあげますよって感じではなくて、わかるでしょって部分は省いて、 ビシッと決まった短篇ぞろいで。
すみ こんなに凄い作家さんがいて、それを自分たちが知らずにいたってことに驚いてしまった。なんとまあ、レベルの高い短篇集だったことでしょう。
にえ そうだね。狂気の描き方、オチを読者に気づかせる手法、なにをとっても本当に優れているというか、高いところにいるな〜って作家さんだね。
すみ 緊張感のある、ゾクッと薄ら寒くなる恐怖を味わわせてくれる短篇小説が15編。読んでみたいと思ったならオススメです。最高級品だよっ。
<理想の学校>
ホルストン氏は手に負えなくなった息子を入学させてくれるという、森に囲まれた谷間の学校を訪れた。学校案内には、『ひとつの小世界』と書かれ、銅像は外の世界ではなく、 学校のほうを指さしている。校長の説明によると、そこは軍隊式の厳しい規律によって生徒たちを矯正する全寮制の学校らしい。
にえ 軍隊式の、個性ってものは完全に消滅させられてしまいそうな学校。そんな学校を見ながらホルストン氏の思うことは。ってことで、最後まで読むと親のエゴっていうんでしょうか、子の処し方には背筋が凍りついちゃいます。
<貝殻を集める女>
婚約者ルイーザとともにサニベル島を訪れたグレゴリー。そこにはルイーザの母ウェインライト夫人もいた。夫人は貝殻蒐集が趣味なのだが、 まだ生きている貝を拾い、煮沸して中を捨てて貝殻をコレクションしているらしい。
すみ 具体的になにがあるっていうんじゃないんだけど、二人の女のわずかな視線、わずかな言動に、グレゴリーはどんどん精神的に追いつめられていきます。
<ヨットクラブ>
夏に短いクルージングをする以外には、これといった活動をしていないが、ヨットクラブは市内でもっとも紳士たちの憧れを集める社交クラブであり、最高のステータスだった。 会員はみな超一流の人々で、死去などの欠員が出ないかぎりは新会員を募らない。会社経営で成功したジョン・ゴーフォースは、なんとか会員になれないかと画策していた。
にえ ヨットクラブの会員は超一流の人たちばかり。しかも、ちょっと厭世的で、倦んだような様子があって。その会員たちが年に一度のクルーズとなると、 目を輝かせるのはなぜでしょう。ジョン・ゴーフォースが身をもって体験してくれます。こわっ。
<慈悲の天使>
毎週月曜日、ジェイコブズは通勤列車のなかでその女を見かける。ちょっと年増だが、官能的な魅力を放つ女。ちょっとしたことでその女と言葉を交わすことができたジェイコブズは、 その女の真実をかいま見ることになった。
すみ 「貝殻を集める女」の女二人には、男は恐怖を感じたけど、この女には、男はなにを感じるでしょう。ジワジワとではあるけれど、なんとも胸苦しく、やりきれない切なさのあるお話。
<面接>
ジョージの昇進試験の面接に現われた人事担当者は、意外にも若く、いかにも頼りない青年だった。会社の作った質問をそのまま読み上げながら、 プライヴァシーに関わる質問に怒り、引っかけ問題までジョージに教えようとする。これもまた会社がジョージの忠誠心をはかるために仕掛けた罠なのだろうか。
にえ 質問にこたえながら、さまざまな感情に責め苛まれるジョージは、どんどん多弁になっていきます。追いつめられた精神の行き着く先は?
<カウントダウン>
保安係将校のファーカーは、火星への有人ロケットの打ち上げを見守っていた。乗組員はランダッツォ船長ただ一人だが、彼は頭脳、精神、体力などそのすべてについて、とびぬけて優秀な人材だった。 現に発射時間が近づいても、不安な様子はまったく見せない。不安げなのは科学者たち、そして、なぜかホイットビー博士の妻だった。
すみ ホイットビー博士の妻の様子に、なにかおかしいと感じるファーカー。なにをとっても優秀なランダッツォ船長は、女に対しても優秀だったらしいのだけど。驚愕のラストでした。
<タイムアウト>
イギリスの憧れながらも、なぜか機会があるたびに行き損なっていたガル教授はまじめで特徴のない歴史学者だった。北極で原子力事故が発生し、アメリカとロシアの緊張関係が緩和されるまでの2年間、 貿易と旅行を凍結していたイギリスに、いよいよ人文科学的調査団が派遣されることになると、すかさずガル教授は団員の募集に応募した。
にえ 長く長く夢憧れたイギリスで、ガル教授はとんでもない計画に巻き込まれます。こういう話の時には、しっかり応援したくなるような主人公を使うんだから、上手いなあ。
<隣人たち>
長く人の住まなかったサッター館に越してきた家族があった。隣に住むグラント夫人はさっそくあいさつに訪れた。まず主人のテーラーに会ったが、 なかなか感じのいい男だった。次に会ったテーラー夫人もまた穏やかで好印象だった。しかし、生後18ヶ月になるというテーラー夫妻の息子には会えなかった。 その後、町のだれも、テーラー夫妻の息子の姿を見ていない。
すみ テーラー夫妻については感情その他が語られず、ひたすら町の人々の、他人の家庭のタブーに踏み込もうとする姿が描かれてます。こういう自分の中にもありそうな残酷性を書かれてしまうと、ドキリとさせられるな〜。
<G.O'D.の栄光>
ジョージ・オドンネルは自分が神であることを知っていた。なぜならジョージは孤児であるが、つけられた名前を略すとG.O'D.となる。 これがなによりの証拠だった。しかし、神であることを公表すれば反感を買ってしまう。ジョージは孤独だった。そこで新聞広告を出し、 同じように自分を神だと知っている者を募ることにした。
にえ 自分を神だと信じるジョージ。もちろん、身の回りに「私は実は神なんです」なんて言う人がいたら、どひゃ〜だけど、 正直なところ、自分が神だと思いたくなる気持ちはわかってしまったりするのよね。それだけに、意外だけど、妙に納得してしまう展開だった。
<大佐の災難>
その館はもとは豪勢なつくりらしかったが、大佐が越してくる前にはもう古びていたらしい。新しい隣人のスマイスが大佐のもとを訪れた。 大佐の牧場の囲いが壊れ、スマイスの牧草地に大佐の牛が入りこんでいるという。大佐はスマイスに、こちらに越してくる前、 大佐の犬が自分の家の鶏を殺したと苦情を言いに来た隣人の話をした。
すみ こういう外堀からジワジワ埋めていくような狂気の恐怖を書かせたら、この方は超一級のようですね。それにしても怖すぎるっ。
<夜の客>
ジョージとシルヴィアの夫婦は完全に冷めた関係だったが、それでもひとつ屋根の下で暮らしていた。互いに口をきかないどころか、 存在すら無視している。それでも、どちらも出ていこうとはしない。当然、家は冷えきり、友人たちも去っていった。ところがある夜から毎晩、シルヴィアのもとに メイウェイ夫人という女性が訪ねてくるようになった。
にえ 家庭内離婚なんて、近頃じゃ当たり前のように聞く言葉だけど、この二人のようになっていったら、もう逃げ場はひとつしかないのね。
<ペルーのドリー・マディソン>
ヴァージニアとチャールズの夫妻は、ペルーの山奥にある自分たちの壮大な別荘を<掘っ立て小屋>と呼んでいた。掘っ立て小屋には、大統領や首相、 有名なプロスポーツ選手など、超一流の人々が訪れ、楽しい時を過ごしていく。ある日、小さな軍用機でジャングルの上を飛んでいたとき、 ヴァージニアはハッチから投げ出されてしまった。
すみ 最高のバケーションを楽しむヴァージニアは、どこに行こうと楽しむつもりらしいけど、その精神構造が無気味。
<夜の音色>
親元を離れ、ニューヨークで暮らすメイのもとに、兄のサムが訪ねてきた。メイは家族には内緒で一緒に暮らしているゴッホのパジャマやシャツを隠し、 ゴッホには下の階に住むファインバーグさんのところに行ってもらった。ところがゴッホは、ことの大事さをまったく理解していなかった。
にえ 家賃を半分払っているとはいえ親のすねかじり、かってに友だちでもないような人を部屋に連れ込み、常識的な大事も大事じゃないも区別できないゴッホ。 メイの気持ちがわからないわけではないだけに、なんとも切ないお話でした。
<日曜の礼拝がすんでから>
レッティ・メロンははヘイモア牧師を敬愛する少女だった。日曜日にはヘイモア牧師の説教を聞いて感銘を受け、それから牧師館に行って、 まだ赤ちゃんの弟ジャスパーが、どれほど家でうまく立ち回り、自分を除け者にするかを話した。おまけに、ジャスパーがいるから犬を飼ってはいけないとママに言われてしまった。
すみ かわいいお嬢さんのレッティは、邪魔な弟をどうするつもりなのか。ラストには、ひーーっ、でした。
<オルガン弾き>
伝統的なゴシック様式でありながら、最新の技術をほどこされて現代的な教会で、オルガンだけはまだ古かった。いよいよ新しいオルガンを、ということになったが、 最新鋭の教会にあわせるため、楽器メーカーではなく、宇宙開発に深く関わる会社に依頼することとなった。オルガン奏者のドクター・アルファは、届いたオルガンに驚くこととなる。
にえ だれにも知られないままに、オルガンに追いつめられていくアルファ。顔を引きつらせながら笑うしかないラスト。この人の書く狂気は本当に怖い。
すみ 少しずつ、うっすらと、でも余韻を残して消えない恐怖だよね。ということで、怖い、怖いと連発しましたが、どれもこれも大変おもしろうございましたっ。