すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「観光旅行」 デイヴィッド・イーリイ (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
国民の大部分は貧しく、政情が落ち着いていないために治安は悪く、時にはイグアナが襲ってくるようなこともある、南米のその共和国を、大使館員たちはふざけて、バナナ国と呼んでいた。 もともとこの国が、果物会社の政治的野心で樹立した国だからだ。そんな国で、ふだんの生活では決して味わえないような経験ができるとのふれこみに誘われ、この国の観光旅行に参加したアメリカ人実業家フロレンタイン。 ガーガンという謎めいた男が経営する、その観光旅行を主催する会社に疑いを抱いたアメリカ大使館員マクブッシュは、観光旅行中のフロレンタインを呼び出し、旅行中にどのようなことが行われているのか、報告を要請した。
すみ これは1969年に早川書房から単行本で邦訳出版されたものの、文庫化というべきなのか、復刊本というべきなのか、です(笑) 私たちにとっては、短編集「ヨットクラブ」につぐ2冊めのイーリイ本。
にえ できれば、短編集でデイヴィッド・イーリイがどんな作風の作家かわかってから、これを読んだ方が気が楽じゃないかなと思ったんだけど、どうかな。
すみ まあ、作風がわからなくても、この1冊を最後まで読めばわかると思うけどね。
にえ でも、途中、かなり不安にならなかった? いつになったら急展開があって、結末が見えてくるんだろうか、というか、ちゃんと結末があるんだろうかと、私は途中、かなり不安になったよ(笑)
すみ そういった意味でも、バナナ国に迷い込んだってことで、まさに作者の意図するところなんじゃないの。
にえ まあ、そりゃそうだけど。とにかく短編集で感じたようなピリッとした辛辣さ、もうちょっとで嫌悪になりそうな不可解な感触はこの長編でも堪能できたよね。
すみ 最初のうちは、文明社会から遠ざかり、不毛ともいえるような地、バナナ国で暮らしている人たちの姿が浮かび上がってくるよね。
にえ うん、この国から離れる日を待っているだけ、事なかれ主義に染まるアメリカ外交館員、この国のことを徹底的に笑いものにして、土着のイグアナと侵入者のネズミとの闘争を基盤にした架空のバナナ国史なんてものを編纂しているイギリス大使館員、 美人だけれど色気というものがまるでない、ほったらかしにされて生活に倦むガーガンの妻などなど、なんか暑さとともに雰囲気が伝わってきたよね。
すみ でも、その裏では、先住民の人たちが貧しく虐げられた生活から解放されようとゲリラ活動を繰り広げているのよ。たいした武器も持たずにね。
にえ さらに、そういうゲリラを壊滅させようと、新しい計画も持ち上がってるんだよね。
すみ 主人公であるフロレンタインは、自分でもなんだかよくわからないうちに観光旅行に参加して、なんだかよくわからないままに、この国に来てしまったの。
にえ 主人公といっても、常にフロレンタインにスポットが当たってるわけじゃないけどね。どの人がどうということもなく、というか、感情移入もできないような描写で、何人かの人間模様が描き出されているの。
すみ とにかく変わった観光旅行なんだよね。家族や友人と一緒はダメで、あくまで単独参加。名所巡りとかでもなく、行く先々には何が待ち受けているかわかならなくて。
にえ いきなり巨大イグアナの群と戦うことになったり、女スパイが現れたり、荒っぽい祭に巻き込まれたり、仕組まれたイベントなのか、本当にスリルのある出来事に遭遇したのか、わからないまま旅が続くのよね。
すみ ほかの観光客と違って、フロレンタインはあまり楽しんではいないように見受けられたけどね。
にえ そのわりには、お楽しみな出来事がタップリあったでしょう(笑)
すみ 旅行に熱心じゃないわりに、大使館から観光旅行についての報告を要請されると、結構まじめに報告書を書こうとしたりするしね。
にえ 大使館も疑うぐらいで、とにかく裏がありそうな、怪しげな観光旅行なんだよね。
すみ 郷に入っては郷に従え、じゃないけど、外国から来てこの国に滞在する人々は、すっかりだらけきって、この場をやり過ごしていればいいや〜って感じなの。その中で、一人暗躍するガーガン。最後にはなにが待ち受けているのか。
にえ 正義感というものをスゴク意識させられたな。結局、最後に原動力となるものは正義感なのかなって。まあ、イーリイですから、まっすぐな正義感とはいかず、ヒネリがきいているんだけど。
すみ とにかく最後まで読めば、なにに向かって話が進んでいたのかわかるよね。苦みが残るラストがなんとも余韻深かった。
にえ 長くなる分、短編小説ほどピリッとはしていないけど、これはこれでおもしろかったよね。でも、どうかな、最終的にはおもしろかったんだけど、このジリジリとする感じは好みが分かれそうなので、あえてオススメとは言わずにおきましょう。お好みでどうぞ。