=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「彼方なる歌に耳を澄ませよ」 アリステア・マクラウド (カナダ)
<新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
オンタリオ南部で金持ちを相手にした矯正歯科医を営むアレグザンダー・マクドナルドは、往復で800キロ近くにもなるトロントのぼろアパートに住む兄キャラムを定期的に訪ねていた。 キャラムはアルコール中毒が進み、酒が切れると起きあがることもままならない。アレグザンダーが渡したブランデーでようやく普通に話せるようになったキャラムは、酒を買ってきてほしいと頼んだ。 なんでもいいから、とキャラムは言う。街へ出たアレグザンダーの胸に去来するのは、幼い頃に起きた悲劇、そしてその後の兄弟の運命、二人の祖父から聞いたカナダに渡ってきたハイランダー、その祖であるキャラム・ルーアのこと・・・。 | |
短編集「灰色の輝ける贈り物」「冬の犬」ですっかり魅了されてしまったアリステア・マクラウドの唯一の長篇が翻訳されたので読んでみました。 | |
待ちに待ったというか、唯一の長篇ということで、もったいないから先延ばしにしたかったというか、気持ち的には複雑だったけどね。とはいえ、出たからには読まずにはいられませ〜んっ。 | |
それにしても、これをどうだったか説明するのは難しいね。基本的には短篇と同じような色調で、同じように静かな語り口で、でも、もっと複雑で、深みがあって。 | |
複雑さについては、読んでる最中というより、読み終わったときに気づいたよね。ああ、振り返ってみれば、こんなにいろんなことが層になって語り尽くされていたんだ〜、と。 | |
私は読み終わったあとは、ぼ〜っとしてしばらくなにも考えられなかった。楽しくても辛くても、人の一生ってやっぱり重いじゃない。その重みが積み重なってズシーンと乗っかってくるような、でも、それでいてホワッと優しい笑みに誘われるような、そういうのが一時に押し寄せてきて。 | |
それだったら私は、この小説を読み終えた他の人たちのことを考えたかな。どこの国の人でもいいんだけど、たとえばベッドランプをつけた暗い寝室で読み終えた誰かは、本を閉じて、どんな思いにとらわれたのかな、なんて。自分がどうしていいかわからなくなっちゃったからかな、いろんな感情が押し寄せて。 | |
読んでるあいだは、けっこう淡々としていたんだけどね。いろんなことが起きるけど、他の小説に比べたらその展開はドラマティックとは言えなくて、美辞麗句が連ねられているわけでもなく。それなのに、言葉を失うほど圧倒されてしまうの。 | |
なぜなんだろう、どうしてこの方の小説だけがこんなに違うんだろう、とは思うよね。さすがに13年かけて書かれた小説だけあって、本当に丁寧で、文句のつけようもないんだけど、圧倒されるのはそういうのじゃなくて、文章の奥にあるなにかのような、その静かな力に気づかないあいだに圧倒されているような。 | |
ただ、この長篇はこれまで読んできた短編より、ちょっと読みづらいといえば読みづらいんだけどね。「おじいさん」と「おじいちゃん」がいて、3人のアレグザンダー・マクドナルドがいて、200余年の時を隔てたキャラムという名の2人がいて・・・。 | |
まあ、じっくり読めば混乱するってことはないと思うけどね。どっちにしてもマクラウドの小説は雑には読めないし。意識しなくても、自然とじっくり読むことになっちゃう。 | |
あと、私たちみたいに歴史に弱い人は、先に巻末の解説を読んでおいてもいいかもよ。ネタバレとかの心配もない内容だし。 | |
そうそう、根底に流れるスコットランドの歴史、ハイランドとローランドについてなどは、もうちょっと前知識があってから読んでもよかったかなと私も思った。 | |
その解説からの受け売りになるけど、この小説は、スコットランドの歴史、イギリスとフランスが争ったカナダの歴史、ハイランドからカナダのケープ・ブレトン島に渡ってきた一族の歴史、現代のマクドナルド家の人たちの歴史、と、大小いくつもの歴史が重なるように、交わるようにして語られているのよね。 | |
あ、話を逸らして悪いけど、それで思い出した。解説を読んで納得したんだけど、邦題の「彼方なる歌に耳を澄ませよ」ってちょっとアリステア・マクラウドにしては意識しすぎな題名だな〜とちょっと気になってたんだけど、原題は”No Great Mischief”、「たいした損失ではない」って意味になるみたい。 これは小説のなかに何度も出てくるセリフから来ているんだけど、やっぱりもとはそういうタイトルなのかと納得。べつに邦題は「たいした損失ではない」のほうがよかったとか言うつもりはないけどね(笑) | |
で、この小説で語られる一族なんだけど、これは1779年、55歳の時にハイランドからケープ・ブレトン島に渡ってきたキャラム・ルーアという男性がルーツで、その男性は先妻とのあいだに子供が男3女3、後妻とのあいだに子供が男3女3、あわせて12人。結婚している子供もいたけど、みんなで渡ってきて、ケープ・ブレトン島に根づいていったのよね。 | |
その子孫たちは赤毛か黒髪、でもどちらも黒い瞳、男と女の二卵性の双子が生まれやすいっていうのが特徴なんだよね。語り手であるアレグザンダーも赤毛で、双子の妹がいるの。 | |
キャラム・ルーアの子孫たちは”クロウン・キャラム・ルーア”と呼ばれ、道を歩いていても見た目ですぐわかるから、「あんた、クロウン・キャラム・ルーアだろ」って声をかけられるほどなのよね。 | |
あっちに行っても、こっちに行っても、クロウン・キャラム・ルーアに出会って、旧知の仲のように接してもらえたりするのよね。ふだんは英語だけど、そういうときに話すのはゲール語。ゲール語は短編にもよく出てきたけど、挿入されると小説の味わいが深みを増すよね。単純に魅了されてしまう。 | |
で、クロウン・キャラム・ルーアの一族であるマクドナルド家なんだけど、父親は海軍に従軍したのち、小さな島の灯台守に。4人の男の子と、男女の双子の子供がいて、幸せな暮らしをしていたけど、ある悲劇によって子供たちの運命は大きく二つに分かれてしまうのよね。 | |
好き勝手な暮らしをしたすえに坑夫となる兄たち、どちらもきちんと大学まで出て裕福な暮らしをする双子。まるで兄弟じゃないみたいに違う道を歩むよね。 | |
普通ならそういう場合、兄弟とはいっても疎遠になるものだろうけど、アレグザンダーは遠方に住むアル中になった長男キャラムのもとに訪れつづける。その背景には一族の歴史があり、家族の歴史があるのよ。 | |
父方の祖父は陽気な楽しいおじいちゃんと、母方の祖父は真面目で堅苦しいけど親切なおじいさん、この二人の長きにわたる友情も素敵だったし、キャラム・ルーアが飼っていた、そしてその子孫が一緒にケープ・ブレトン島に根づいた一生懸命がんばる犬たちも忘れがたいし、 ん〜、この小説の魅力は語り尽くせないな。 | |
小説を読んでるって感触じゃなかったよね。実話をそのまま伝えてもらっているような。出てくる人がみんな実在したとしか思えないんだもの。 | |
読了して、小説の記憶が残ったというより、たくさんの思い出が残ったって感じだよね。それにしても、早く翻訳してもらえて、本当によかった。これから先、人生の折々に何回読み返せることか。ということで、オススメなんて言う必要もないでしょうってことで。 | |