すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「冬の犬」 アリステア・マクラウド (カナダ)  <新潮社 単行本> 【Amazon】
アリステア・マクラウド全短編集『Island』の後半8編を収録した短編集。
すべてのものに季節がある/二度目の春/冬の犬/完璧なる調和/鳥が太陽を運んでくるように/幻影/島/クリアランス
にえ これは短編集『Island』に納められた16編の短編小説のうち、後半8編の翻訳本です。前半の8編は「灰色の輝ける贈り物」に収録されてます。
すみ アリステア・マクラウドに関しては、私たちが好きかどうかなんて語るのもおこがましいような、特別な作家だと思っているから、 良かったよ〜とか、オススメだよ〜とか、言うことさえも失礼なような気がしてるんだけどね。
にえ 文章がよかったとか、ストーリーがよかったとか、登場人物がよかったとか、そういうことを言うレベルじゃないよね。ああ、でも、これは言わせていただこう、翻訳文はまたしても素晴らしかった。
すみ 『Island』は年代順に作品を並べてあるから、そのままこれがアリステア・マクラウドの短編小説群の後半ってことになるんだよね。
にえ 「灰色の輝ける贈り物」の8編は、独特の美しさにゾクゾクしっぱなしだったけど、こちらの8編は読み進めるほどに重厚さを増して、 胸に重たいものをズシン、ズシンと残していく感じがしたな。
すみ 少し昔のケープ・ブレストン島やその周囲の島々の暮らしが、より明確に、詳細に語られていていたよね。そして、 昔ながらの暮らしを続けていこうとしているのに、政府の政策やその他諸々によってできなくなってきていることや、自然や他の大切なものがどんどん失われてしまっていることへの問題提起も多分に含まれていて、 そのへんの主張もより明確になってた。
にえ ものすごく狭い範囲について語られているけど、そういうことについては世界共通の、もっと考えなくてはいけないことだものね。
すみ ときには家畜を殺したり、人間自身にも残酷な死が待っていたりする過酷な暮らしのなかにこそある豊かさ、本来の生きるという意味みたいなものが、 静かな迫力を持って語られていたね。なんというのかな、純粋に本物なのよ。だからここまで感動してしまうのだと思う。
<すべてのものに季節がある>
ケープ・ブレトン島の西海岸、農場を営む家で生まれ育った11歳の私は、まだサンタクロースの存在を信じていたかった。クリスマスを前に、 家族は長男のニールが休暇で帰ってくるのを心待ちにしていた。
にえ これは子供時代から大人世界へ少しずつ足を踏み出していかなければいけない時期の、少年の心の機微を描いた短めのお話。 どちらかというと「灰色の輝ける贈り物」の作品群の印象に近い、美しさを感じたな。
すみ これは、自分の息さえ邪魔な気がしたみたいで、読んでるうちに息を止めてしまっていたの。読み終わって慌てて息をして、自分で驚いてしまった。
<二度目の春>
農場に住み、無数の動物に囲まれて暮らしていた私は七年生の時、若い農業研究員がはじめた子牛クラブに入会した。 その研究員は、純血種の種牛を父親に持つ乳牛を産ませ、育てることが大切だと説き、私はそれに共感したのだ。
にえ あえて線を引くなら、この作品からが、ちょっと印象が変わってくると思ったんだけど。テーマがハッキリしてくると言うか。
すみ 天候ひとつでそれまでの苦労がすべて水の泡となってしまう農場での労働の過酷さや、屠殺や種付けといったことも含めた家畜との暮らしやらが詳細に語られていて、 生きることの重みを克明に書いてあったよね。
<冬の犬>
早朝、初雪に浮かれ、遊ぶ子供たちのもとに、どこからとも知れず一匹の犬が現われ、子供たちとともに楽しく遊び、去っていった。 その様子を窓から見ていた私は、12歳の時、家にやってきた美しいコリーのことを思い出した。
にえ 少年が乗った橇を犬が引き、流氷の上を走っていくんだけど、その危なっかしさにドキドキしてしまった。
すみ 農場での暮らしにおいては、犬もまたペットではなく、労働力のひとつだから、可愛いかどうかということではなく、役に立つか立たないかってことが判断基準になるのよね。
<完璧なる調和>
78歳のアーチボルトは、身ぎれいで、長身痩躯で姿勢が良く、髪は黒く、歯はまだ自分の歯だった。彼は山頂近くの家にたった一人で暮らしていた。 ゲール語を解し、たくさんの古いゲール語の歌を美しい声で歌えるアーチボルトは、民俗学者には知られた存在だった。
にえ これはもう、最後の一行に打ちのめされたな〜。それに至るまでの、アーチボルトの不運な半生と寡黙さ、ゲール語の歌の豊かさと美しさ…、あ〜もう、なんと言えばいいのか。
すみ ゲール語の歌にしても、若くして亡くなったアーチボルトの妻の思い出にしても、消えてなくなりそうなものを、向かい風に逆らってまっすぐに立つようにアーチボルトが守っている、 それにひたすら感動してしまうのよね。
<鳥が太陽を運んでくるように>
昔、背が高く、心やさしい男が、荷馬車の車輪に引かれた子犬を拾ってきた。男は大切に犬を育て、やがてその犬は大きな灰色の雌犬となった。犬に名前はなかったが、 ゲール語でクーモールグラス(大きな灰色の犬)と呼ばれていた。
にえ これはひとつの家族が抱え持った、<死の大きな灰色の犬>の呪縛についての話。こういう一族だけの伝承みたいなものも、現代では失われつつあるよね。
すみ 切なく、悲しい話ではあるけど、そういう表現をするにはあまりにも重いよね。それでいてどこか、夢物語みたいな気もしてくるのだけど。
<幻影>
私の父アレックスと双子の弟アンガスがまだ11歳の時、二人は母方の祖父母の家に行くことを思いついた。祖父母の家は今なら車で五十分もあれば行ける距離にあったが、当時は馬車か、 船で海から行かなくてはならず、二人はこれまでなかなか行くことができなかったのだ。
にえ これは複雑に絡み合った血の物語。少年の頃には単純にしか見えなかった肉親にあった、複雑な人間関係が大人になっていくことで見えてくるのだけど、 そのなかに、生きることそのものの凄まじさを感じたな。
すみ その複雑さのなかに、予知能力を持った男という、少しずつ形を変えながらもいろんなところで語り継がれる逸話が何度か絡まってきて、より史実と民話的な伝承の境界線をなくしていたよね。それによって話の豊かさが増していたように思った。
<島>
その小さな島には、灯台守の一家だけが住んでいた。父親が60歳になってから生まれた娘アグネスは、本島ではなく、その島で生まれた初めての子供だった。 アグネスは生まれてから本島に洗礼を受けに行ったが、年老いた牧師によって、名前も生年月日も間違って登録されてしまった。
にえ 禍福は、というより、人生そのものが、あざなえる縄のごとしとでも言いたくなるような、一人の女の半生の物語だった。
すみ 自分がそれを望んでいるのかどうかも不確かなまま、小さな島に一人で暮らし、狂女とまで呼ばれるようになったアグネスの半生の過酷さと、過酷なだけと思われた運命が見せる、思いがけない優しさ、生きることの重さを垣間見せられたね。
<クリアランス>
スコットランドからカナダに移民してきた一族の子孫である彼は、第二次世界大戦に出征していたとき、休暇を利用して、スコットランドへ行ってみたことがある。 そこでは彼と同じゲール語が話されていて、彼はよい友人を得た。
にえ 家族の暮らしがだんだん良くなっていくと信じて、地道に昔ながらの暮らしの努力を続けていった一人の男に、 漁獲量の制限とか、観光化の推進とか、そういう予期しなかった大きな力が襲いかかってくるのよね。
すみ なんとも、やりきれない気持ちが残るよね。どうして地道に暮らす人たちにばかり、こうして皺寄せが行ってしまうのか。カナダの海産物や木材を日本がどんどん輸入していることを思って、それでまた辛くなったりもしたな。 小説の中には、わずかながらもやさしい救いが残っていたけど。