=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「灰色の輝ける贈り物」 アリステア・マクラウド (カナダ)
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アリステア・マクラウドは1936年生まれのカナダの作家。「知られざる偉大な作家」と言われ、31年間にたった14の短編小説しか発表していない作家だったが、 10年以上をかけて書いた初長編小説が傑作と賞されて数々の文学賞を受賞した。一躍有名作家となったため、 これまでの14の短編小説に新たな2作を加え、合計16編の短編集『Island』が出版され、こちらも 絶賛とともにベストセラーとなった。 | |
短編集『Island』に納められた16編の短編小説のうち、前半8編の翻訳本です。 | |
『Island』は年代順に短編小説が並べられているそうだから、これは1968年から1976年に発表された、 古い作品群なのよね。 | |
後半の8編も邦訳予定で、話題になった長編小説も邦訳出版される予定なのだとか。楽しみ。 | |
でも、短編小説16作と長編小説1作読んだら、この方の作品はとりあえず、すべて読んだことになっちゃうのね。それはそれで寂しい気もする。 | |
この8編だけでも、珠玉の名作揃いだったよね。主題に新鮮味があるわけじゃなく、古さもあり、地味でも あるんだけど、読んでて何度もゾワゾワ来ちゃった。 | |
『Island』っていうタイトルどおり、ほぼすべての作品が、アリステア・マクラウドの出身地でもある、 ケープ・ブレストン島を舞台にしていたり、この島の出身者の話だったりするのよね。 | |
ケープ・ブレストン島は、「赤毛のアン」で有名になったプリンス・エドワード島の東隣で、「シッピングニュース」の 舞台となったニューファンドランド島の南隣にあるカナダの島。炭坑と漁業が産業の中心みたい。 | |
炭坑は廃れてしまってるみたいだけどね。アリステア・マクラウド自身も炭坑夫の息子だったそうなんだけど。 | |
作品群から受けるイメージ的には、「赤毛のアン」の春夏の緑美しい自然より、「シッピングニュース」の 冬の冷たい潮風の吹きすさぶ海の景色のイメージに近いかなと思ったんだけど。とにかく、すぐそこにある厳しい自然ってものがヒシヒシと伝わってくる。 | |
登場人物それぞれの人生から切り取られた時間が、抑えに抑えた文章で描写してあって、 そこから、つねに海からの風を受ける島の暮らし、家族とはなにか、生きるとはなにか、そういうものがめいっぱい伝わってくるのよね。 | |
じっくりと、何度も読み返したくなる作品群だった。精巧で、派手さとは無縁な美しい文章は灰色で、しかも 輝いていた。 | |
洗練されているけど素朴、白濁したような透明感、ケープ・ブレストン島を書くにはこの文章しかないんだなと納得。 地味だってことを覚悟して、じっくり味わいながら読んでほしいな〜。 | |
<船>
ロブスター漁の船を出す、漁師の父はいつも部屋にこもり、多くの本を読んでいた。母はそれを嫌い、 読書そのものを憎んでいた。学問を勧め、島を出ることを勧める父と漁師として島に残ることを望む母。 あの頃、私は二人のあいだで揺れていた。 | |
この作品の冒頭の数行を読んで、もう私はアリステア・マクラウドに 夢中になってた。お腹の底にジワ〜っと広がっていくものがあったなあ。 | |
漁師なのにひたすら本を読む父と、なんとか生活を保たせ、子供たちを引き留めようとする母。 どちらか一方が正しいということはないとわかっているから悩む息子。それにしても、なんでこうもロブスター漁ってのは郷愁を誘うんでしょ。縁のない世界なのに。 | |
<広大な闇>
弟妹たちと違い、長男のジェームズだけはずっと、両親の寝室の隣の部屋に一人で寝ていた。父は若い頃、 坑夫としてさまざまな地を訪れているが、今は仕事をなくしている。ジェームズは父と同じように、広い世間を見たいと家を出た。 | |
住み慣れた場所から少しだけ離れて、住み慣れたはずの場所のことを見知らぬ人に話す。 それはなんでもないことだけど、青年にとっては甘く切なく、ほろ苦く哀しい体験なのよね。 | |
大人になる過程で味わう寂しさが、じわっと伝わってきた。 | |
<灰色の輝ける贈り物>
ジェシーは家に帰らず、夜遅くまでビリヤードをやっていた。初めて金をかけることになったビリヤードで勝ち続けた彼に対戦を挑んだのは、 友人の父であるエヴェレットだった。エヴェレットも彼も、そのことをだれにも話さないだろう。 | |
信心深く、堅実な生活をおくる両親と、両親を愛しながら、男たちが集まり、遅くまで開いている店の灯り に別世界を感じて、惹かれていく18歳の青年。迎えに来る弟の存在が切なかった。 | |
ジェシーは別世界でエヴェレットと出会うことによって、初めて大人の男と男にしかできない、 意思の疎通というものを知るのよね。 | |
<帰郷>
10歳のアレックスは両親に連れられ、はじめて父の実家を訪れた。モントリオールの新聞の社交欄に載るほどの母と、弁護士の父。 都会で豊かな暮らしをする彼らだが、故郷の暮らしを護りつづける祖父母には、けっして成功者とは映らない。 | |
都会の洗練された暮らしこそがまともな生活と信じている妻と、生まれ育った故郷で暮らすことこそが 地に足の着いた生活と考える両親。どちらにも理解してほしいと願うアレックスの父親はつらいところだよね。 | |
自分たちの暮らしにこだわりつづける二世代の確執と、なんのこだわりもなく従兄たちと親しくなり、 父の故郷も、父の両親も、ぜんぶをあっさりと好きになってしまうアレックスの明暗の対比が、なんとも胸に痛く、美しかった。 | |
<秋に>
出稼ぎで、一年のうち、春にしか帰らない父に母は、肺気腫をわずらった老馬のスコットを手放すべきだと言う。 結婚する前から父とともにいて、父に従うことしか知らないスコットを手放すことはつらく悲しいが、春を過ぎればまた出稼ぎに行くしかない 父にはスコットの面倒を見られない。 | |
これは読み終わったあと鳥肌が立ちまくったな〜。よくある話ではあるんだけど、 ジェームズ少年の公平な視線のためか、胸に迫るものがあった。 | |
理屈ではなく、ただただ馬を愛する父と、生活のために馬を手放すしかないという母、 馬を引き取るためにやってきた業者と、動揺する弟。すべての人の気持ちを理解して、あえて何もしないジェームズの広い視界は、 まばゆいばかりに曇りなく鮮やかだったね。 | |
<失われた血の塩の贈り物>
私は四千キロの旅の末にたどりついた道の末端にたたずむ。少年たちが楽しげに釣りをしている。そのなかの 一人の少年が祖父母の家に帰ると、私もそれについていった。少年の祖父は私を迎え入れたが、私が誰なのかわかったその妻は、 一瞬だけ敵意を燃やしたあとでそれを抑えた。 | |
最初はわからなかった少年と私の関係が、読み進めると少しずつ見えてくるの。冒頭からラストまでの、 ものすごく丁寧な文章の流れが美しすぎるほどだった。 | |
浜辺で拾った石をあげるという少年に対して、私が言ったセリフがなんとも良かったな。 間が抜けているようでもあり、思いのほか心がこもりすぎてしまってもいて、そこにすべてが集約されている気がした。 | |
<ランキンズ岬への道>
愛する祖母の家を訪れた26歳の青年キャラムには、まだ家族のだれにも告げていない秘密があった。それはあまりにもつらい秘密だったが、 一緒に暮らすことを望む祖母に隠してはおけなかった。 | |
人里離れて不便な地で独り暮らしをする祖母と、その祖母を説得してなんとか養老院に入るよう勧めてくれという家族。 でも、青年の思いは別のところにあるの。 | |
祖母の家にいたるまでの長く美しい描写からはじまって、とつぜん、え、と思う出来事がポツンとあり、それからまた 、なにごともなかったように祖母の家での親しげな会話があり、そのあとで…。ああ、このもって行き方のうまさ、自然さ、みごとすぎるよ〜。 | |
<夏の終わり>
8月、世界を股に掛ける坑夫チームのわれわれは、次の仕事に行く前に、海岸で過ぎ去る夏を楽しんでいた。 | |
いつ落盤があって命を落とすかもしれない仕事をする前の、男たちの休息と胸に去来する想いが淡々とつづられています。 ちょっとこれまでの作品とは色調が変わって戸惑うものがあったけど、最後にふさわしい短編だった。 | |
こういう人たちを知っていて、ともに働いたこともあるからこそ、 アリステア・マクラウドの作品があるんだよね。そういうものすべてが濃縮され、この短編に詰め込まれていると思った。ラストの詩があまりにもうまくはまっていたし。 先の邦訳がほんとに待ち遠しいです。 | |