すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた」
              ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】

書くことも仕事としている実験心理学者である、老いたアメリカ人男性が、メキシコのキンタナ・ローに滞在中、出会った人々から聞いた不思議の物語3編。 世界幻想文学大賞受賞作品。
リリオスの浜に流れついたもの/水上スキーで永遠をめざした若者/デッド・リーフの彼方
にえ 私たちにとっては「愛はさだめ、さだめは死」以来、2冊めのジェイムズ・ティプトリー・ジュニアです。
すみ あいだに、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの母メアリー・H・ブラッドリーの「ジャングルの国のアリス」は読んだけどね。
にえ これは覆面作家ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアがじつはアリスという女性だってことが、すでに知られてしまったあとに書いたものなんだってね。
すみ なんとなく、「愛はさだめ、さだめは死」のようなSF作家ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアが書いたっていうより、本名であるアリス・ヘースティングズ・ブラッドリー・シェルドンが書いた小説って気がしてしまった。
にえ そうだね〜、「ジャングルの国のアリス」のクルクル巻き毛の金髪少女アリスからは想像できないけど、勇ましくアフリカを旅しながら、時代に先んじて自然保護について考えはじめていた母メアリー・H・ブラッドリーの影響はかいま見られたかも。
すみ この本は本名で出したほうが良かったんじゃないの、なんて大きなお世話なことを一瞬考えたけど、でも、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアという名前で出し、語り手をあえて男性にしてあるところをみると、著者自身にはそんなつもりはなかったのかな。
にえ 逆に、自身に近づきすぎたから、あえて語り手を男性にしたのかもしれないよ。な〜んて、浅はかな深読みかな、やめておきましょう(笑)
すみ とにかくSF小説ではないよね。奇譚ものというのが一番ふさわしいと思うんだけど。海洋奇譚というには陸から近すぎるかな。でも、海にまつわる幻想奇譚。
にえ 舞台はメキシコ、ユカタン半島の東海岸キンタナ・ロー、マヤ族が暮らす地。
すみ 巻末解説に、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアがキンタナ・ローに詳しいのは、CIA時代に関わりがあったから、らしきことが書いてあったね。
にえ この小説を読んでいくと、いかに特殊な地域かってことがわかってくるよね。アメリカ人は蔑称的意味あいのある「グリンゴ」と呼ばれているの。
すみ 語り手である男性は、長期滞在で時間をかけ、どうにか、グリンゴにしては増しなほう、と認めてもらえるぐらいにはなっているのよね。親しく挨拶を交わす地元の友人も何人かできていて。
にえ 溶け込んでいるってほどじゃなかったけどね。そこに住む人たちとはあきらかに超えられない壁があるし、気兼ねして暮らしているようなところもあり、なんでそうまでしてキンタナ・ローに滞在しているんだろうと思わないでもなかったけど、ダイビングが趣味のようだから、 やっぱり手つかずのところが残されている、海に魅了されているのかな。
すみ マヤ族への憧憬というか、そういう惹かれ方をしているようなところもうかがわれるけどね。疎外感ははっきり持ちながらも、ちょっとでも親しくなろうとしてて、やや親しくなった人がいることに喜んでいるようなところもあって。
にえ で、そんな語り手が見聞きする3つのお話は、背中がゾクリとするような、不思議な話ばかりなの。
すみ 3つとも、なんとも言えない余韻が広がる、美しいけれど、ちょっと怖ろしいような話だったよね。怖ろしいところがあるからこそ、美しいというか。さすがは世界幻想文学大賞受賞作品、素晴らしかった。オススメです。
<リリオスの浜に流れついたもの>
水を求めて私のもとに訪ねてきた青年は、デモインでプールの設計の仕事をしているが、ときおりこの地を旅しているのだという。青年はある晩、この北の岬で、海に浮ぶ光る柱を見つけた。その柱には黒髪を揺らす美女が縛りつけられていた。ところが、女を助けて浜へ運んでみると、男であることがわかった。しかも、その男の皮膚の下には、ルビーの大きな塊が隠されていた。
にえ 海を漂流していた女のような男のような人を助けた青年は、あとで背筋残るようなことを言われるんだけど、余韻として残るのは、やはり恐怖すれすれの美しさと海の神秘さかな。
<水上スキーで永遠をめざした若者>
新道のおかげで、これまで近寄ることもできなかった入り江に自転車で行けるようになった。私はその魅惑の入り江でダイビングをするため、朝早くから出掛けていった。そこで見たロブスターの長い行列は秘密にしておきたかったのだが、通りかかった漁船の船長マヌエルは友人でもあり、妻と娘の病気のために金がいることも知ってしまったので、教えないわけにはいかなくなった。 マヌエル船長はお礼に、若い神を意味するコーという名を持つ青年の思い出を語ってくれた。
すみ ダイビングも水上スキーも、海ではなにをやってもずば抜けていた、仲間たちのヒーロー的存在だったコーの思い出。コーはいなくなっちゃったらしいんだけど、どこに行ったのか。意外なラストはまさに伝説。
<デッド・リーフの彼方>
観光客向けの高級レストラン<ブソ>の常連客用スペースで、私はなに人かはわからないが、この地では私と同じ外国人であることはたしかな男と知り合った。男は<ブソ>の古くからの常連客で、信頼にあたいする人物のようだった。食後、夕暮れの海岸を一緒に散歩することにした私は、話の流れから、明日、ホルヘ・チュクのガイドで、北の珊瑚礁のはずれまで行くことを話した。 すると男はそれを止め、以前、自分がそこで経験したことを話してくれた。
にえ 知り合った男がデッド・リーフで味わったのは、悪夢のような幻覚、かと思えば、幻覚ではなく・・・。まだまだ人類に知り尽くされていない海では、本当にこんなことがあっても不思議はないと思ってしまった。