すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「愛はさだめ、さだめは死」 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(1915−1987) ペンネームは男性名だが、じつは女性。 本名はアリス・ヘースティングズ・ブラッドリー・シェルドン博士。シカゴで生まれた。母メアリーは 30冊を越える旅行本の著作がある作家であり、地理学者。父ハーバートは弁護士であり、博物学者。 幼いときから両親に連れられてアフリカ各地、インド、ベトナムなどで暮らしたが、大きすぎる母親の存在に 押しつぶされそうになって12歳で自殺をはかる。アメリカに戻ってからは、母親がアリスの社交界デビューのため、 大がかりなパーティと世界一周旅行を計画していることを知り、3日前に知り合ったばかりの男性と19歳で結婚、 26歳で離婚。グラフィック・アーティストとして活躍したのち、陸軍に入隊。女性初の空軍情報学校卒業生 として写真解析士官としてペンタゴンの中枢で働く。30歳でドイツに渡って科学を学び、アポロ計画に加わる。 そこで知り合ったシェルドン大佐と結婚し、夫婦でCIAの発足に貢献する。除隊後、しばらく失踪するが 夫のもとに戻り、大学に入学して、52歳で心理学博士となる。翌年よりSF小説を執筆。SF小説が好きだった理由は、 母親が絶対に読まないジャンルだったから。ペンネームはイギリスで売られているマーマレードの瓶のラベルからとった。 男名前のペンネームで、長く正体を隠していたため、男性だと信じられていたが、1976年の母の死により翌年、 正体が暴かれる。1987年、アルツハイマー病に罹った夫を射殺し、自分の頭も撃って死亡。死体が発見されたとき、 二人はベッドの上で手をつないでいた。
にえ 作者があまりにも特異な経歴で、作品と同じぐらい興味深かったので、 上には作者の紹介を載せましたが、この本はジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの短編集です。
すみ 巻頭にロバート・シルヴァーバーグがティプトリーを女だと知らないときに書いた 推薦文が載ってるんだけど、男だと思いこんでるからこそ、女性作家ティプトリーがいかにすぐれた作家であるかを 証明する名文となってるよね。
にえ うん、女にはヘミングウェイ作品は書けないのと同じように、女にはティプトリー作品は書けないって いうようなことが書いてあるんだけど、それがそのまま最高の賛辞となってるの。
すみ で、小説のほうなんだけど、科学的というより、観念的、感覚的だったよね。 科学的な説明抜きで唐突に話が始まり、終わっていく。
にえ 私は前半の作品読んでるあいだと、後半に入ってからとイメージがちょっと違ったんだけど、 前半は諸星大二郎の漫画の初期SF作品をすっごく連想したな。
すみ え、似てるかなあ。
にえ 不完全さがもろに目立つけど、それがかえって不可思議さの奥行きになってて、 シュールで、どことなく退廃的で、SFなのに描かれてる世界は未来というより終末的、サブカルチャーを愛する 知的な大学生が熱狂的に支持しそうな、哲学的に深く掘り下げられそうな奥行きの深さ、かな。
すみ う〜ん、なんか落ち着かない不安定さが逆に魅力かなって感じはしたけど。
にえ まあ、前半だけなんだけどね。後半の作品は完成度の高いのが多かったでしょ。そうなると、 文学的な匂いが強くなって、違う印象になってきたんだけど。
すみ けっこうネッチリした文章で、軽くスラスラッと読めるって感じではないんだけど、 読んだ甲斐のあるおもしろさはあったよね。
にえ 好みは分かれると思うけど、好きになったらハマルでしょ。
<すべての種類のイエス>
地球に降り立ったエイリアンは、ドラッグに浮かれる4人組のヒッピーの男女と知り合い、たどたどしい 会話ながらも親交を温めた。
すみ これは、エイリアンにも人生があり、悩みがありってところ、4人が あっさりエイリアンと仲良くなって、エイリアンのたどたどしい言葉を言ってる以上に理解しちゃうって ところがなんともおかしかったな。ティプトリーは会話部分のセンスが抜群なんだそうです。
<楽園の乳>
人間は絶滅し、救出された少年と少女は、人間であることを隠し、エイリアンの中で暮らすしかなかった。
にえ 喪失感の色濃く出た作品。まったく理解できない世界が当たり前のように描かれてるので、 おいていかれそうになったけど、最後には”パラダイス”をめざす少年の痛ましい姿が印象に残りました。
<そして私は失われた道をたどり、この場所を見いだした>
コンプレックスに悩まされるエヴァンは、スター級科学調査団の一員となって、星々をめぐる特権を授けられた。 エヴァンはある惑星で<別れの山>と名付けられた山の存在を知り、惹きつけられる。それは、死にゆく人を捨てにいく山だった。
すみ SF的”姥捨て山&羅生門”って感じかな。これもラストは凄まじい喪失感。喪失感が 恐怖となって襲いかかってきます。
<エイン博士の最後の飛行>
謎の女性と不思議な経路でモスクワの会議に向かったエイン博士には、すべてを暴露する覚悟があった。
にえ 科学者は護らなければならない機密と科学者としての良心のはざまに苦しんでいる、 というお話なんだけど、話のもって行き方に緊張感があっておもしろかった。
<アンバージャック>
のちにアンバージャックと呼ばれることになるダニエルと、ガールフレンドのルーはたがいに二人の関係を 愛と呼ばない理由があった。
すみ 短い話のなかに、ダニエルとルーの悲しい生い立ちが、チラチラッとかいま見え、 消えていく、切ないお話。
<乙女に映しておぼろげに>
『拝啓キャンディー』という新聞のコラムで人生相談に乗るモトルビーのもとに、未来からタイムトラベル した少女が現れた。
にえ 未来の流行語を使いまくって、なにを言ってるんだかよくわからないイケイケ少女と、 ふつうに会話するモトルビーが滑稽でした。
<接続された女>
広告を出せない未来で、グロテスクな少女は美しいアンドロイド少女デルフィに接続され、大衆に愛され、 あこがれの対象となることで新製品を売りこむ任務を授かった。
すみ これはヒューゴー賞受賞作。デルフィに恋をしてしまった青年が最後になにをするか、 ってのは想像がつくのだけど、退廃しきった未来社会、美しい偽少女、その裏にひそむ醜い少女のコントラストが色鮮やかで、 圧倒されました。私はこの作品が一番好きですね。
<恐竜の鼻は夜ひらく>
なんとか助成金を引き出したいフィッツは、地球では恐竜狩りができると上院議員を誘った。
にえ 過去の世界から恐竜を連れてくるっていうか、恐竜がいるように工作する って話なんだけど、話がそっちにいくのねって意外性がおもしろかった。
<男たちの知らない女>
不時着した飛行機で知り合った美しい母娘には、男では思いも及ばないような計画があった。
すみ エイリアンに遭遇して、こういうことをするなんてって話なんだけど、 正体がばれるまではフェミニズムを支持する男性作家と言われていたティプトリーらしい、女性讃歌的作品。 とくに母親がかっこよかった。
<断層>
エビのような容姿をしたショダール人に囚われた夫ミッチを迎えに行くマギー。ミッチはなんらかの 罰を受けたはずだが、一見したところ、なんの変わりもなかった。
にえ ピンクとグリーンのまだらでエビみたいな容姿で、長いヒゲを伸ばして こちらの顔を触ってきて、共鳴しようとするっていうから、ショダール人はかなり不気味なんだけど、ショダール人の 処罰の仕方は、もっと怖ろしいのよ、これが。ゾワゾワッ。
<愛はさだめ、さだめは死>
異星で暮らすモッティガードは、赤い愛を求めていた。
すみ これはネビュラ賞受賞作品です。小説というより詩に近いかな。 モッティガードたちがどんな姿をしているのか、どんな生態なのか、だんだんとわかってきます。 想像しながら読むと不気味美しい。
<最後の午後に>
ある星で、30年の歴史のあるコロニーは滅びようとしていた。最後に残った避難民たちは海より上陸してきた 怪物たちの姿に懼れおののいた。
にえ 怪物たちによってデフォルメされまくった性描写が圧巻。人間の無力さが とことんまで強調されていて、私はこの作品が一番好きです。