少し遠くから、祭りに来た人々のざわめきが聞こえる。
 だが、この公園には祭りの気配などは一切感じられないくらい、暗闇がひっそりと敷地内を包んでいた。
 ここは痴漢などが出ることで有名な公園なので、よっぽどの物好きしか夜は公園へは来ない。
 そんないかにも怪しげな場所に、桂木はなぜか立っている。
 けれどそれは、自分の意思で来たのではなく、何者かに連れて来られたのだった。

 「一体、何の用なのよ?」

 自分を取り囲んでいる人数を確認しながら、桂木はそう言った。
 何者かと聞かなかったのは、正体がなんとなくわかっていたからである。
 あの人ごみの中で背中にナイフを突きつけられ、声を出すなと脅されておとなしくここまで来たが、こんな目にあうような心当たりは一つしかなかった。
 このいかにも何かやっていそうな男達は、おそらく大塚達のバイト先の人間だろう。
 「威勢がいいなぁ、ネェちゃん」
 「自分の立場わかってて言ってやがんのかぁ?」
 言ってることも口調も本当に予想通りで、聞いているのがバカバカしくなってくる。
 けれど、突きつけられてたナイフとか、相手が八人くらいいることとか、そんなことが怖くないわけじゃない。
 桂木は自分の周りに注意しながら、拳をぎゅっと握りしめて気合を入れた。
 ここで怖がっている素振りをしては、相手の思うツボである。
 (お願いだから、誰か早くきてよ…)
 自分がいなくなったことで、執行部が皆で探してくれていると信じていた。
 だから、見つけてくれるまで頑張ればなんとかなる。
 そう思って、桂木はとにかく時間稼ぎをすることにした。
 「立場ってなんのこと? ちゃんと説明してくれなきゃわからないわっ」
 「ばっくれてんじゃねぇよっ! 店をぶっ壊しやがったクセにっ!」
 「店? それって何のお店かしら?」
 「陶器屋だ!」
 「知らないわそんなの。客に因縁つけるの商売にしてた、バカ高校生の店なら見たけど?」
 「こ、このアマ…」
 「高校生で未遂ですんだから良かったけど、あれって詐欺っていうか、犯罪よね? 最近の高校生って、ほんっと怖いわ」
 桂木は、あの店でのことはすべて大塚達のしわざだということで押し通そうとしていた。
 こういうことにしておけば、自分から犯罪者だと名乗り出る者はそうはいないだろう。
 案の定、狙い通り男達は少し頭が冷えてきたようで黙ってしまった。
 おそらく一瞬、このままことを大きくしない方がいいかもしれないという考えが頭をよぎったのだろう。
 だが、自体は思うようにいかないもので、やはりこのままでは事態は収まらなかった。
 「結構、肝がすわってんじゃねぇか?」
 「・・・・・・・」
 「だが、そう思い通りにはいかないぜ。店の修理代五百万、きっちり払ってもらおうか?」
 「覚えのないものは払えないわ」
 「なんだったら、ちゃんと払えるようにいい店紹介してやるよ」
 男達の中でリーダー格と思われる男が、そう言って桂木の顎に手をかける。
 桂木がそれを振り払おうとした瞬間、すぐ近くから怒鳴り声が聞こえた。
 「うだうだやってねぇで、とっとと歩きやがれ!!」
 「ちゃんと歩いてんだろっ!!」
 聞き覚えのある声が近づいてくるのがわかると、桂木はこめかみに指を当てる。
 男達の仲間の一人に捕まって連れた来られたのは、一番捕まりそうな藤原ではなく時任だった。
 なぜかはわからないが、時任も桂木と同じように捕まってしまったらしい。
 「なんでこんなトコに来てんのよっ! しかも一人で!」
 「うっせぇっ!」
 「なんで逃げないの!」
 「いいから、黙ってろっての!」
 時任はブスくれた表情のまま、人相の悪い男に腕をつかまれている。
 もしかしたら、その男に桂木のことで脅されているのかもしれない。
 そう桂木が考えたのは、それ以外に時任がおとなしく捕まる理由がなさそうだったからだった。
 「そいつは全然関係ないわ」
 「あぁ?」
 「あたしに命令されてやっただけよ。だから、関係ないから放してやって」
 「直接、店壊したのはコイツだろ? お譲ちゃん」
 「違うって言ってるでしょっ!」
 桂木が思わず怒鳴ると、顎をつかんでいた男が桂木を殴ろうとする。
 その衝撃を覚悟して桂木は目を閉じたが、じっと待ってもその衝撃はやって来なかった。
 「…なに?」
 様子がおかしいので恐る恐る目を開けて見ると、桂木の目の前に時任の背中がある。
 桂木を殴ろうとした男の手は、時任の腕によって防がれていた。
 「よぅ、兄ちゃん。お譲ちゃんのかわりに相手してくれんのか?」
 「てめぇなんかに、俺の相手はつとまらねぇよっ」
 「ふーん、結構いいツラしてんじゃねぇか…。そんな怖い顔やめてニッコリ笑ってみせたら、助けてやってもいいんだぜ。もっとも、別な意味で無事じゃすまないだろうがな」
 「俺に汚ねぇ手でさわんなっ!!」
 「じっとしてれば、痛くなくてすむぜ」
 男と時任のやりとりを聞いて、周囲が嫌な笑いに包まれる。
 冗談かと思ったがどうやら男は本気らしく、ナイフを時任の首元へと近づけていた。
 男の手が、少し前に久保田が直してくれた襟元へと伸ばされる。
 襟がぐいっと引っ張られて時任の肌が空気にさらされると、そこにつれられていた真新しい赤い跡を発見して、男が短く口笛を吹いた。
 どうやら、本当に時任に興味を持ったようである。
 そんな様子を感じ取った桂木が、あせって時任の後ろから出ようとした。
 だが時任は桂木の肩を押して、自分の後ろから出そうとはしない。
 男の手が時任の襟元から中へと伸び、もう一方の手が帯を解こうとしているのに気づいて、桂木は必死にその手を止めようとしながら叫んだ。
 「時任! あたしをかばってるヒマあったら、とっとと逃げなさいよ!」
 「悪役目の前にして、正義の味方な俺様が逃げられっか!」
 「バカなこと言ってないで、早く! ナイフ持ってるヤツ相手になんてムリよ!」
 「正義の味方ってのは、強ぇから正義の味方なんだぜっ!」
 「いくら強くても…」
 「全戦全勝!負けないのが正義の味方の基本! そうだろ、久保ちゃん?」
 時任の視線が目の前で自分を犯そうとしている男ではなく、そのもっと後ろへと向けられる。
 するとそこには、セッタをくわえた久保田が立っていた。
 「そういうこと、それが正義の味方ってモンでしょ?」
 「遅ぇぞ、久保ちゃんっ」
 「う〜ん、いい眺めだけど…。これは落とし前つけなきゃ、だねぇ?」
 「何言ってんだ、バカっ!」
 二人の視界の中には、すでに男の姿はない。
 時任は久保田を、久保田は時任しか見ていなかった。
 「なんだ、てめぇは…」
 無視された男はプライドを傷つけられたのか、怒りをあらわにした目で久保田の方を見る。
 だが、やはり久保田の視線は時任から離れなかった。
 「そんじゃ、やりますか?」
 「やらいでかっ!」
 そう二人が言うと同時に、時任の蹴りと久保田の蹴りが時任を襲おうとしていた男に炸裂する。
 二人の鋭い蹴りに、男はナイフで反撃する余裕もないまま、うめき声をあげて地面へと転がった。
 相当威力のある蹴りを同時に二つも食らっては、無理のない話である。
 だがその蹴りのおかげで、二人の雰囲気に飲まれていた周囲がハッと我にかえった。
 「てめぇら、よくもやりやがったなっ!!」
 「ぶっ殺してやるっ!!」
 一人がやられたことによって、全員の視線が一気に久保田と時任に集中する。
 桂木も戦うことを覚悟して身構えたが、その桂木の背後から桂木を呼ぶ声がした。
 「無事でなによりです、桂木さん」
 「間に合ってよかった」
 「助けに来たぜ、あねさんっ」
 「久保田せんぱ〜い」
 それは、バラバラになって桂木を探していた執行部員達だった。
 桂木は気が緩んだのか一瞬泣きそうな顔になったが、次の瞬間、相浦の頭をハリセンで思い切り叩く。
 するとスパーンという音が、公園内に響き渡った。
 「誰があねさんよっ! 失礼しちゃうわねっ!」
 「いてて…」
 相浦、室田、松原、補欠の藤原が加わって、これで生徒会執行部全員がこの場にそろったことになる。
 どこかの組の関係者と思われる男達を前にして、執行部員達は少しもひるんだりしていない。
 藤原がビクビクと室田の後ろに隠れていたが、逃げたりはしないようである。
 桂木は執行部員達の前に立つと、ハリセンをぴしっと男達の方へと構えてニッと笑った。
 「執行部全員で今から公園内の清掃っ! 掃除するからには塵一つ残すんじゃないわよっ!」
 「了解」
 「おうっ」
 「やりますか…」
 「当然、やるっきゃねえだろっ」
 「ほーい」
 公園内の清掃を桂木から言い渡された部員達も、桂木と同じような笑みを浮かべる。
 勢ぞろいした全員が着ている執行部のハッピが、彼らの使命を物語っていた。
 生徒会執行部は荒磯高等学校内での悪事を取り締まる公務のが仕事だが、時には街の美化に勤めることがあってもいいだろう。
 いつでもどこでも完全無敵、それが正義の味方のあり方だった。
 
 「清掃開始っ!!」
 
 桂木の合図と共に、全員がいっせいに公園内の清掃に取りかかる。
 相手が武器使用なので、時任は木刀を振りかざして突進し、松原と室田もそれに続いた。
 「どおりゃあぁっ!!」
 「松原潤、行きますっ!」
 「うおぉっ!!」
 なかなか全員で公務を行う機会はないが、それは普段は二人で十分事足りるからなのである。
 今回は明らかに半端じゃなくケンカ慣れしている相手だったが、こちらも半端じゃなくこういう事態には慣れていた。男達は時任達を見かけてなめていた分だけ、戦況はかなりフリだった。
 「そんじゃま、行きますか」
 少しの間、時任たちの戦いっぷりを見ていた久保田だったが、何か目標物を見つけたらしくゴミ掃除に参加するために歩き出す。久保田の視界には、蹴られて伸びていた男が、背後から再び時任を襲おうとしている姿が入っていた。
 「落とし前って思ってたけど…。やっぱ変更して、お礼は十倍返しってことでヨロシク〜」
 久保田はそう言って男の横に立つと、さっき蹴った腹だけではなく顎まで蹴り上げた上に、転がった男の手を踏みつけた。
 男はうめいていたが、それを見下ろす久保田の顔は平然としている。
 踏みつけにしているのは、時任の襟元から中へと差し込まれていた方の手だった。
 「うあぁぁっ!!」
 「自分のしたコトはちゃんと思い知らなきゃ、でしょ?」
 久保田が男の手から足を退けずにいると、その背後に向かってナイフを持った男が突進してきた。
 いくら久保田とはいえ、武器も持たずにナイフの相手は危険である。
 すると、それに気づいた時任がすばやく久保田の背後へと回って、木刀でナイフを叩き落とした。
 「大丈夫かっ、久保ちゃん!」
 「さすが時任クン、ナイスフォロー」
 「ふざけてねぇで、そろそろ時間ねぇから一気にカタつけようぜっ」
 「了解」
 みんなそれぞれ見事な戦いっぷりを披露していたが、やはり久保田と時任コンビには勝てない。
 今回は武器相手なので時任が木刀を持ってそういう奴らの相手をしているのだが、時任は前ばかりを向いていてまるっきり背後に注意をしていなかった。
 それは、時任の背後を久保田が守っていたからである。
 刃物相手なので注意がそれると怪我をしかねない。
 そのため時任は、完全に背中を久保田に預けていた。
 「わりぃな、久保ちゃん」
 「それはお互いサマ。俺の後ろは時任が守ってくれてるしね?」
 「そんなのは当然だろっ!」
 「時任は俺の相方だし」
 「久保ちゃんは俺の相方だもんなっ!」
 時任の木刀と久保田の蹴りが、見事すぎるぐらい見事に決まっていく。
 そのコンビネーションは、素人が見ていても思わずため息が漏れるほど見事だった。
 桂木は起き上がりかけた男の頭を棒で殴りつつ、そんな二人を楽しそうに見ている。
 やはり、この無敵コンビがいてこその生徒会執行部だった。
 
 ファンファン…ファン…。

 公園内清掃がほぼ終わった頃、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
 どうやら誰かが通報したらしい。
 桂木は腕にはめている時計を見ると、全員に向かって叫んだ。

 「そろそろ花火が始まる時間だから、みんな急いで行くわよっ!!」

 夏と言えば祭り、祭りといえば花火。
 花火を見なければ祭りは終わらない。
 桂木が花火のある川辺方面に走り出すと、それに続いて全員が走り出した。
 せっかくの祭りを、この夜を楽しむために…。
 走り出した瞬間、全員が執行部ではなくただの高校生に戻っていた。
 パッピを脱いで笑いあいながら、人ゴミをぬって夜を走り抜ける。
 桂木も楽しそうに笑っていた。

 「ありがとね、桂木ちゃん」
 「…サンキュ」

 桂木がその二つの声にハッと気づくと、肩に時任の手と久保田の手が乗っていた。
 ありがとうは、たぶん男に襲われかけた時任を助けようとしたことに対して言っているのだろう。
 けれど助けられたのは桂木も同じだった。
 桂木はそんな二人に、
 「そんなの当たり前でしょっ」
と、言ってニッと笑いかける。
 すると久保田と時任は、ポンッと桂木の肩を叩いてから二人で追い越して走って行ってしまった。
 きっと、ここからは二人きりでいたいのに違いない。
 二人は執行部員で相方だが、やはりそれだけではないのである。
 「待ってくださぁ〜い!!」
 藤原が二人を追いかけて行こうとしていたが、それを桂木が止める。
 そうしたのはたぶん、二人の邪魔をさせたくないというよりも、藤原を気遣っていたのかもしれなかった。
 「いい加減にしないとっ、マジで馬に蹴られて死ぬわよ!」
 「うわぁ〜ん、久保田せんぱーい!」
 「泣いてないで、とっとと走んなさいよっ!!」
 
 祭りは未だ終わらない。
 けれど、後で思い出になるだとかそんなことを考えるよりも、笑って、みんなと笑い合っていることが、こうやって走り続けていることが何よりも大切だった。





 「く、久保ちゃん…、ここってドコ?」
 「ん〜、ドコだろうねぇ?」
 「迷子になったんじゃねぇだろうな?」
 「どうでしょ?」
 桂木達と分かれた久保田と時任は、雑木林の中を二人で歩いていた。
 時任は久保田に言われるままについてきたのだが、どうもさっきから道なき道を歩いているような気がしてならない。暗いのでどこを歩いているのかさっぱりわからなかった。
 「どこに行く気だよっ?」
 「怖い?」
 「怖いわけねぇじゃん」
 「なんで? このままどこか知らないトコに連れてっちゃうかもよ?」
 「べつにいーじゃん、それでも」
 「ホントにいいの?」
 「だってさ、久保ちゃんが一緒なんだろ?」
 「うん」
 「だったらいいんじゃねぇの? ドコに行ったって同じだしさ」
 「…そうだね」
 どちらからともなく手を伸ばして、お互いの手を握りしめ合う。
 そこから伝わってくるのは離れたくない想いと、隣にいて、一緒にいることの暖かさだった。
 道なき道を二人で歩いて行くと、次第に辺りが明るくなってくる。
 林を抜けた先には音を立てて流れていく川と、夜空が広がっていた。
 「久保ちゃん、川に出た」
 「そう、ココからだと良く見えるらしいんだよね」
 
 「なにが?」
 
 時任がそう尋ねた瞬間、ヒュールルルと音がして、何かが爆発するみたいな音がする。
 明るくなった空を時任が見上げると、そこには大きな大輪の花が咲いていた。
 夏の夜に咲く、一晩限りの満開の花。
 たくさんの花々が夜空に美しく咲いては散っていく。
 鳴り響く音が辺りに木霊するのを聞きながら、時任は久保田の手を握りしめたまま…。
 じっとそれを見つめていた。
 咲き乱れていく花が消えていく様は、まるでいつの間にか過ぎいく夏の終わりにも似て…。
 それを見ていると少しだけ、川から吹いてくる風が聞こえてくる音が寂しくなる。
 その美しさ故なのか、空に咲く花はどれも見事に空に散っていく。
 目の前の花々に心を奪われている時任の肩を、久保田がそっと抱きしめた。
 空を見上げてばかりいる時任の髪に頬を寄せて…。
 すると時任が、肩に乗せられた久保田の手に自分の手を乗せた。

 「久保ちゃん…」
 「ん?」
 「来年さ」
 「来年?」
 「…また来れるといいな、一緒に」

 また一緒に…。

 そう言った時任の言葉に、久保田は返事しない。
 けれどそれに答えるように時任の額にキスすると、じっと花々の咲き誇る夜空を見上げた。
 時任と二人で、終わりかけた祭りの名残りを見送るように…。
 





 後日、桂木達を襲った男達は、別件の詐欺容疑で逮捕されていた。
 それを新聞で見た久保田の口元がかすかに笑っていたが、そのことに誰も気づいてはいない。
 だが、久保田の横から新聞を見ていた時任が、少しだけ首をかしげた。
 「なぁ、久保ちゃん?」
 「なに?」
 「警察に通報したのって、結局誰だったんだ?」
 「通行人じゃない?」
 「やっぱそっかぁ…」
 すべては久保田のみぞ知るといった所である。


                                             2002.8.15


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