桂木と執行部員の視線の先。
 そこにはどこにでもあるような、一見普通の夜店があるだけだった。
 たくさんの夜店が並んでいるが、別にその一軒が目立って不自然だったわけではない。
 だが、ただ一つ問題があるとしたら、その夜店の店番をしているのが、ここにいる全員が良く知っている人物だったからである。
 執行部に立てつくことを趣味にしている三人組。
 大塚、石橋、佐々原という見慣れた面子が、店に来た客ともめていた。
 そんな大塚達を見た時任は、持っていた食べ物を久保田に渡して代わりに木刀を受け取る。
 そうしたのは別に使うつもりなのではなく、浴衣には木刀が似合うからだった。
 「ったく、こんなトコまで出張してやがんの」
 「夏休みで、ヒマなんでない?」
 「カノジョとかいるわけねぇもんなぁ」
 「それはお互い様っしょ?」
 「一緒にすんなってのっ」
 「まあ、確かにそれはそうかも…」
 意味深な口調でそう言った久保田に、時任がムッとした顔をしている。
 だが、久保田はそれに気づいていないのか、平然とした顔をして歩いていた。
 「久保ちゃんまさか…」
 「ん?」
 「べ、べつになんでもねぇよっ!」
 時任は久保田に何か聞きたかったようだが、なぜか言いかけて途中で止める。
 それは、聞きたいが聞きたくないという感じの止め方だった。
 「何もこんなとこでまで、仕事増やさないでほしいわよね」
 微妙な雰囲気を漂わせている時任と久保田の前を歩く桂木は、そう呟きながら誰と一緒に行くかを考えていた。全員で行くのは、かえって余計に悪目立ちして騒ぎを大きくする危険性があるからである。
 しかし、時任と久保田を連れていくのはもっと危険のような気がしないでもなかった。
 「いくぞっ、久保ちゃん」
 「ほーい」
 けれども桂木が考えるまでも無く、時任はすでにやる気になっている。
 やる気になっている時任を止められるのは、やはり久保田しかいないような気がするが、よほどのことがない限り、久保田は時任を止めないのだった。
 「やっぱり、前途多難よね」
 久保田と同じセリフを吐いた桂木の横を、執行部の無敵コンビがすり抜ける。
 来ている浴衣とハッピの裾が風になびいて、その後ろ姿はやはり迫力があった。
 木刀を持っている時任の手も、買った食べ物を相浦に預けて身軽になった久保田も、妙に様になっていてそのまま映画のワンシーンに使えそうである。
 「待ってくださぁい、僕も行きます〜!」
 そんな二人の後ろを藤原が追いかけて走り出そうとしたが、その襟を桂木が捕まえる。
 二人の間にほんの少しだけ距離が空いていたが、そこに割り込むことは誰にも出来ない。
 「放してくださいよっ!」
 「どうせ役立たずなんだからっ、あんたはみんなの荷物持ち係よ!」
 「そんなぁぁ!」
 藤原は泣き叫んでじたばたしていたが、しばらくするとしょぼんとおとなしくなった。
 そんな藤原を見て、桂木は小さく息を吐くと襟を放してやる。
 失恋がここまではっきりわかっているのに、あきらめないのはある意味凄いが、時々本気でもうあきらめたらと諭したくなるのも事実だった。
 「さっさと弁償しなよっ、壊したら弁償するってのが筋ったもんだろ?」
 「そうそう、コレって五十万なんだぜ。残りは後で請求すっから、とりあえずとっとと有り金出しなよ」
 「そ、そんなこと言われても…」
 大塚達につかまっているのは、気の弱そうな高校生くらいの男だった。
 顔は覚えていないが、大塚達を見てかなりびくついている所を見ると、同じ荒磯高校の生徒のなのかもしれない。大塚達と男子高生の間には、壊れた花瓶の破片が飛び散っている。
 大塚達が店番している夜店は、なぜかこんな場所で陶器類を売っていた。
 「ほらっ、サイフ出しなって」
 「うわっ!」
 大塚が男子高生のポケットから強引にサイフを抜き取ろうと手を伸ばす。
 だが、その手がサイフを掴む前に、鋭い唸りをあげて何かがそれを阻んだ。
 「弁償とかつっても、そういうのはカツアゲとかわんないんじゃねぇの? 大塚さんよぉ」
 「あーあ、派手に壊れちゃってるね。けど、コレって五十万はしないっしょ? せいぜい二、三千円ってトコだよねぇ」
 「げっ、久保田と時任っ!」
 いきなりの執行部の登場に、大塚達はカツアゲしていた時の余裕の表情から一転して、驚きの表情を浮かべている。
 大塚の手を止めさせたのは、時任の木刀だった。
 片手で木刀をすぅっと姿勢良く構えている姿はいつものケンカスタイルと違って、凛として静かな印象を与える。
 そんな時任を見て、久保田が口元にわずかに笑みを作った。
 「ん〜? やっぱ置き方に問題あり? これってわざと壊れるようなトコ置てるよね?」
 「それってどういう意味だよ? 久保ちゃん」
 「あぁ、それはね。こうやってさ、店の敷地内から微妙な位置に置いとくでしょ?そうするとこの人ごみだから、運良ければ誰かが壊してくれるかも?」
 「それ狙って置いてんのか?」
 「たぶんね」
 久保田の言う通りカサ立てや花瓶など、陶器の置いてある位置がなんとなく前寄りのように見えた。
 だが、これくらいなら気をつけていれば、そう簡単には壊れないような気がする。
 いくら人が大勢いるとしても、やはり陶器が並んでいればそれなりに注意するので、壊す確立は低いように思われた。
 「あこぎな商売してんなぁ、大塚」
 そう時任が言うと、大塚は開き直ったかのように、きつく時任を見返してくる。
 だがその視線は、なぜかいつもより自信に満ちた感じすらした。
 そんな大塚の様子に時任は気づかないようだが、久保田は何かを考えるように大塚を見ている。
 大塚は壊れた破片を指差すと、久保田に向かって怒鳴りつけた。
 「こいつが壊したのは事実なんだから、てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇんだよ!」
 しかし久保田はいつもと変わらない様子で、あまりに見事に壊れすぎている破片を一つ拾い上げて大塚の前にかざす。その破片の割れ目には何かが付着していた。
 「まぁ、壊れてんのは事実だろうけど、通りかかった時にわざと自分で壊して、当たって壊れたように見せかけることも出来るよねぇ? ここんトコに接着剤ついてるのって、壊れ方が甘かったヤツを再利用とかしてたりする?」
 「な、何言ってやがんだっ!」
 「素直に白状しちゃいなよ」
 久保田がそう言うと、大塚達があきらかに動揺しているのがわかった。
 おそらく久保田が言う通り、そういうことをやっていたのだろう。
 しかし大塚は、いつも通りしぶとくなかなか自分のしたことを認めようとはしなかった。
 「さっさと吐きやがれっ!!」
 「言いがかりつけてんじゃねぇよっ!それに、今は夏休み、執行部は公務休みじゃねぇか!」
 時任が校内と同じように大塚に公務を執行しようとすると、夏休みを立てにそれを逃れようとする。
 だが今日は執行部は休みではない。
 生徒会からの正式な依頼で来ているので、執行部の権限は有効だった。
 「コイツが見えねぇのか? 大塚ちゃんよぉ。今日は俺らは公務で来てんだぜっ」
 「そうそ、そういうことだからおとなしくお縄をちょうだいしなね?」
 「そ、そのハッピは、生徒会執行部!」
 ようやく久保田と時任が着ているハッピに気づいた大塚が思わずそう叫ぶと、時任は構えていた木刀を肩にかけて久保田の横に並ぶ。
 浴衣姿にハッピだが、二人は紛れもなく生徒会執行部だった。
 「必殺!生徒会執行部!」
 「でぇ〜す」
 ハリキリまくっている時任の声と、だるそうな久保田の声が響くと、大塚たちはいっせいに二人に襲いかかる。だが、こんな人の多い場所での乱闘は危険なので、
 「室田と松原は一般人に当たらないように注意してて! 相浦はそこでしゃがみ込んでる男子生徒に事情徴収っ、いいわね!!」
と、桂木が部員たちに指示を出した。
 するとその指示に従って、室田と松原は一般人のガードに回る。
 室田は店の前まで行くと、人通りの多い道の方へ向かって立った。
 「何をしてるんです?」
 そう松原が尋ねると、室田は頭を少し掻いてから腕組みをした。
 「こうやってれば、人が近寄らないかと思ったんだが…」
 「確かにそれは名案です、室田」
 「気分的には、ちょっと複雑だがなぁ」
 「何をいうんですっ、気合と気迫っ!それを持っている室田が僕はとてもうらやましいですっ!」
 「そ、そうか?」
 なんとなく幸せムードに包まれつつある室田、松原コンビを横目に相浦は事情徴収を行っている。
 藤原は大塚たちを軽くあしらっている久保田を見てうっとりとしていた。
 「あぁ、やっぱりカッコいいなぁ、久保田せんぱいっ」
 久保田はうまく大塚達の攻撃を避けつつ陶器類をも避けながら、器用にすべてをかわし切っている。
 一方時任の方は、武器を持っていない相手に木刀を使うことはせずにちゃんと素手で戦っていた。
 大塚たちを殴り飛ばすたびに、ガチャンと音が鳴り響いて皿や花瓶などが割れていく。
 このままでは全滅しそうだった。
 「あーあ、いいのかなぁ。全部壊れちゃったら怒られんじゃないの?」
 久保田がそう呟くと、やっとそのことに気づいた大塚がハッと店の中を見回す。
 陶器類は半分くらいが完全に破壊されてしまっていた。
 「うわぁぁぁっ!!」
 「ど、どうするんすか、大塚さんっ!」
 「ヤバイですよっ!!」
 目の前の惨状に、大塚がその場にしゃがみ込む。
 いくら提示した値段より安いと言っても、これだけ多量に壊れれば弁償金額はかなり高い。
 頭を抱えている大塚と、涙目になっている佐々原と石橋を見た時任は、久保田の方を向いて軽く方をすくめた。
 「これで一件落着?」
 「だといいけどね」
 「・・・・・久保ちゃん?」
 久保田はやはりさっきから何か考えているようだった。
 そんな久保田を見た桂木は、執行部の手帳に大塚たちの名前など書き込みながら首をかしげた。
 大塚たちから事情徴収が終わり、生徒会本部に出頭するように言い渡してから、桂木は久保田と時任の方へと歩み寄る。
 時任は久保田の横で動いて腹が減ったのか、残りのたこ焼きを食べていた。
 「何か気になることでもあるの? 久保田君」
 「ん〜?」
 「大塚達も自分たちがしたこと認めたんだから、いいんじゃないの?」
 「そこの所がちょっとね?」
 久保田にそう言われて、桂木もなんとなく少しだけ引っかかりを感じた。
 店のモノを壊したようにして弁償を迫るにしても、ここは学校ではなく普通の街中である。
 これが発覚した場合、校内とは違ってすぐに警察沙汰になっていだろう。
 つまり、そうとは思っていないだろうが、大塚たちは結局執行部に助けられたことになるのである。
 「…今回の件、大塚達がたくらんだんじゃないって可能性があるってこと?」
 「でなれば、いいって思ってるけど?」
 「そうね」
 壊れた陶器類を残して、すでに大塚達の姿は消えていた。
 なんとなく引きぎわが良すぎるような気がして嫌な予感がする。
 だが、そんなシリアスムードを壊すかのように、藤原が近寄ってきて久保田の腕に自分の腕を絡ませて来た。すると時任がたこ焼きを食べる手を止めて、藤原を睨みつける。
 これから起こる毎度の騒ぎを予測して、桂木はハリセンを構えた。
 「久保田せんぱーい、公務も終わったことですし二人で色々見て回りませんか?」
 「誰がてめぇとなんか行くかっ、一人で行けっ!!」
 「時任先輩なんか、さそってませんっ!」
 「久保ちゃんさそったら、俺様をさそったも同然だっ!」

 ビシッ、ビシバシっ!!
 「いい加減にしないと、祭りの間中、公務にするわよっ!!」

 桂木のハリセンが炸裂し、時任と藤原がその痛さに頭を抱える。
 やはりいつもと違う格好のせいか、桂木のハリセンの切れが冴え渡っていた。
 「今日は手首の切れ、いいんじゃない?」
 「そうかしら?」
 久保田に言われて、桂木は思わず手首を振ってみる。
 確かにいつもよりハリセンが振りやすいような気がして、桂木はなんとなくもう一回藤原の頭をハリセンで叩いた。
 「いたっ!! なにすんですかぁ!?」
 「…なんとなくね」
 「やっぱり野蛮だ」
 藤原は涙ぐんでいたが、それに構うことなく桂木は執行部員を三班に振り分ける。
 今度は各自に分かれて見回りをすることにしたのだった。
 祭りに来る人々の数が次第に増えてきているので、大人数で移動するよりもこの方が都合がいいし、動きが取りやすいと思ったからである。
 「えっと班分けは、久保田君と時任、大塚と相浦で、後は松原君と私と藤原が一緒ね」
 「えぇ〜、そんなぁ」
 「そこ、つべこべ文句いわないっ!」
 この班分けに反対なのは藤原一人だった。
 そのため藤原の意見は却下され、それぞれの班で見回りに出発することに決定する。
 だが出発しようとした矢先、事件が発生した。

 桂木が突然、しかも一瞬の内にいなくなったのである。

 「トイレとかじゃねぇの?」
 時任がそう言ったが、近くにいた松原が首を横に振った。
 「さっきまで、藤原の隣にいたんですよ? それに桂木さんが何も言わずにいなくなるなんて、僕には考えられなれないです」
 「俺も同感だな」
 松原の意見に室田が同意すると、相浦もそれにうなづいた。
 人ごみがすごいとはいえ、執行部が集まっていた場所はそれに流れさてしまうような場所ではない。
 それ故に桂木になにかあった可能性は高かった。
 「とにかく、手分けして探そうぜ!」
 時任がそう言うと、全員が桂木を探すために人ごみの中に散る。
 久保田の後を追いかけようとした藤原は、松原に引っ張って連れていかれてしまった。
 執行部員達は桂木の姿を探していたが、この中から一人の人間を探すのは用意ではない。
 車が通行止めになっている道路には、人々が溢れ返っていた。

 「この人ごみ、どうにかならねぇのかよ!」

 そんな人々の中を歩きづらそうに歩きながら、時任は木刀が人に当たらないように注意しつつ、そんな風にぶつぶつ言っている。久保田の方はひょいひょいとやはり器用に避けながら歩いていた。
 「時任、歩くのヘタすぎ」
 「べつに、んなことねぇよ」
 「でも、かなり歩きづらいっしょ?」
 「…うん」
 「じゃあさ、手ぇかして?」
 「なんで?」
 「いいから」
 時任が久保田の方に手を差し出すと、久保田はその手を握りしめて歩き出した。
 身体で時任をかばうようにして、人にぶつからないように注意しながら…。
 子供のように久保田に手を引かれながら、時任は久保田には見えない位置でちょっと照れたような笑みを浮かべる。そうしてから時任が久保田の腕に頬をくっつけると、久保田は時任の手を握っている手に少しだけ力を込めた。
 「早く桂木ちゃん見つけないとね」
 「そうだな」
 「ねぇ、時任…」
 お互いの手のぬくもりを感じながら歩いていた二人は、前を向いたまま小声で何かを話し始める。
 何かを相談するように…。
 しばらくして話が終わると、時任は久保田の手からゆっくりと自分の手を離していった。
 そのぬくもりを確かめるようにゆっくりと。
 久保田の指先が名残惜しそうに時任の指先に絡んでいたが、時任はその手に答えることなく、するりと手を離すと一人で人ごみの中に紛れて行った。


                                             2002.8.13


                     前  編 へ      後  編へ