夏と言えば花火と祭り。
 この二つがなければ、なんとなくしっくり来ない気がしたりする。
 けれど祭りというのはやはり、なんとなく自然に楽しい気分になったりするものなのだが、それはやはり公務という任務を遂行するために来た彼らも例外ではなかった。
 荒磯高等学校、生徒会執行部。
 本当は校内の治安を守るのが仕事なのだが、今回は生徒会から夏祭りの見回りの仕事を受けていた。夏休みは公務は休みというのが普通だが、荒磯高校の生徒が問題を起こしているとなれば、執行部が出ないわけにはいかない。
 一見、不真面目そうに見える執行部員だが、自分の仕事はきっちりとこなす。
 それ故、生徒会本部からの信頼も厚かった。
 
 「強きをくじき、弱きをあざけるっ!必殺っ、生徒会執行部っ! 見参っ!!」
 「う〜ん、必殺ってのは違うんでない?」
 「細かいことは気にすんなっ!」
 「まぁ、別にいいけどね」

 にぎやかな祭りの会場に勢ぞろいした生徒会執行部の面々は、全員浴衣を着た上に生徒会執行部と刺繍されている祭りのハッピを着ていた。
 これは生徒会の依頼で手芸部が製作したものだが、松原から借りた木刀を持った時任とやけに浴衣が似合っている久保田の二人が並んでいるのを見ると何か別な意味での凄さを感じる。
 特にセッタをふかしている久保田は、その姿が様になりすぎてシャレにならなかった。
 浴衣姿の久保田と時任に、通りかかった人々の視線が思わず見惚れた感じで注がれているが、なぜか誰もが二人を避けて通っている。
 その理由をわかっている桂木が盛大にため息をつくと、横から相浦が小さく口笛を吹いた。
 「一応、取締りにはなってんじゃないか?」
 「ふつーの人をおびえさせてどうすんのよっ!」
 「あの二人と並ぶと桂木があねさんって感じだよなぁ」
 「誰があねさんよっ!!」
 「うわっ!!」
 桂木をあねさん呼ばわりした相浦の頭に、ハリセンが炸裂する。
 だが相浦が言うように執行部の面々が集まると、室田はサングラスをかけている上にかなりでかいし、時任と久保田は妙に迫力があるし、とても普通の集団には見ない。
 これはやはり、お揃いのハッピを着ているのが良くなかったのかもしれなかった。
 こうなることを計算に入れて松本がハッピを作らせたのかどうかは知らないが、今の執行部を前にしては悪事を働くのはかなり根性がいるような気がする。
 まさに今日の彼らは、必殺!生徒会執行部だった。
 「く、久保田先輩の浴衣姿…、やっぱりステキだなぁ…」
 夏休みに入ってすぐに親戚の家に行っていた藤原は、夏祭りのためにこちらに戻ってきている。時任と並んで歩いてくる久保田を見て、藤原はキラキラと瞳を輝かせていた。
 その頭の中ではかなりな妄想が展開されていたが、それが現実に起こる可能性はゼロである。
 「久保田せんぱ〜いっ、お久しぶりですぅぅぅっ!!」
 一学期の終業式以来、初めて会う久保田に興奮して藤原が勢い良く走っていく。
 だが、やはり久保田に抱きつこうとする直前で、木刀を持った時任が前に立ちはだかった。
 「だぁぁっ! なんでてめぇがいんだよっ!」
 「僕だって執行部員なんですから、公務があったら来るに決まってんじゃないですかっ!!」
 「こないだの話し合いサボったのは、だぁれだったっけなぁ〜」
 「うっ!」
 「久保ちゃん目当てで来ただけだろっ、てめぇはっ!!!」
 「会いにきちゃいけませんか?! 夏休みの間だけとはいえ久保田先輩と会えないなんて、僕、さみしく死んじゃいますぅぅ…」
 「勝手に死ねっ!!」
 「ぐがぁっ!」
 見事な曲線を描いて振り下ろされた木刀の餌食になった藤原が地面に転がる。
 藤原の手は久保田の方へと伸ばされていたが、久保田はそれをただなんとなくといった感じで眺めただけだった。気のせいではなく、誰の目から見ても久保田はいつでも藤原に無関心である。
 人目を気にせずぎゃあぎゃあ騒いでいる時任と藤原を見てこめかみをピクピクさせていた桂木は、持っていたハリセンで二人の頭をビシバシと叩いた。
 すると かなりいい音が周囲に鳴り響く。
 ハリセンを振る桂木姿はまさに、必殺生徒会執行部の姉御といった感じだった。
 「いいかげんにしなさいっ!!」
 「痛いじゃないですかぁっ!」
 「なにすんだよっ、桂木っ!!」
 「アタシ達は遊びに来てんじゃないのよ、公務に来てんの! そこんとこ忘れないでよねっ!」
 右手に持ったハリセンを左手でパシパシと鳴らしながら仁王立ちしている桂木は、誰の目から見てもかなり怖い。浴衣にハッピという姿のせいか、いつもの三倍は恐かった。
 「前途多難…かも?」
 そうぼんやりと呟いた久保田を含めて、集まったのは全員で七名。
 その詳細は、どう見ても高校生に見えない迫力がありすぎな人物が二名。
 木刀を持ってるあやしい人物が二名。
 木刀を持った一人にめった切りにされた一番下っ端らしき人物が一名と、平凡そうだが妙にこの集団に馴染んでいる人物が一名。
 そして最後に、それを率いているあねさんらしき人物が一名の合計七名だった。
 「とりあえず全員で夜店の出てる周辺を回って、それからグループに分かれて見回り!せっかくの祭りなんだから、迷惑かけないように被害は最小限で食い止めるのよっ!」
 そう桂木が見回りの指示をすると、全員がそれぞれ返事をした。
 その中で一番面倒臭そうに返事をしたのは久保田だったが、祭りに来たこと自体はそれほど面倒だとは思っていないようである。なんとなく微妙に楽しそうな久保田の視線は、浴衣を着た姿で張り切っている時任に注がれていた。
 「…さっきから何見てんだよ、久保ちゃん」
 「浴衣が似合うなぁって思ってるだけだけど?」
 「当然っ! カッコイイ俺様に似合わないはずはないっ!!」
 「あー、はいはい」
 「俺様、最高っ!!」
 「…ホント、いい眺めだよねぇ」
 実は久保田の視線は時任の浴衣姿を見ているというよりも、はだけた浴衣から太腿や鎖骨がのぞくのを眺めていたのである。
 時任は気づいていなかったが、なぜかそれに気づいてしまった桂木が盛大にため息をついた。
 「オジサンくさいわよ、久保田君」
 「そう?」
 「それに、あのままほっとくと脱げるんじゃない? すでに帯がかなりゆるんでるから」
 「ん〜、それはマズイやね」
 「…もしかしてだけど、時任に浴衣着せたのって久保田君?」
 「そーだけど?」
 「やっぱりね」
 時任が自分で浴衣を着れるとは思えない。
 それでもちゃんと着てきているということは、誰かが着せたということになる。
 久保田は上機嫌で夜店を見ながら歩いている時任のそばまで行くと、後ろから腕を伸ばして帯がゆるんで開いてきている襟を掴んで閉じた。
 実は時任の襟元を見ていたのは、久保田だけではなかったのである。
 襟元が閉じられた途端、そこから視線をそらせた者が周囲に何人かいた。
 祭りに来ていた人々もいたが、その中に執行部メンバーもいる。
 それは、相浦と藤原だった。
 そんな二人を見て久保田は目を細めて冷ややかな微笑を浮かべていたが、時任はやはり何も気づいていない。だが、歩いていた所を後ろから抱きしめるような形で引きとめられて顔を赤くしていた。
 抱きしめてきた腕の感触で、すぐに久保田だということがわかったからである。
 「なにすんだよっ、久保ちゃんっ」
 「浴衣が乱れてるから、直してあげようかと思って」
 「ヘーキだってのっ」
 「ホントに? あまり乱れると見えちゃうよ、跡」
 「・・・・・・っ!!」
 「おとなしく一緒においでね」
 そう言って腕を引っ張って、久保田が時任とともに裏路地に消える。
 執行部の面々は二人が出てくるのを待っていたが、なかなか出て来ない。
 桂木は覚悟を決めて路地に踏み込もうとしたが、その瞬間にやっと二人が出てきた。
 何があったのかはわからないが、時任の顔は更に赤くなっている。
 浴衣はちゃんと着せられていたが、なぜか髪が乱れていた。
 「と、とにかくっ、見回りに出発よっ!」
 二人の熱に当てられないように、桂木はそう言うとがしがしと夜店の並ぶ街並みを歩き出す。
 荒磯の生徒らしき人物はあちこちにいたが、特に問題はなさそうだった。
 「久保ちゃんっ、たこ焼き食いたい!」
 「はいはい」
 「トウモロコシもっ!」
 「了解」
 見回りをしているはずだったが、いつの間にか時任の手は食べ物で一杯になっている。
 それは時任が食べたいと言ったものを、久保田が全部買ってやったせいだった。
 久保田の甘やかしっぷりに桂木は頭を抱え、藤原は指をくわえて見ながら泣いている。
 はっきり言って、祭りに来たカップル以外の何者でもなかった。
 「ちょっといい加減にしてよ、時任! 今は公務中でしょっ!」
 「見回りはちゃんとやってんだからいいじゃんかっ」
 「良くないわよっ」
 「・・・・・・言っとくけど、分けてやんねぇからな」
 「いるわけないでしょっ!!」
 桂木が久保田の方をにらんだが、久保田はセッタを吹かしながら時任の横に並んでのんびりと歩いている。
 他の面々も良く見れば、いつの間にかたこ焼きを食べたり色々調達してきていた。
 一応、見回りをしてはいるのだが、すでに桂木をのぞいた全員がお祭り気分を満喫している。
 それは補欠の藤原にしても同じことだった。
 「久保田せんぱ〜い、一緒にたこ焼き食べませんかぁ?」
 ニコニコと笑顔で久保田の所にやってきた藤原は、手にたこ焼きのパックを持っている。
 そのパックの中から、たこ焼きを爪楊枝で一つさして久保田の方へ差し出していた。
 「口開けてくださいっ。僕が食べさせてあげますから…」
 はっきり言って、こんな往来の真ん中で、男が男にたこ焼きを食べさせてるという図はかなり目立つ。
 だが、藤原はそんなことなど微塵も気にしていないらしい。
 「はいっ、せんぱいっ」
 久保田の口元に、藤原のたこ焼きが近づいて行く。
 だが、久保田はセッタを吸っていた。
 どうするのかと桂木や相浦達が見守っていると、藤原のたこ焼きは久保田に到達する前にぱっと消えてなくなった。その理由は、時任が横からうばったからである。
 藤原のたこ焼きは、時任の口の中に入っていた。
 「あぁぁぁっ!!!」
 「…もぐもぐ」
 「ひどいじゃないですかっ!! 僕は久保田先輩にあげたんですよっ!!」
 「かわりに俺が食ってやったんだから、ありがたく思いやがれっ!」
 「僕のたこ焼き返してくださいっ!」
 「知るかっ!」
 「久保田せんぱーいっ、時任先輩が久保田先輩のたこ焼き取っちゃったんですぅっ」
 泣き真似をしながら久保田に抱き付こうとした藤原を時任が蹴飛ばすと、久保田はそんな二人を見ながらセッタを右手に持って口から煙を吐き出した。
 「ねぇ、藤原」
 「久保田せんぱいっ」
 「時任が食べちゃったたこ焼き、俺にくれるつもりだったんだよね?」
 「はい、もちろんですっ!」
 藤原が瞳をキラキラさせてうなづくと、久保田は今度は藤原ではなく時任の方を向く。
 すると時任は、嫌な予感がするらしく一歩だけ久保田から離れた。
 「時任」
 「な、なんだよっ」
 「藤原のたこ焼きって俺のだったんだって」
 「ふーん」
 「だからさ、そこに持ってるたこ焼き一個くれない?」
 「…わぁったよっ」
 久保田が食べるはずだったたこ焼きを取ったのは事実なので、時任はおとなしくたこ焼きのパックを久保田の方に差し出す。だが、久保田はそのパックを受け取らない。
 なんとなく事情の読めた桂木は、あきれたような顔で久保田を見ていた。
 「左手にはお前の木刀、右手にはタバコ持ってるから、自分じゃたこ焼き持てないんだよねぇ」
 「じゃあ後で食えば?」
 「今がいいんだけど?」
 「・・・・・・タバコ消せば?」
 「食べさせてくんない?」
 「な、なんで俺が…」
 「時任が俺の食べたのが悪いんじゃなかったっけ?」
 「うぅ…」
 時任の言う通り、食べたいならタバコを消せばいいのに、久保田はあくまでそうしようとしない。
 いまいち、久保田の思惑が読めていない時任は、小さくため息をつくとパックから爪楊枝でたこ焼きを一個取り出すと、久保田に向かって差し出した。
 「…早く食えっ」
 時任が久保田の顔を見ずに口元にたこ焼きを近づけると、久保田はそれを食べようとせずに持っていたセッタを携帯用灰皿に放り込で消す。
 そしてその右手で、たこ焼きを持っている時任の手を握りしめた。
 「えっ、なに?」
 「手が震えてるよ、時任」
 「ハズカシイからに決まってんだろ…」
 「そんなに恥ずかしがらなくっても、誰も見てないよ?」
 「久保ちゃん…」
 
 こんなとこで誰も見てねぇわきゃねぇだろっ!!

 この場にいた執行部の面々が心の中でそう叫ぶ。
 だが、そんなことはお構いなしに手を握り合った久保田と時任は見つめ合っていた。
 祭りで人が密集している場所で…。
 通りかかった誰もが思わず見てしまうので、何人かが前を歩いている人にぶつかっている。
 二人の周囲は自然に人の流れが悪くなっていた。
 「いくよ?」
 「うん…」
 ただたこ焼きを一個食べるだけなのに、妙な空気が二人の周囲を包んでいた。
 久保田は時任の手を握ったまま、なぜか手を自分の方ではなく時任の方へと向ける。
 たこ焼きは久保田ではなく時任の目の前にあった。
 「はい、あーんして?」
 「えっ、だってコレ」
 「うんだからさ。藤原から俺にだけど、俺から時任にあげる」
 「久保ちゃん…」
 「だから口開けて?」
 「あ…」
 
 「天誅っ!!!」
 バシィィィッ!!

 たこ焼きが時任の口に入る直前で、藤原が邪魔に入るより早く、時任の頭に桂木のハリセンが炸裂する。
 見ているのがあまりに恥ずかしかったため、とうとう耐えられなくなったのだった。
 二人の周囲では、女の子の集団が軽く舌打ちしている。
 その集団は荒磯高校の生徒らしかった。
 「なにしやがんだっ!!」
 「たこ焼きくらいもっとフツーに食べれないのっ! もっとフツーにっ!!」
 桂木がこめかみをピクピクさせながらそう言うと、久保田と時任は顔を見合わせる。
 二人ともきょとんとした顔をしていた。
 「べつにフツーだろ?」
 「フツーじゃない、ねぇ?」 
 やはり、校内でも校外でも二人は変わらないらしい。
 そんな二人に向かって再びため息をつくと、桂木はハリセンを持ったまま前へと歩き出した。
 「とにかくっ、早く行くわよ! ぐずぐずしてるヒマないんだからっ!」
 今の所は何もないが、何もないのに見回りをしろと言われるはずはない。
 生徒会長自ら頼みに来たことなので、やはり何かある気がしてならなかった。
 嫌な予感を感じた桂木は、夏だと言うのに背筋に何かゾクッと悪寒のようなものが走って思わず後ろを振り返る。
 するとそこには、 桂木に悪寒を感じさせた原因がちゃんとあった。

 「みんなっ、仕事よ!!」

 桂木がそう言うと、久保田と時任、そして相浦達がいっせいに後ろを振り返ったのである。


                                             2002.8.11


                     *荒磯部屋へ*      中  編へ