夜】を読んでから、読んでくださるとうれしいです。





 もしかして・・・・・。

 そんな風に想ったのは、たぶん一度や二度じゃない。
 真夜中に眠りながら俺の知らない名前を口ずさんで、なにかに怯えたように飛び起きてた時も、ただ自分の右手をじっと眺めてる時も…、もしかしてなにか想い出したのかもしれないとそう想っていた。
 けれど、二人で忘れてしまった過去を探してるはずなのに、一度も俺はそれを時任に聞いたことはないし、時任も俺になにか想い出したと言ってきたこともない。普段はそういうコトはあまり考えたりはしてなかったけど…、これだと想い出そうとしてると言うよりも、まるで忘れ去ろうとしているような気がした。

 なにかを探しているようで、なにも探していない…。

 けれど、今のそんな状態に時任は気づいてる様子はなかった…。
 時々、記憶をたどろうとするかのようにしていた夜の徘徊もただの散歩になって…、
 あの裏路地の前に立ちながらも、何事もなかったかのように二人で月を眺めながら歩く…。だから、裏路地を通りかかったのは偶然じゃなかったけど、それを時任に話す必要もなかった。
 今は夏で暑くて…、けれどその日は寒くて息も白くて…、
 バイト帰りにそんなことを想い出しながら歩いてたら、自然に裏路地の辺りに足が向いていた。まさかそこに時任がいるなんて思っても見なかったけど、たぶん時任があそこにいたのも俺と同じように偶然じゃないから…、
 いつか…、あんな風に二人で裏路地の前に立つ日が来てたのかもしれない。時任が記憶をたどるように歩けば、必ずたどりつく場所…。
 けれど、そこにたどりついた時任は右手の痛みに耐えながら月を見上げるばかりで…、俺はそんな時任を抱きしめてることしかできなかった。

 「・・・ちゃんっ、久保ちゃんっ」
 「ん〜?」
 「さっきから、ぼーっとしてなに考えてんだよ?」
 「なにって、別になにも?」
 「だったら、ヒトのこと無視んなってのっ」
 「あれ? なんか言った?」
 「・・・・・・言った」
 「今度はちゃんと聞くから、もっかい言ってくれる?」
 「もういいっ」
 「そう言わないでさ」
 「自分で考えろっ」
 「うーん…、ならもっかいキスしたいとか?」
 「そ、そんなこと言ってねぇよ!」
 「じゃあ、帰ったらキスの続きしようとか?」
 「したくねぇっ!!!」
 「・・・・照れてないで、たまには素直になりなよ」

 「…って、さっきから思いっっっきり素直だっつーのっ!!!!」

 そう叫んでそっぽを向いた時任の肩に手を置いて、ごめんねと呟いて空を見上げる。けれど、月は雲隠れて見なくなっていて、視線が少しだけ月の無い空をさまよったけれど…、
 その視線は目の前に見えてきたマンションに行き着いた…。
 すると時任も同じようにマンションを見上げながら、右手で俺の服の袖を掴む。

 ヒトじゃない野獣の手で…。

 まだ痛みに震えてるわずかな右手の振動が袖から腕に伝わってくると、それをカンジてると…、何もしていない事実が罪の色に変わっていくけど…、
 後悔なんてするつもりもないし、後悔なんてしたこともない…。
 ただ、こんな風にぽつりぽつりと早くもなく遅くもない歩調で歩きながら、二人で当たり前のようにマンションに向かって…、当たり前のように同じ部屋のドアを空けて…、
 それが当然で当たり前になった日々だけがあればよかった。
 普通に平凡に変わりなく…、ただいつもそこにあるように…。
 だから、あの裏路地は出発点でも終着駅でもなく特別でもない…、どこにでもあるようなただの薄暗い路地だった…。

 「・・・・・・ウソつき」
 「なに? なんか言ったか?」
 「いんや、なにも言ってないけど?」
 「ウソだ、なんか聞こえたっ」
 「そう? だったら、なに言ったか当ててみる?」
 「当ててって…、ヒトの真似すんなよっ!」
 「じゃ、教えない」
 「久保ちゃんのケチっ!」
 「なら、お前のを教えてくれたら、俺のも教えてもいいけど?」
 「うっ・・・・・・」
 「どうすんの?」
 「わあったよっっ、ちゃんと俺も言うから久保ちゃんも同時に言えよっ」
 「同時に?」
 「言わせといて言わないとか、ズルは無しだかんなっ」
 「ほーい」
 「じゃあ…」
 「…せーのっ」


 「コンビニよってこうぜっ!」
 「コンビニよってかない?」

 ・・・・・・・・ウソつき。


 痛くない平気…、なにも想い出してない…。そんな時任のついたウソに気づかないフリして…、なにも知らないとウソをつきながらキスをした。
 けれど、二人同時についたウソは共犯者の匂いがして…、どうしようもなく真っ直ぐに見つめてくる澄んだ瞳にキスして抱きしめたくなる。だから、胸の奥の想いが傾くようにぽつりぽつりと歩いていたリズムが崩れて…、
 ちょうど降り出した激しい雨にかこつけながら、コンビニを通り過ぎて走り出した…。
 
 「うわっ、すっげぇ雨っ」
 「服が濡れたから、脱いだら洗濯機に入れときな」
 「…ってことは、バスルームに直行?」
 「いんや、そこはまだ途中でべつの場所に直行」
 「はぁ?べつの場所ってドコだよ?」

 「・・・・ベッド」


 夜空に輝く月が見ていない間に白いシーツの波に君を沈めて、二人でその波に溺れていよう。呼吸するようにキスして、空を求めるように腕を伸ばして抱き合いながら…、
 たとえ沈んだ波間から見た月が、本物ではなく偽りの月だったとしても…、

 君と眺める月が…、僕にとっては本当の月だから…。


                                             2004.7.16
 「月」

「夜」
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